「あれ?なんでテメーらがこんなところに」
「そりゃこっちのセリフだ」
江戸の中心街にある料亭、『さくら』。
そこで食事をすることになった銀ちゃんと新八と私は、真選組幹部(いつものバカトリオ)と出会った。
「しかもなんで隣のテーブルぅ?」
「そりゃこっちのセリフだ」
「土方くぅん、さっきから同じ返しばっかりじゃん。ボキャ貧か?」
「ああん?」
「ああん?やんのかコラ」
銀ちゃんはまだ一滴も飲んでいないのに、トシを見るなり噛みついている。
「よーし分かった、飲み比べだ。負けた方がまとめてここの代金を払う。どうだ?」
「負ける気がしねえな。のぞむところだ!」
「あーあ。始まっちゃった...」
ゴリは苦笑いして、お猪口に入ったお酒をひとくち飲んだ。
「ちょ、ちょっと銀さん!大丈夫なんですか!?」
「大丈夫大丈夫。あっちはもうすでに酒入ってっから、俺が有利だ。今日は元々、報酬がガッポリだったからちょっと良いところで食おうって話だろ?」
まあ私は、どっちに軍配が上がっても遠慮なく食べるケド。
「......」
ひとり大人しい茶髪の男は、湯葉をつまみにお酒をちょびちょび飲んでいた。
「俺、もう知らない。総悟も飲んでるか?ここ、お前おすすめの店だろ?」
「ええ、この通り。俺は土方が負ける方に賭けまさぁあ」
「それ願望でしょ?」
「バレやした?」
銀ちゃんとトシが勝負を始める横で、ゴリと沖田は呆れたように酒を酌み交わしている。
「え、ここ沖田さんの行きつけなんですか?」
「うん。総悟が幹事の時は大体ここ。たまにひとりでも行ってるらしくてさ〜」
「へえ〜。確かに、お料理美味しいですもんね!」
新八もツッコミを放棄し、テーブルに並んだ料理をつまむ。
「お妙さんとも来ようかなあ。ね、新八くん?」
「......」
「ちょっと!せめて何か言ってよ!」
「ぅわっ!?離してください!」
今度はゴリがテーブルを乗り越え、新八へ絡み酒を始めてしまった。
「女将さんも美人でなあ。娘さんも可愛らしくて...」
「まあ、それはそれは。ありがとうございます、局長さん」
「おお!噂をすれば、美人親娘が揃って...」
ちょうど料理を運びに来たふたりの女性は、襖の前で頭を下げる。
評判通りの美人さんだ。
「娘は学校でミスグランプリになったこともあるんですよ」
「お母さんってば...!」
娘さんは、満更でもなさそうにコロコロ笑った。
照れている様子が可愛らしい。
「隊長さん、いつもありがとうございます」
「いえ。お久しぶりです」
娘さんは沖田に焼き魚を差し出しながら、慣れた口調で微笑む。
「......」
「...どした、チャイナ。ブスに磨きがかかってんぞ」
「...は、はあ!?失礼アルな!」
目ざといコイツに色々言われるかもしれないから、あんまりチラチラ見ないようにしないと。
「腹減ってんのかィ。俺の魚も食う?」
「...え、いいアルか?」
塩焼きの皿を渡され、思わず涎が出る。
「...食い物渡した途端、いつものチャイナに戻ったなァ」
「返せって言っても遅いからナ!」
「言わねェよ。元気だけが取り柄のチャイナさん?」
「...厶!」
沖田がまたお酒を飲み始めるという逃げの戦法に走ったから、私も無言でムグムグと魚を頬張った。
「どう?お客さんも落ち着いてきたし、隊長さんにお酌でも...」
すると、女将が娘さんに酒瓶を手渡す。
「だっ...ダメ!!」
「...チャイナ?」
突然飛び出た言葉に、声の主である私がいちばん驚いた。
「あ......」
「あらあら。...じゃあ、代わりにこのおばさんがお相手しましょうかね」
「いえいえ。とんでもねェです」
「そう言わずに。...ささ、隊長さん」
「...じゃ、お言葉に甘えて。ありがとうございやす」
女将がアイコンタクトを取ると、娘さんはお辞儀をしてから客間を去っていく。
トクトクトク。お酒の注がれる音が、やけに胸の奥深くまで響いた。
「隊長さんは、今いい人はいらっしゃるの?」
「...内緒です」
「まあ!じゃあ、どんな女性がお好みかしら?」
女将は程よい距離感で、恋愛話に花を咲かせていく。
アイツにそんな話を振っても、大した答えなんか返ってこないヨ。
「可愛い系?元気系?クールビューティー?それとも、おしとやかな...」
「おしとやかさで言えば、俺の姉上には誰も敵わないんでねェ。まァ......可愛い系です」
「......!」
「あらまあ〜!可愛い系!うふふっ」
女将は、嬉しそうにお盆で口元を隠した。
アイツのタイプが、可愛い系?
私とはかけ離れた、それはまるで。もしかして。
「どうしたんです?」
「いえいえ、こちらの話ですわ」
沖田は、あの娘さんが好きなんだ。
個人で通う理由も、娘さん目当てだとすれば合点がいく。
「......ッ、」
「神楽ちゃん!?どうしたの!」
いてもたってもいられず、その場から逃げ出した。
走り抜けた先には、哀しいくらい綺麗な園庭が広がっていた。
「おい、どうしたんでィ」
「......!」
人工ライトに照らされた顔は、見間違えるはずもない。
どうしてオマエが、私を追いかけてくるアルか。
「...トイレ、」
「...なんで厠行くだけで泣いてんの?ガキかよ」
「うっさい......ッ、」
拭っても、拭っても、涙が溢れてくる。
全部ぜんぶ、オマエが。
「私だって......ッ、オマエのこと好きなのに...っ、」
「......は?」
「でも、もういいアル。好きなコのために店通うなんて、オマエも意外と熱心アルな」
目を擦るたび、沖田の姿が見え隠れする。
その困惑した表情は、どの瞬間を切り取っても揺らがなかった。
「...なに勘違いしてんのか知らねェが...」
沖田が一歩近づいてきたから、私は一歩引き下がる。
「可愛い子が好きって言ってたモン...っ、そんなの、あの人しか...」
「いんだろ。ここに」
「......え?」
「だから。おれの。すきなおんな。...おまえ」
沖田は、私に言い聞かせるようにそう述べた。
「う...嘘アル!おふざけも大概にしろヨ、この酔っ払い!」
「嘘じゃねェしふざけてもねェ。あんな量で酔うほどヤワじゃねェわ」
「じゃあなんでそんなに顔赤いんだヨ!耳まで真っ赤アル!」
「これは......ッ、テメェ...言わせんなや天然サドが」
だって、こんな沖田見たことないんだモン。
「サドはオマエアルぅ......っ、く、オマエが...っ、私は元気だけが取り柄だって...」
「...なに、真に受けた?」
人が泣いてるっていうのに、沖田は鼻で笑いながら私の涙を掬った。
「......お前のそういうところが、どうしようもなく可愛いと思うんだけど」
「ばか......っ、ばかばかば、ん、」
ぱしっと片腕を掴まれ、そこからは早かった。
私が喋っている途中で唇がくっついたから、離す頃には当然息が漏れる。
「...これで分かったかよ」
沖田の顔は、喧嘩の決着がついた時のそれと同じだった。
「...と、」
「あ?」
「...もっとしてくれないと、分かんないアル...」
「......このワガママ娘」
廊下の柱に縫いつけられ、降ってくる熱いキス。
「...ん、ふぅ...ッ、ん、おきた、」
「チャイナ、」
「んくっ...ぅ、ちょっ...待っ、」
「...俺の一世一代の告白を嘘呼ばわりした罪は重ェぞ、チャイナ」
ねっとりと、しつこく続く。うまく息ができない。
やっぱりコイツは、どこか一枚上手なところがある。
「...これから好きなだけ分からせてやるよ」
煽らなきゃよかった。と、ちょっぴり後悔した。
あとの残りは、幸せな感情。
「チャイナ...」
散々キスをして満足したのか、沖田は私の腕ごと抱きしめてくる。
「...冷えるだろ、戻るぞ」
「......ウン、」
私は別に、このままでもいいんだけどネ。
「ここの揚げだし豆腐、すげェ美味いんでィ。一緒に食べよ?」
「...ウン!」
亜麻色の頭が、よし、と頷いた。
「チャイナ、あーん」
「...んむ、...んぅ!おいひいアル!」
「だろィ?」
チャイナは俺の膝の上で、揚げだし豆腐を頬張っている。めちゃくちゃ可愛い。
「ちょっっと待てェェい!!」
「何があったの!神楽ちゃん、沖田さんッッ!」
近藤さんと新八くんは数分間口を開けた後で、やっとツッコミに走る。
「あらあら。男見せちゃったの?隊長さん」
追加の熱燗を持って再び俺たちのテーブルにやってきた女将は、静かに察したようだ。
「ま、そんなところでさァ。相変わらず絶品ですねィ、この揚げだし豆腐」
「ふふ、ありがとうございます。隊長さんは本当にこれがお好きなのね」
「ええ、どうしてもこの味が忘れられなくて。正直、これを求めて通ってる感じはあります」
そうなの?と、チャイナは潤んだ瞳で俺を見た。
「そうでィ」
「んぶっ」
見上げてくる顔を、上から手で押さえつける。
「最初はてっきり、娘に気があるのかと...でも、今日すぐに分かりましたわ。隊長さんの想い人は、お客様でしたのね」
女将は、ニッコリとチャイナを見つめた。
「...勘弁してくだせェ」
酔い潰れた旦那と土方によるツッコミ第二波が起こるのは、この数分後の話である。
おわりです!ありがとうございました!