コトがバレたのは、ある日Panに誘われた時だった。
「P'Kim、週末にKhetとSodaと一緒に水上マーケット行くんですけど、よかったらP'Wayも誘って一緒にどうですか?」
せっかく戻ってこれたんだし!と誘ってくれた。けど、俺には1つ問題があった。
「Khet、と」
「ええ」
「いや……うん、多分空いてるけど……」
俺のその反応を見てPanは察したのだろう。まさかP'とじとっとした目でこっちを見られた。
「Khetと仲直りしてないんですか?せっかく壁に付箋貼ったのに?」
「まあ……別に喧嘩はしてないし」
「せっかく、せっかく!せっかく戻ってこれたんですよ!?P'Kimがもう戻ってこれないって聞いた時のKhetの反応見てたからてっきり戻ったその日に仲直りしてると思ってました!」
ていうかKhetも謝ってないワケ!?とPanは困り顔だ。
「どう話せばいいか分からなくて……」
「分かりました。じゃあ週末、絶対空けといてください。一緒に、絶対一緒に行きましょう。KhetにはP'Kimが来ること内緒にしておきますから」
「……ハイ」
命の恩人であるN'Panには正直逆らいにくい。かくして俺は今週末Khetと水上マーケットに行くことになったのだった。
「仲直りなぁ〜」
週末の予定が埋まった日の晩、ベッドに寝っ転がりながら俺はため息を吐いた。
Khetが俺とラジコンを直したがっていたのは知っている。N'Panが言った通り壁の付箋に書いてあったから。
でもそれは、俺が死にかける前の話(厳密には俺は死んでいたわけだけど)で、Panの体が危篤状態になった時にラジコンはすでにKhetが直してしまった。おかげで俺たちが疎遠になるきっかけになったラジコンを一緒に直すということは不可能になり(もう一度壊すのも違うだろうし)KhetもKhetで病院帰りの俺を家まで送ってくれたが、気まずそうに言葉を発することができていなかった。
──別に、Khetが嫌いなわけじゃない。
Khetは俺に嫌われていると思っていただろうし、俺も別にKhetが好きなわけじゃなかった。むしろどちらかといえば嫌いだった。いっつも俺のおもちゃ壊すし、親はいつだって俺にだけ我慢を強いるし、Khetはいい成績を取らなくったって物を壊さないだけで褒められたし。俺はテストで100点を取らないと褒められなかったのに。
だけど、Khetのことをまるっと無視していたって同じ家に住んでいるし、結局同じ高校に進学しているからだんだんKhetも成長していることも知って、もうあの頃のKhetと違うことだって分かっていた。
だからそれなりに心配していた。いつも学校サボって美容師としてバイトして、それでいいのかとか、高校は真面目に行けよとか。
Wayが少し羨ましかった。知らないうちにKhetとは俺とKhet以上にPhiiとNongな関係になってるし、お互い揶揄ったりしている、俺たち以上に兄弟だった。
「……」
おかしな話だ。兄弟なのに、兄弟の距離感の取り方が分からない。長い間一人っ子だったみたいに迷子になって、こうして今俺はWayにLINEで「Khetと普段どんな話すんの」と相談している。
『どんな話って、どうでもいい話だよ。俺らよく追試受けるから』
『どういう関係だよそれは555』
『恋バナとかじゃね?ロック画面好きな女の子にしてたから揶揄った』
『じゃあお前の好きなやつは俺ってことか。お前のロック画面俺との写真じゃん』
『そうだよ、お前のこと好きだよ。知ってんだろ』
『知ってる』
って、そうじゃない。うっかりいつものテンションで恋人とのトークになりそうなところで現実に戻る。今はWayとの話じゃなくて、俺とKhetの問題だ。
『Khetと仲直りしてないのか』
『誰に聞いたんだよ』
『お前がそんなLINEよこすから』
……俺はそんなに分かりやすいだろうか。ちょっと面白くなくて変なスタンプを送って誤魔化す。
『隣の部屋にいるんだから突撃すればいいだろ』
『そんなことできるかよ』
『そうか?Khetには勇気があるらしいけど』
は?と打ったところで部屋のドアがノックされる。反射でLINEで送りかけていた言葉を発すると「どういう返事だよ」という言葉と共にKhetが部屋に入って来た。
「入っていい?」
「入ってるだろ」
ベッドの上に座り直してやられた、と内心でWayに毒づく。嵌められたんだ。Wayはきっと同時進行でKhetを煽って俺の部屋に行かせたに違いない。
「あのさ、Kim」
「ん?」
「俺……」
ずっと謝りたかったことがあるんだ。そう言うKhetの声は少し、震えていた。
「あんた、P'Kimと仲直りしてないんでしょ」
昼休み、教室に戻った俺に開口一番Panはそう言った。
「してない。なんで?」
「なんで?じゃないわよ」
はぁ、とコメディドラマよろしく大げさなため息をつくPan。そして少し揶揄う表情で俺を見た。
「お兄ちゃんとお話したいの〜無視されたくない〜一緒に遊びたいし一緒に寝たい〜って散々言ってたじゃない」
「ちょっと待て、俺はKimと一緒に寝たことはないし、寝たいとも思ってない」
「なんで仲直りしてないのよ」
「……」
それは、と言葉に詰まった俺にPanは真剣な顔をする。
「私が色々引っ掻き回したってのはあるけどさ。今回P'Kimも私も助かったのはただの奇跡で、本当ならP'Kimは助からなかったんだよ。人はいついなくなるか分かんないって学んだばっかじゃん、うちら」
「……ああ」
分かってる。あの日、Kimの中にいるPanとキスしたあの日、確かに一度Kimの心臓は止まった。
覚悟していたKimの死。それでも、受け入れることなんてできなくて、冷たくなっていくKimの体を抱きしめながら、遠くから聞こえる電話越しの「Panが生き返った」という言葉を聞いていた。
本当なら、俺たちは永遠に仲直りできないはずだったんだ。
Kimが生き返ったのは本当に、ただの神の気まぐれと言っていいだろう。病院に運ばれて、心臓が止まっているのを確認されて、そのまま──というタイミングでまたKimの心臓が動き始めた。
意識を取り戻したKimは「神との賭けに勝ったんだ」とか言ってたけど、二度と会えなくなる恐怖は今でもひやりとした感触と共に残っている。
Panの言ってることは正しい。俺はKimと仲直りすべきだ。今すぐに。今日にでも。
「でも、どうやって打ち明けよう……」
今までごめんなさい?あの日、Kimのラジコン壊してごめんなさい?迷惑かけてごめん?Kimと仲良くしたいんだ?どれもこれもパッとしない。
きっと仲直りできるのに。扉を開く鍵はいくつも持ってるのに、どの鍵が正解か分からなくて尻込みしている。本当は鍵なんていらないことも、分かっているのに。
その日の夜、勇気を出してP'Wayに相談してみた。
『普段Kimとどんなこと話しますか』
『普通だよ。飯の話とか、次のデートの話とか、勉強の話とか、進学先の話。あとはキスしたり?』
『そんなとこまで聞いてません』
P'WayはP'Kimが生き返ったあとあっさり告白してあっさり付き合い始めた。P'Wayのそういう素直でまっすぐなところは俺たち兄弟にはない、羨ましいところだ。
『隣の部屋にいるんだから直接訊けばいいだろ』
『でも』
『ははーん、お前は怖いんだな。臆病者の弱虫ちゃんかな?』
わざと煽って来てる、そうは分かっても、今はそれがありがたかった。
『弱虫でも臆病でもないっす』
やってやる、と返せば満足げなスタンプが返って来た。今はそんなP'Wayの言葉がありがたかった。
「P'Kim──」
普段滅多につけない敬称なんかつけて、ベッドに座るKimを見る。Kimも俺と話したくて、きっと勇気が出なかったんだろう。だから俺は、過去に壊した別のおもちゃを持って部屋に来た。
「おもちゃ、たくさん壊して、ごめん」
「……おう」
「Kimにだけ、たくさん勉強させてごめん」
「それで?」
ああ、どれもこれも違う、本当に伝えたいことは、これじゃない。
「Kim……」
すう、と息を吸う。大丈夫、Kimは遠くから俺を心配してくれてたこと、ちゃんと俺は知ってるから。
「Kimと、仲直りしたいんだ。他愛もない冗談言ったり、くだらない話をしたり、そういう兄弟になりたい。学校内でも見かけたら話したりしたいし、たまにはどっかに遊びに行ったりもしたい。俺たち、一緒に家族旅行した思い出もないだろ。そういうことだって、これからしたい。P'Kimがこれから留学することだって分かってるけど、それでも、普通の家族として、どこにでもいる兄弟みたいになりたいんだ」
二度と失いたくない、1人でラジコンを直したあの夜みたいな思いをするのは二度とごめんだ、そう本音をぶちまけると、Kimは真顔から、優しい顔になって俺を見ていた。
Kimのこんな優しい顔、生まれて初めてみたかもしれない。
「……ああ、俺も、お前とずっと普通に話したかった」
「Kim……!」
「その電車から直すか」
「……うん」
俺たちは床に座って色々なおもちゃを直していった。
Kimの誕生日に買ってもらったもの、俺の誕生日に買ってもらったもの、サンタクロースにもらったもの。
それは、失った今までの思い出を、関係をひとつずつ修復していくみたいに。
1つおもちゃが直る度、俺たちの距離がどんどん近くなっていくのを感じた。
1つおもちゃが直る度、笑顔が増えていく俺たちがいた。
「Panとはどうなんだよ、最近」
「たまにバイト先に遊びにきてトリートメントしてくよ。Kimは?」
「まあ、順調なんじゃないかな。……俺のこと大事にしてくれてるって、分かる」
「もうすぐ遠距離になるもんな」
「いや、遠距離はやめた」
「え、ほんとに」
「一緒にいたいからって理由で夢を諦めるべきじゃないって思ったけど……今の俺は、少しでも長くWayと一緒にいられることが夢だから」
叶わないはずの恋が叶ったことだしな、と笑うKimの顔は、今までのKimからは考えられないくらいに幸せに満ち溢れていて。
この笑顔は、本来見られないものだったんだと思うと、目頭が少しだけ熱くなる。
「Khet?」
「ううん」
ズ、と鼻をすすりながら、俺はそれでも笑う。
Kimと同じように。
「Kimがいなくならなくてよかったなって」
「……泣くなよ」
「泣いてない」
親指で俺の目尻を拭うKimの顔は、まさしく兄の顔だった。
この幸せな日々が、関係が一生続きますように。
願いを込めて、おもちゃをひとつずつ直していく。一歩一歩、未来に向かって、始まったばかりの兄弟を進めていくんだ。
「はぁ〜やっぱ目の前で見るっていうのが最高ね!」
「水上マーケットとイケメンのデート……!Kim、お前にはこっちの方が似合ってる。この虹色のパイナップルのTシャツが」
「いや、Wayにはこっちの虹色のキウイのTシャツが似合ってる、おそろいにしようぜ」
「どんなTシャツなんだよそれ」
週末、水上マーケットに来たKhetたちは、一度年上組と年下組で別れて買い物をしたあと昼ごはんを食べるべく、年下組は適当な屋台に隣接しているテーブル付きベンチに腰掛けて服屋で買い物をしているKimとWayを待っていた。当然腐女子の2人がそんな状況下でやることと言えば妄想小説の更新であり、いつものようによく分からない文章を書く2人を尻目にKhetはため息を吐きながら妨害するのだった。
「悪いな、待たせて」
「昼飯もう買った?」
戻ってきた2人を見て、PanとSodaは「おぃ〜〜!」と絶叫し鼻血を吹き出した。
Khetは一瞬慌てたあと、2人を見てその理由を察した。
2人の指には、お揃いのシルバーリングがつけられていたのだから。