宗空 お題【ベッドでおはようを言う】
寝起きの感覚と言うものは、まるで水中から浮かんでくるような感覚に似ていると宗司は思う。
揺蕩っていたいと、その場に引き込もうとする水のような誘惑を振り払って起きると言えばいいのか。
比較的寝起きはいい方だから、あまりこういった感覚自体抱かない方だとは思うが、それでもそんな風に特別寝起きが悪い日だってあるのだ。
宗司にとって、それが今日の朝だった。
久しぶりに感じた、まぶたが開く事を阻止するような感覚は、まだ起きなくてもいいんじゃないかと誰かに甘言を言われているかのようだった。
けれど、今日だって仕事が入っているんだと、必死に目を開ける。
カーテンの隙間から漏れる朝日に目が眩んだ後、視界が戻ってくるとそれはいつもの宗司の部屋ではない。
寝ぼけた頭だったが、自室ではなくとも見慣れた景色に、すぐに記憶が戻ってくると同時に、隣から伝わる体温にこれが眠気の原因だと納得した。
昨夜、ホラー映画を昼間に見たと言う空が、作曲作業を自室でするにあたって怖いから、何をしなくてもいい。とにかく自分の部屋に来て、一緒にいてくれと宗司に頼んできたのだ。
「俺、普通に寝ててもいいのか?」
「もうなんでもいい! とりあえず盛大に鼾でもかいてくれたらなお嬉しい!」
「かかねっつの」
そんなやりとりのとおりに、宗司は適当に自室から持ってきた雑誌やスマートホンでネットを見て、いつの間にか空のベッドでそのまま寝落ちてしまったらしい。
寝落ちたままだから、そこらへんに雑誌と自身のスマホが転がっているかと思っていたが、それはどうやら隣で丸くなって寝ている空にどかされたらしい。
ご丁寧にベッドサイドの机の上に、二つまとめて避難させられていた。
そんな雑誌たちを退かしたベッドの主人である空は、宗司が動いても全く起きる様子なく、丸くなって眠っているままだ。
Tシャツがめくれて腹が出てしまっているから、宗司はそれを直してやるが、それでも一切起きない。
相変わらず寝汚いなと笑いそうになるが、深夜まで作業を行なっていたのならそれも当たり前なので、宗司はすぐに口をつぐんだ。
人の体温が、眠りを深くすると気がついたのは、空と付き合い始めてからだった。
誰かと一緒に寝るなんて、それこそ記憶のないような幼い頃が最後で、久しぶりに感じた人の体温が、深い睡眠をもたらしてくれることに驚いた位だ。
今はもうその頻度も回数も増えたから、毎回毎回そうなる訳ではないが、今回はたまたまそういう日だったらしい。
枕元の時計を確認すると、時間は朝の六時。
仕事は午前中からだったが、まだ準備の時間を含めても余裕はある。
夜遅くまで頑張ってくれた我らが大先生を起こすには、少々早すぎる時間だ。
差し込む朝日を浴びて、ベッドに広がる茶色い髪を撫でて梳く。
いつもの癖で丸まって寝ているから、この分だと寝癖も酷そうだ。
空は宗司に髪を梳かれても、何も反応しない。
口をモゴモゴさせて、何か食べてるのか、それとも何か寝言を言おうとしているのか、とりあえずその寝顔は幸せそうだ。
一度自分の部屋に戻ってから着替えて、空を起こしにまた部屋に来てやろうかと考えて、宗司はようやくベッドから降りる。
ちらりと空の作業部屋を覗いてみると、部屋の中は想像通り沢山の五線譜やメモが床に散らばっていた。
それに苦笑して、まとめて作業机の上に置いてやる。
作業中のそれは、空自身が見て欲しいと言わない限り、あまり見ない方がいいのかと想いはする。
けれどつい、こうして手元にあれば見てしまうのが人の性というものだ。
バンドを始めた当初はドラムパート以外、どんな音をするか楽譜を見ただけでは分からなかったが、レッスンを受けて日々勉強した成果で、こうして楽譜を見て何となくなら、想像もできるようになった。
今度の曲は、後輩組である望と廉の担当ーーベースとキーボードの負担が多そうで、大変そうだと思いはしたが、それでもこなす彼らに期待できる、ワクワクするような曲だ。
何個も何個も音符が連なるそれの余白には、空の落書きが楽しげに踊っている。
作業が行き詰まった時特有の、浮かばないだの、分からないだの、愚痴のような台詞を言う変なキャラクターたちはいないから、進捗は概ねいい感じなのだろう。
起きたら空に直接聞いて励まして労ってやらないと、なんて考えていると、さっき宗司が出たばかりの寝室から、突如奇声が上がった。
「お、おおおお!!?あれ!?、え!」
「空、どうした!?」
おそらく寝ぼけているだけだろうと思いはするが、大きな声で混乱したような声を上げられれば、宗司も釣られて大きな声を出してしまう。
あ、30分過ぎてる……今日はここまでにしようと思います〜!
お付き合いいただきありがとうございました!!!!