くもり空の散歩道、背後から感じる人の気配。
「姐さん、あの娘は格段に良い代物ですぜ」
「みたいだね。次はあいつにするか」
私をつけ回す、女と男の声。
全部聞こえてんだヨ。私が良いオンナだってことは認めるけどナ。
「こんにちは、お嬢ちゃん。一緒にお茶でもどう?」
ぐるっと私の前に回って、軽々しく話しかけてくる男。
「...知らない人にはついていかないって、常識ダロ」
「おー、威勢がいいね。さすがは戦闘民族だけある」
Uターンをしようとすると、すぐ後ろに立っていた女にぶつかった。
「あなた、夜兎でしょう?お金持ちのおじ様に手渡せば、きっと可愛がってもらえると思うんだけど...」
...よりにもよって、そっち系の声掛けとは。
ついてない日だと自分の不幸を嘆いた。
「行かないって言ってるアル。痛い目見たくなかったら早く去ることをオススメするネ」
傘を閉じ、武器へと変わったそれの銃口を女に向ける。
「痛い目を見るのはあんただよ、お嬢ちゃん」
女はポケットの中から小瓶を取り出し、中身を丸ごと私にぶっかけた。
「...っ、」
モロに頭から被ってしまった、得体の知れない液体。
顎を伝って、ポタポタと地面に滴り落ちる。
「なにするアルか!」
少しぼやけた視界の中で、傘を一振り。
「おっ...と!まさか効いてないのかい?大抵の奴は泣き喚くんだが...」
女は片手で私の反撃を止め、男に問いかけた。
「...いや、そうでもないみたいですけど?」
男は私の手首を掴み、強く握りしめる。
「痛ッ...はなせ、ヨ...!」
抵抗しようとしても、力が入らない。
「おかし...アル!私に何したアルかオマエら!」
「早く連れていきな」
男に引っ張られた先に、黒い車が見えた。
早く、はやく逃げないと。あれに乗せられてしまう。
「暴れても無駄だ...つってんのに、なんだこの力!」
こんな奴ら、いつもの私だったら一撃で片付くのに。
「...っ、う、はなせヨ...!」
あろうことか、涙が出そうになった。
「...試しに、助けでも呼んでみる?どうせ誰も来な......げふっ!」
私を挑発した男は、一瞬にして目の前から吹き飛んでいく。
「おいっ!?一体何が...」
「そりゃこっちの台詞でィ。そこで何してんだテメーら」
「......あ、」
この無様な姿を最も見られたくないと言っても過言ではない人物が、そこに立っていた。
「大人しくしろって」
華麗な手さばきで男を拘束する、茶髪のチンピラおまわり。
「チッ、」
「おい、ひとり逃げたぞ。追え」
流れるようにパトカーに男を突っ込むと、目線をこちらに向けてくる。
「よォ、チャイナ。珍しいなァ、テメーがここまでやられっぱなしってのは」
「......う、」
うるさいネ、クソサド。そう言い返してやりたいのに、うまく声が出なかった。
「シケた頭にシケた面...どうしたんでィ、それ」
ざり、と音を立てて近づいてくる。
「......何された?」
見上げた先にある瞳が、だんだん曇っていく気がした。
「おき......た、」
その瞬間、ボロボロと涙が零れる。
「おい、チャイナ...?」
便乗するように暗い空が光って、轟いた。
私の顔を濡らしていくのは、涙か、この土砂降りの雨か。
思考がはっきりしないまま、その場に崩れ落ちた。
たくさんはーとありがとうございますー!
*
「お前の事情聴取は後でいいってよ。万事屋にも連絡はしたが、外はこの雷雨でィ。色々落ち着くまで、屯所預かりになった」
「...ウン」
「んで、お前は全身ずぶ濡れだからとりあえず風呂な。大浴場、特別に貸し切りでィ」
「...ウン」
大量の雨水を含んだ頭は、力無く俯いたまま。
チャイナは首からタオルをかけて、ずっと項垂れていた。
「風邪引かせたら許さねえって、旦那から言われちまったからなァ。タオルと替えの服は用意してやる」
まだ昼下がりのこの時間、風呂場を利用する隊士は誰ひとりいない。
「下着は...まァ、我慢して着回してくれ」
セクハラまがいのことをわざわざ口にしたのは、ただの忠告。
言わないと平気でノーパンとかしそうなバカ女だから、こいつは。
「...ウン」
普段の強気はどこにいったのか、さっきからずっとこの調子だ。
いつもなら、子ども扱いすんナ!と噛みついてきそうなのに。
あの謎の液体をかぶってから、どうも様子がおかしい。
「あの棚の一番上に、来客用のタオルと着替えが......いいわ、俺が取る」
脱衣所まで案内をして、タオルと浴衣をチャイナに預ける。
「じゃ、俺は外にいるから。石鹸で転んだりすんなよ」
「ン...」
外に出ようとしたところで、きゅっと隊服の袖を摘まれた。
「...チャイナ?」
その瞳の奥は、どこか寂しそうで。
「...あー、その、...見張っててやるから」
行き場のない手をぎこちなく、濡れた頭に添える。
「...アリガト」
少し上がった口角を見て、なぜか俺まで安心感を覚えてしまった。
「...あー、こっちまで調子狂うわ...」
壁を挟んだ向こう側で、頭を抱えて座り込む。
テメーもゴリラとはいえ一応女だからな、とか一言憎まれ口を叩いてみるべきだった。
*
「隊長、お疲れ様です。探しましたよ...」
数分後、地味が取り柄の監察が曲がり角から駆け寄ってくる。
「...チャイナを風呂に入れねェと、旦那にどやされるからな」
親指で背後の扉を指さすと、ザキはニンマリと頬を緩ませた。
「見張りですか?隊長ってばやさしー!」
「るせェ。まさかテメーみたいに覗きにくる変態が本当に隊内にいるとは思わなかったわ」
「誰が変態ですか!わざわざ事情聴取の報告をしにきたってのに...」
ザキは、手中の書類をバサバサとなびかせる。
「何でィ、そうならそうと言いやがれ」
「はいはい。...まず容疑者は、最近巷で横行している天人連れ去り事件の主犯格でした」
「あー、女の天人をターゲットにしてるってやつかィ。...で、あの薬は?」
ザキにゆっくり詰め寄ると、今日何度目か分からない雷光が辺りを包んだ。
「た、隊長...落ち着いてください」
「...別に、俺ァいつも通りだろィ」
そうか俺、イラついてるのか。......なんで?
「あの薬は、対天人用の弱体化させるものだそうで」
「弱体化...ねェ。それであの女は心も体も弱って抵抗出来なかったってワケかィ」
「はい。拘束の際のリスクを下げるために犯人グループが開発したもので、一晩寝れば効果は切れるとのこと」
どうりで、嗅いだことのない匂いがしたわけだ。
新開発たァ、奴さんも精が出るねェ。
「逆に言えば、眠るまでずっとその状態ってことか。精神やられて寝れやしねェだろうに...タチが悪ィ仕組みしてやがる」
「今、根絶に努めています。チャイナさんの場合は未遂で済んだので...不幸中の幸いでしたね。眠れるようにリラックスさせてあげてください」
ザキはそう言って、俺に微笑みかけた。
精神科医かテメーは。
「リラックス?俺が?無理に決まってんだろィ。水浴びさせて万事屋に返せばぐっすりだろうよ」
それで十分だろィ、と返すとザキはさらに目を細める。
「...何でィ、ニヤニヤして気持ち悪ィ」
「チャイナさん、ここに来るまでずっと隊長にすがりついてたじゃないですか。なんだかんだで心許してるんですよ」
「...なんせ弱体化だからなァ、誰にでもそうなるんだろィ」
たとえ、天敵の俺であっても。
すべては薬のせいなんだから、仕方がないのだ。
「...あ、俺は次の仕事があるのでこのへんで失礼します」
「...おめー、人をおちょくる時も地味なんだな」
腹立つ。なんかすっげー腹立つ。
「いや、どういうことですか!...とにかく、俺は伝えましたからね。サヨナラ」
地味に面倒臭がりで、地味に腹が立って、去る姿ですら地味。憎いあんぱん野郎でィ。
(...チャイナは...そろそろ出る頃か)
再び扉に背中を預けたその時、ゴロゴロと大きな音が鳴り響いた。
「...近くに落ちたか」
フッと屯所内が暗闇に包まれる。
(おそらく近くの民家も食らってんなァ、これ。雲に覆われて、外の光も無ェ...)
「......チャイナ?」
冷静に仕事が出来る俺の思考回路が、裏目に出てしまった。
「チャイナ、聞こえるか?おい、...チャイナ!」
弱ってしまったゴリラ女を、おまわりさんとして保護しなければいけない義務がある。
「3秒以内に返事しねェと入るからな。3、2、1...」
おもむろに、脱衣所の扉を開いた。
中は真っ暗だが、床に座り込んでいるチャイナのシルエットだけは確認できる。
「無事かィ。......服は?」
「...着てる」
「...髪は」
「...濡れてる」
「......湯冷めすんぞ」
ジャケットを脱いで、女の頭にバサッと投げた。
「う...っ、......ぐすっ、」
「......は?」
「ううっ...ぐ、......ぐすっ、」
泣いている。完全に、泣いてやがる。
チャイナは頭に被さっていたジャケットを手に取り、ズビズビと鼻をすすりだした。
「おい!それに鼻水つけるんじゃねェ!」
思わず駆け寄ると、チャイナの動きがピタリと止まる。
「自分の服の袖で拭け。汚ェ...ぅあっ!?」
突然胸ぐらを掴まれ、今度は何事かと身構えた。
「...オマエのシャツなら、いいアルか......?」
「......は?ちょっ...おい、」
ぽすん、と胸にチャイナの頭が降ってくる。
指先が冷えた両腕が、背中に回った。
「...なんですぐ来てくれないアルか、この芋...ッ!」
「はあ?」
「...怖かった、アル...!ごっさ怖かったんだからナ......!」
「......痛ェし」
頭をグリグリと押し付けられる。
チャイナの心臓は、早いテンポで鼓動していた。
「...タオル、どこにやったんでィ」
「そこらへん置いて、ドライヤー見つけて、コンセント探してたら、...真っ暗になって、」
「...バーカ」
「...るさいっ、」
「...感電してねェ?」
「...ウン、だいじょぶヨ」
...いや、心配してるとかじゃねェし。
特別に、俺の胸を貸してやるだけ。
「...ふふっ、」
チャイナがケラケラ笑って、頭が小さく揺れた。
「......なに、」
「べーつに?」
掴まれたシャツはしわくちゃで、鼻水も付けられている。
撫でた頭も、濡れきって冷たくなっていたけれど。
心の中は、なぜか温まっていく気がした。
「...オマエがいてくれて、よかったアル」
*
今日はこの辺で。ありがとうございました!!
カット
45:10
ななし@831332
まくてさんがんばって~~~^^
49:00
茅野
まくてさんふぁいとぉ~~
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沖神ざっくり書く
初公開日: 2020年09月09日
最終更新日: 2020年09月09日
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沖神一月一題