眠れない。
 ジェイドはひとつふたつ瞬きした。電気の消えた部屋の中でジェイドの黄金の瞳がひとつぶだけ爛々と輝く。しぱしぱ、乾いたようなまなこを瞼で撫でるが、しかし眠気は一向に訪れようとしない。あぁこれは、本当に眠れないやつですね。
 隣に横たわる人を起こさないようゆっくり上体を起こす。この同居人はやたらと体温が高い。ジェイドは熱を持って少し湿った右半身を愛しげになぞった。そろそろりと足を片方ずつ布団から引き抜いて、ゆっくり立ち上がったところで背後から衣擦れ音が鳴る。
「……ねむれないのか?」
 ふわふわ、回らぬ舌で話しかけてくるのがジェイドは好きだった。とても。
「えぇまぁ。そんな日もあります」
 まだ己のぬくもりが残るベッドに手をついて、枕を這う髪をちょいちょいと撫でてやる。んん、小さく声がした後、金ぴかの目玉がふたつ、こちらを向いた。とろんとする金ぴかにうっとりとしていると、きゅうと細まった瞼に隠れてしまう。
「俺も今日は夜更かししようかな」
「おや、寝ていてくださっていいんですよ。明日は折角のお休みなんですから」
「はは。まぁ、そんな日もあるさ」
 よいせと可愛げのない可愛い掛け声で一気にベッドを出る。そのままぺたぺた部屋を出ていくので、ジェイドは今ちょっといい雰囲気だったのでは、キスの一つくらいできたのでは、でもそんなところも素敵です、とほんのり頬を膨らませた。
「座って」
「? はい」
 リビングに入るや否やソファを指さされ、大人しく従う。いいこ、と低くなった頭を撫でられた。やはりあたたかい手がジェイドは好きだった。そっと手が離され、つい目で追ってしまうと困り顔と蜂合わせる。
「少し待っててくれ」
 最後にもう一度ぽんとぬくもりが置かれて、きゅうきゅう痛む胸を押さえながら余韻に浸る。気恥ずかしくて言葉にしたことは無いが、ジェイドは一度だけでいいから、あの手に気のすむまで撫でられたいと思っていた。頭のてっぺんと顎から始まり、頬をもっちりと持ち上げられ、後頭部をわしわしとされたい。あの大好きなぬくもりに包まれたい。気が付けばジェイドは目を閉じて妄想しながら我が身を抱いていた。いつか言えたらいいのですが。きっとかなえてくれるだろう、彼ならば。
 はぁ、と息を吐いて頭の熱を冷ます。指先をいじいじとすると普段よりも明らかにあたたかいのが滑稽で仕方がなかった。
「お待たせ」
 ふわ。あ、大好きなにおいだ。好きで好きでたまらないにおいだ。あまくてほんの少し癖があって、嗅ぐと頭がふわんとするにおい。トレイの、においだ。
「はい、これ巻いて。よしよし、全然収まってないがいいだろう。悪いけどもう少し待っててな」
 自分を包み込んだブランケットはトレイお気に入りで、家の中にある彼の仕事用デスクに常に用意されているものだった。手元に布を手繰り寄せると、トレイのにおいに混じってジェイドの知らないにおいがする。公私は分けたいというトレイの意思をのんで、ジェイドは彼のデスクにあまり近寄っていなかった。
 唇をかんで口角を押さえつける。タバコ、コーヒー、このあたりだろうか。もしくはエナジードリンクとか? トレイは案外、そういった面をジェイドから隠すようなことをする。付き合う前と付き合ってからすぐはそうでもなかったのだが(聞けば素を見せればジェイドが離れるだろうと思っていたらしい。侮られたものだと憤慨するとともに、あまりにも可愛らしい思考回路にたまらなくなってしまったのは未だによく覚えている)、初めて体を繋げた秋の頃からだろうか、時々かわいい隠し事をしたり誤魔化したりすることが増えたと記憶している。トレイは恋人相手にはかっこつけたいタイプなのだ。そしてジェイドはそれを暴いたりはしない、慎ましやかでとってもいいこな恋人なのである。察しは良いが不必要に発言しない。こういうのお好きでしょう、ニンゲンは?
 ジェイドはブランケットを巻き付けた後キッチンに向かったトレイを観察する。本当は今すぐにその背中に飛びつきたいが、待てと言われているのでお利口に待つことにする。いいこ、とも言われてしまったので。
 トレイは冷蔵庫からミルクを取り出し、ポットに注いで火にかけた。煮立ったところで火を止め、マグをふたつと蜂蜜の瓶、ハニーディッパーを取り出す。湯気の立つミルクをマグに注ぐと、そこへ今度は蜂蜜を入れる。とぷ、ハニーディッパーで絡めとったこがね色が乳白色に飲み込まれている様を思い浮かべて、ジェイドは甘い香りが鼻を抜けるのを想像した。トレイはくるくるとマグの中をかき混ぜてから冷ますついでに後片付けを始めた。ジェイドは猫舌気味だ。
「あの、お手伝いに行きたいのですが」
「うん? すぐに終わるしのんびりしててくれればいいよ」
「ですが……その……。いえ、分かりました……」
 何も言わずに手伝いでも何でもすればいいのに、ジェイドは「待て」と言われれば待つほうを優先してしまうのだった。今だって本当は、背を向けたまま返事をするトレイのその大きな背中に飛びつきたくて仕方がない。しかし「待て」をされている以上、ジェイドは律義にそれを守る。というのもすべてトレイの好みが「普段はいいこ、時々わるいこ」だからである。普段のジェイドがいいこであればあるほど、わるいこになった時のトレイの反応が大変良いので。学生の頃ならばもっと欲望のままに行動していたものだが、これはトレイの調教の賜物だ。
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33:14
雲雀
心情描写がすごく可愛い…!!
33:38
ふじだに
ありがとうございます!励みになります~~!!
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向き
ジェイトレ書くよ~
初公開日: 2020年08月23日
最終更新日: 2020年08月26日
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人類はなぜ幸せを感じるのでしょうか。
とあるVtuberさんのファンアートの一種です。自己解釈多め。
星のねこ
神様にも定年退職はありますか?
短い物語を書きます。どなたでもお気軽にどうぞ アーカイブはネタバレになっていますのでご注意ください。…
星のねこ