「宗空SS」
「ねぇソウ、俺の誕生祝いにさ、ラブソングを贈ってよ」
空はまるで、いい事を思い付いたとでも言わんばかりの笑みを浮かべて、宗司に笑いかけた。
空の思いつきはいつものことだから、今更それに対してどうこうとは思わないが、それでも突飛な発言に驚かないわけではない。
「何言ってんだ、お前」
「何って、ただ何か貰うなら、物ももちろん嬉しいけど、そういう形に残らないものもたまにはいいかなって」
あと数時間後には空の二十三歳の誕生日というこのタイミング。
一応すでに用意したプレゼントがあると言うのに、いきなりこんな事を言ってくるのだから、いくら宗司でも声には多少の動揺も出てしまった。
そんな無茶振りをいきなり言われても、目の前にいる作詞作曲家の先生と違う宗司には、そんな芸当ができるわけもない。
「お前それ、マジで言ってるのか?」
「マジもマジ。大マジだって」
一応本気なのか聴くと、空は大きく頷きながら、共有ルームのソファを占領しているアライヌの特大ぬいぐるみを抱きしめながら笑っていた。
ギュッと抱きしめられたそれは、かわいそうに顔が潰れて、少々不細工な顔になっている。
「んな事、いきなりリクエストされても困るんですけど」
「え〜? こうさ、心の奥から湧き上がる俺への愛おしさをそのまま表現してくれたら……」
「無理だな。却下」
確かに恋人同士ではあるけれど、互いに幼馴染みとして、友人として過ごしてきた日々の方が長いのだから、今更そんな付き合いたてのカップルのような事、小っ恥ずかしくてできる訳もない。
「恋人からの可愛いお願いなんだから、少しくらいは考えてくれても良くない!? 何今の即答! 傷つく!」
「じゃあお前が今、俺への湧き上がる愛おしさのまま曲を作ってくれよ」
宗司が反撃のようにそう返すと、空はすぐにうっと言葉を詰まらせた。
その顔は、明らかにそう返されるとは思ってなかった!と語っていて、目が気まずそうにキョロキョロと動いている。
「そ〜れは、ちょっとだけ時間欲しいかな〜……あ、ほら、だって俺プロですから!? 半端なものは出せないって言うプライドがね!?」
「自分でもできないんだから、俺に求めるなっての。誕生日だとしてもこれは却下」
バッサリと、取りつく島もないように空からのお願いを断った宗司に、空は頬を膨らませて、アライヌを抱きしめる力を強くした。
黄色のアライヌは、さらに苦しそうに、そして不細工な顔になる。
「じゃあ仕方ない。……ラブソング歌って」
「……お前も諦めねぇな」
オリジナルは諦めるから、今度は歌を今この場で歌えと。空はまるで今度こそ名案だ、と言わんばかりの満面の笑みで言いのけたのだ。
「だいぶ譲歩したよ? だってオリジナルじゃなくって、歌を歌ってくれればいいんだから」
確かにさっきまでの即興オリジナルソングを歌え、と言うお願いからは、だいぶハードルは下がった。
誕生日だから仕方ない。そう思って宗司も妥協し、要望に応えてやるかと、空の望むプレゼントの詳細についてを聴く。
「指定は?」
「無い。宗司の好きなラブソングをお願いします」
俺たちSOARAの曲でも、なんでも良いから、と言われると範囲が広過ぎて逆に困ってしまう。
それにしてもいきなりこんなお願いをしてくるなんて、空は一体何を意図しているのだろうか。
「別に今更俺の歌なんて、それこそ聞き飽きてるだろ」
SOARAの楽曲提供者として、プロデューサーとして、それこそ収録からMIXまで曲に関することは、ほとんど空が一人で手掛けているのだから、宗司の歌声も嫌と言うほど聞いているだろうに。
そんな疑問をそのまま問い掛ければ、空は首を振って否定した。
「飽きないよ。俺宗司の普段の声も、歌声も好きだし」
アライヌを抱きしめている腕の力が緩んで、ギュッとなっていたその顔が元の素朴なものに少しだけ戻る。
空は、真っ直ぐに宗司のことを見つめながら笑っていた。
その笑顔に、不覚ながらも可愛いなと思ってしまって我儘を聞いてやりたくなってしまうのは、きっと惚れた弱み、なんて言われるものなのだろう。
「宗司の声ってちょうどいいんだよね。高いのも低いのも出せて」
「楽器としての扱いかよ」
そんな風に恋人に対して思った感情をまるで打ち砕くように、次の瞬間には作曲家の顔に戻って楽器としての評価をするのだから、宗司は思わず突っ込んでしまう。
確かに、難しいパートも「ソウならできると思って残しておきました!」だとか、「任せた!」だなんて言って振ってくるからそんな扱いについては、若干分かってはいたけれど。
「冗談だってば。あ、いや冗談じゃなく、本当に助かってる時もあるけどね」
流石にあまりにあけすけに言い過ぎたと思ったのか、空は少しだけ焦ったように訂正した。
そうして仕切り直しをするためにか、空はコホンとわざとらしく言って、宗司を見上げた。
「ほら、ソウ。歌ってよ」
もうすでに決定したことなんだ、とでも言うように言い切る姿に、なんだかんだ言っていつも押し負けてしまうのだ。
きっとこんな宗司の姿を見たら、守人は「ソウも俺に負けず劣らず甘いよね」なんて言って揶揄ってくるだろうし、後輩二人はきっとニヤケそうな口元を手で隠して「やっぱり甘い」だなんて言ってくるのだろう。
自分たちだって、十分宗司に負けず劣らず空に対して甘い癖にだ。
けれどもう、甘くなってしまうのは仕方ないかと、言い聞かせるように心の中で呟いて、宗司は空の隣に腰掛けた。
「わかった、歌わせていただきますよ」
「やった!」
キラキラと、本当に嬉しそうな目で見上げてくるのだから、どうせなら張り切って歌ってやるかと言う気持ちにすぐになってしまう。
我ながらチョロいなと苦笑するけれど、空はそれに対して何も言わず、宗司の歌を笑顔で待っていた。
ラブソングなんて世の中にたくさんあるし、SOARAの曲にも何曲かあるけれど、さて一体何を歌おうかと宗司は考える。
流行りの曲や、昔流行った曲は、うろ覚えだったり最近聞いていなくて歌詞もメロディーも曖昧だ。
そうなってくると、せっかくのプレゼントとして歌うのだからそぐわない。
ならば必然的に、選曲はSOARAの曲になってしまう。
歌詞を思い出して、どれを歌うか考えてみるけれど、SOARAのラブソングは改めて思い返すと切ないものばかりで、それを歌うのもどうなのかと、考えが止まってしまった。
「空さん」
「何です宗司さん」
こうなってしまうともう手詰まりな気がして、宗司は目の前の作曲家本人に質問をした。
ふざけて普段は呼ばないような呼び方で名前を呼べば、空はすぐにそれに乗っかって同じように宗司の名前を呼び返した。
「SOARAの曲を歌おうとしたんですけど、幸せなラブソングなく無いですか?」
「……そう?」
そう言いながら、空は思い返すように斜め上の方を見る。
泳ぐ目は、今までの曲を全て思い返しているのだろう。
「無くね?」
「……皆無ってわけでは、無いじゃん?」
「例えば」
「幸せのプロローグとか?」
挙げられた曲の歌詞を思い返すけれど、これを果たして幸せなラブソングとして解釈してもいいのか、宗司には分からない。
「……」
「あれ、だって、幸せのプロローグって、確かにお別れはしちゃうけど、でも、ここから二人とも幸せになれる始まりの曲なんだから」
確かにそう言われればそうなのかもしれない。
何度も繰り返されるさよならに、どうしても宗司の中で別れの歌としての印象が強くなってしまっていたが、悪い感情や悲しい思い出を歌った歌では無く、幸せに別れてそしてそこから始まる歌だ。
「それじゃあ、先生がそう言うなら、幸せのプロローグ歌うか」
「お! お願いします」
宗司は、ゆっくりと幸せのプロローグを歌い出す。主旋律だけで歌うそれは、普段は全員の楽器や声が合わさったものしか聞いていないから、耳に入るのが自分の声だけと言うのが不思議な気分だった。
歌いながら横を見ると、空は瞳を閉じて満足そうに笑っていた。
「……はい、おしまい」
「おお〜! 良かったよソウ!」
「どーも」
宗司が歌い終わると空はねぎらいの言葉をかけながら、閉じていた瞳を開いて、心底嬉しそうに笑っていた。
最初はよく意味の分からなかったお願いに戸惑いこそしたが、自分の歌で空がこんな笑顔を見せてくれたのだから、歌って良かったと思ってしまう。
一方の空は、アライヌを抱きしめたまま、宗司の方へともたれかかってきた。
「ソウの声、やっぱり良いなぁ。うん、好きだ」
「そうか」
宗司からの問いかけに大きく頷いて、ずっと抱きしめていたアライヌを手放すと、空は宗司に抱きついた。
「うん。……好きな人が、俺のためだけに、俺の好きな声でラブソングなんて、やっぱりすっごい贅沢だ。良いプレゼントになりました! ありがとう!」
屈託のない笑顔は、慣れないことを素直に言ったせいか、うっすらと頬が赤くなっている。
宗司はそんな恋人を抱きしめて、にやける口元を空に見せないように、その髪に口元を埋めた。
突然の抱擁に、空は「おおお!?」だなんて間抜けな声をあげたが、すぐに宗司の背中へと腕を伸ばす。
「空」
「ん?」
「誕生日、おめでとう」
何とかニヤケそうになった口元を押さえてから、少しだけ腕の力を緩めて空と見つめ合う。
そして、この腕の中に今空がいてくれることに心から感謝しながら、誕生日を祝福すれば、空は名前のとおりに青空のような笑顔で笑った。
「こちらこそ! ありがとう!」
終わりです。日付が変わった時に文庫ページメーカーとかで画像にしたものをTwitterにアップします。