家と防犯と泥棒と
以前にも言ったけど、私は学院時代に稼いだお金のほとんどをつぎ込んで、この開拓最前線の町に一戸建てを買ってそこに住んでいるわ。一階建て4部屋に屋根裏部屋がある平屋で小さな庭付きの、そこそこ大きい家ね。周囲を囲うのは木造の柵よ。高さは約3mで、木の板を張り合わせるようにしてあるから、覗くのも難しいんじゃないかしら。
もっとも魔法のあるこの『恋するジュエリー・ボックス』の世界において、物理的な防御はあまり信頼できないのだけど。意味が無いとまでは言わないけれど、魔法を相手にするとどうしても力不足なのよね。
とはいえ私は魔法使い。柵にも庭にも家にも、ありったけの防犯を施しているわ。お陰で泥棒や強盗の被害に遭ったことは無いわね。あぁ、使い道が無いなんて文句を言わずに罠系の魔法をちゃんと勉強しておいて良かった。
「あら、可愛い泥棒さんね」
ダンジョンを攻略してお茶葉を買って、いい気分で家に帰って来た私が見たのは、この家に私が掛けた魔法の一つが起動しているところ。庭にかけておいた防犯用のわ……仕掛けで、侵入者を土の中に閉じ込めてだるまのように転がしてしまうのよ。もちろん自殺なんてさせてあげない。うちの庭の土は美味しいかしら?
もがもごと土のだるまに閉じ込められてもまだ暴れているのは、顔しか見えていないけどどうやら子供のようね。枯葉色の髪はザンバラ、頬は痩せて、土のだるまの大きさからして体も相当に小さそう。小学生低学年か幼稚園児ってところかしら。栄養状態が悪い場合はあてにならないのだけど。
あぁでも、私を睨みつけてくるその目。深く透き通った青い瞳のなんて美しい事。わざわざ私の家を狙った事と言い、訳アリかしら?
「どうしようかしらー。これでも私はBランク冒険者で、そんな私の家に侵入したとなったら、結構重い罰は避けられないんじゃないかしらー」
しゃがみこんで、横向きに転がっている土のだるまから出ている顔と目を合わせて、事実を教えてあげる。あらあら。おろおろと目が泳いでいるわね。睨みつける元気があるなら最後までそれを突き通しなさいな。なぁに? まさか冒険者の家だとは思わなかったの?
おバカさんねぇ。この開拓最前線の町でしっかりした家を持っているなんて、それこそギルドの上層部か、私のような冒険者ぐらいでしょうに。何よりこの世界において、防犯に関しては自己責任な分だけ、侵入者が居た場合はどうするか、その家の主にほぼ全ての権利がゆだねられるのよ。
うふふ。そうよ? 悪意をもって私の家の敷地に入って捕まった以上、あなたの身柄は私の物。誰も助けてなんてくれないわ?
「さて、どうしましょうねぇ?」
首を傾げてにっこり笑ったら、もがもが、から、もがー! もがー! という暴れ方になる小さな泥棒。あら失礼。こんな美人の笑顔を間近で見ておいて。見物料を請求してもいいくらいなのに、どうして抵抗が激しくなるのかしらね。
まぁどれだけ暴れても、その土のだるまは解けやしないのだけど。解除条件? それはもちろん、私への抵抗の意思が無くなる事よ。そう、つまり、すぐに諦めてごめんなさいすれば即座に解除されるのよ。つまり、諦めが悪いのよね、この子。男の子か女の子かもわからないけれど。
どうしましょう。ともう一度呟いて、ゆらゆら揺れている土のだるまをしばらく眺めて考えるけれど……うん。いい案は思いつかないわね。だってこの街、孤児院の一つも無いんだもの。
「……とりあえず、疲れて帰って来たからシャワーでも浴びてからね」
もがぁあああ! という感じで暴れているこの子はしばらく放置しましょう。そうしましょう。暴れに暴れて体力を最後の一滴まで使い果たせば、流石に少しは大人しくなるでしょう。幸い雨が降る予兆は無いし、私は向こう数日休む予定だし、様子は見れるもの。ま、数日放置した程度では、存外命って言うのは尽きない物っていうのを知っているのもあるけれど。
さーて、大仕事が終わったから、セルフご褒美タイムよー。美味しいお茶に美味しいお菓子を食べる至福の一時。お菓子やお茶のいい匂いが庭まで漂ってしまうかも知れないけど、敷地の外には出ないようにしているから近所迷惑にはならないわね?
セルフご褒美で素敵な時間を過ごして、いつもより長くお風呂に入って、とってもいい気分で眠ったら、翌朝もスッキリ起きられたわ。快適な生活って素晴らしいわね。まぁお風呂のお湯や水道に使う水はほぼ全部魔法で賄っているし、お菓子に使うベリーの類は自生しているのを採ってきたり、庭で育てているのを収穫したりしているのだけど。
流石に砂糖たっぷりのパイやお菓子は難しいわね。甘ったるいだけのお菓子は趣味じゃないのだけど。たまーにジャムは食べたくなるわ。前世の記憶を取り戻してからは暑い日にアイスが食べたくなるし、のんびり過ごしている時にポテチとコーラがあれば、とも思うわね。
ううん、何とか砂糖を簡単に、かつ大量に手に入れる方法は無いかしら。まぁ、そんな方法があればとっくに砂糖は高級品ではなくなっているでしょうけど。
「あら、まだ頑張っていたのね」
そして朝の日課として素振り訓練をやろうと庭に出て……まだもがもがと揺れている土のだるまを発見。元気が有り余っているのねぇ。子供ってすごいわ。
……でも、何かちょっと違和感があるのよね。何故かしら。一応回り込んで土のだるまから出ている顔を確認してみると……えぇ、昨日の子供ね。まぁ、子供に入れ替わられるほど簡単な魔法は使っていないのだけど。まだ私を睨む元気が残っているらしいから、引き続き放置で。
うーん、でも気になるから、一応昨晩の様子を確認しておきましょうか。もちろん魔法で。魔法ってすごいわよね。やり方次第で録画機能付きの監視カメラみたいな事も出来るんだもの。
「……あらあら」
そうしたら、何てこと。あのしっかりと拘束している筈の土のだるまが、内側から砕き壊されていたわ。流石に肩で息をして疲れた様子を見せているけど、驚異的な力ね。……もっとも、そこで諦めたり反省したりせず、そのまま私の家の方に向かったから、次の一歩目でまた土のだるまに逆戻りしてしまったのだけど。
あぁ、なるほど。違和感というのは土のだるまの位置ね。子供の一歩分だけ、家の方に近づいていたんだわ。
それにしても……土にまみれていたのはともかく、服装としては粗末なサイズの合っていない布の服を、紐で動きやすい丈に縛ったもの、というものだったことからして、捨て子か孤児よね。そんな子が、私の渾身のわ……仕掛けを、力づくで打ち破る? ちょっとこれは、あの子を調べた方が良いかしら。
「まぁ、何も出ても出なくても、厄介事には違いないわねぇ……」
あぁ全く、せっかく楽しく気ままで順調な毎日を送っていたのに。