これはデートじゃない、何度も何度もKimは自分に言い聞かせている。今日だけではない、土曜日にモールの入り口で、そう言われた時からずっとKimは自分自身に言い聞かせている。これはデートじゃない、ただの、いつも通りの友達としてのお遊びだと。
いつもはWayと友達然として振る舞えるのに、一度この気持ちが恋心だと認識してからはダメだった。いつもの賭けはいい。だが改まって買い物とか、休日に誘われるとどうしたって気になって仕方がなかった。
けれどWayにはすでにPhingphingという彼女がいるし、自分にも成り行きでなったとはいえKanaという恋人がいる。だからこれはデートになり得ない。そうどれだけ論理立てて自分に言い聞かせたところで頭の中ではWayが驚きそうなおしゃれなコーディネートを探しているし、体はソワソワして全然眠れなかったし、上機嫌すぎて昨日Khetに「おかえり」なんて声をかけてしまった。普段は帰って来ても無視してしまうのに。お陰でKhetは目をまんまるくして「え、お、おかえり?」とおうむ返ししてきた。バカ。おかえりって言ったらただいまって言うんだよ。Kimは昨日のKhetの驚きようを反芻して鼻から息をもらす。
今日はいつものユニセックスなシャツではなく、前と後ろでちょっと柄が違う、ゆったりとしたどう見てもメンズ用のシャツにスキニーパンツ、黒のハットだ。マネキン買いした感丸出しだが、Kimはデート服というものに興味がなかった為自分で判断するよりは、と広大なネットの海に転がるモデルが着用しているメンズ服コーデを見漁ったのだ。幸いにもKimはスタイルもいい方だった為、モデルの着こなしそのまま真似しても様になっている。
待ち合わせ時刻から5分過ぎた頃、いつものジーンズ素材のジャケットを羽織った彼は現れた。
「悪い、渋滞にハマった」
「ん」
貸しだな、と冗談めかして言えば「5分くらい許容しろ」と笑われた。
「お前、そんな服も着るんだな」
お詫びに、とモールの入り口で売っているドリンクを買わせれば、容器を差し出して来たWayはKimにそう言った。
「そんな服って?」
「いつもと違うじゃん。なんかおしゃれっつーか」
「ああ、まあたまにはな」
俺ってほら、学校の人気者だし?と笑いながら言えばWayは「人気者の割に友達俺しかいねえじゃん」と笑った。痛いところを突かれたが事実だから仕方がない。いや、友達がいないわけではない。高嶺の花になっているだけなのだ、きっと。
「いいんじゃない?かわいいと思うぞ」
「おい、可愛いはないだろ、可愛いは」
「おいおい、自分のスペックをきちんと把握するのが勉学の第一歩だって言ったのはどこのどいつだ?」
「く……っ」
納得がいかない、が、Wayにかつてそう言ったのは自分だから仕方がない。
「いいや。そんなお前なら今日は安心だな」
「何が?」
「今日は欲しいものがあって来たんだよ」
「欲しいもの?」
WayはKimの手を引いて雑貨屋へと歩いていく。眼前に広がったのはKimの趣味でもWayの趣味でもない、女の子向けな小物たちだ。
「もうすぐPhingphingの誕生日なんだ。なんかあげようと思って」
「ああ……」
浮き足立っていた気持ちがみるみるしぼんでいく。だから言っただろう、デートなんかじゃないと。
「なんで俺に訊くんだよ。俺が分かるわけないだろ」
「俺はもっと分かんねえよ」
「妹いるだろ。俺は男兄弟だぞ」
「バカ、妹は俺に近寄ってすらこねえよ」
「あ……」
そうだった、とKimは反省する。家族仲が悪いのはWayも同じだった。身内に女性がいたって、身内に頼ることは出来ないのだ。
「こういう小物がいいのかなって。それとも化粧品の方がいいか?」
「慣れないのに化粧品送るなよ。Phingphingはきっとコスメにもこだわり強いだろ。よくトイレ行っちゃ化粧直ししてる」
「だよな」
だから雑貨にしようと思って、とWayは顎に手を当てて考え込む。
「お前は彼女に何プレゼントするんだ?」
「プレゼント」
Kanaに過去にあげたものは全てUSBメモリだ。彼女はよくUSBメモリをなくすから。……というのは建前で、自分が渡したUSBメモリを使ってもらえた方が窃盗しやすいから、などとWayには死んでも言うつもりはない。
「Kanaは年上で、働いているから事務用品とか、仕事に使えそうなものを買ってる。高校生のPhingphing相手に参考になるかどうかは分からない」
「そっか〜」
ぬいぐるみ、クッション、ランチボックス、色々並ぶ、可愛いもの。
どれもこれもPhingphingは好きそうで、好きではなさそうに見える。
「俺、結構長いことアイツと付き合いがあるけど、アイツのこと何も知らないんだな」
「本当に好きなのかよ」
神妙な面持ちで言うWayがおかしくてKimがからかうと、Wayは分かりやすく固まった。
「え」
「いや、好き……だと思う」
「……そ?」
「おう」
でも確かに、好きな人の好きなものが分からないって変かもなとWayは呟く。
少しかわいそうになってKimはWayに思いついたことをアドバイスしてあげた。
「シンプルなピアスかイヤリングはどうだ?耳からちゃらちゃらぶら下がるやつ」
「言い方」
「あの子片耳出してるだろ。綺麗なピアス送ったら喜ぶと思うぞ」
Kimのその提案は、Wayにも刺さったのだろう。ピアスか、と呟き店をアクセサリーショップへと変更した。
色とりどり、シンプルなものからカラフルなものまで、レディスからメンズアクセサリーまで取り揃えているその店でPhingphingの為のアクセサリーを真剣に選んでいるWayを見ていたくなくて、Kimは「外で待ってる」と声をかけ店外で待っていた。
「はぁ……」
せっかくおしゃれしたのに、結局は惨めな気分になるだけだ。
自分が目の前で自分以外の誰かのことを想っているのは、想像していたよりもずっとキツイ。
これが恋か、とつい最近参考までに見たYドラマと重ねてアンニュイな気分になっていると頭上から声がかけられた。
「なあ」
「ん?買い物終わったのかWa──」
顔を上げると、そこにいたのは見知った顔ではない。
自分より背が高く、自分を見下ろしながらニヤニヤしているガタイのいい男が2人。
「お兄ちゃん高校生?こんなとこで何してんの?暇?」
「こんなところも何もモールですよ。あなたこそ人違いじゃないですか。知り合いじゃないですよね」
「知り合いじゃないけど、可愛い子は募集してんだよ。暇なら俺らと遊ばない?この後飲みにも行くしさ」
「お断りします。高校生だって分かってて飲酒に誘うのはどうかしてますね」
休日で人が多いモールで、店の入り口から少し外れたところで壁と男に囲まれ、Kimが困っている様子は外から見えないし、誰も見ていない。見たとしてもその図体の大きさにきっと声をかける人はいないだろう。
「ほら、行こうぜ」
「行かない。離してください」
グ、と手を引っ張られKimも抵抗する。学校内で何度か喧嘩もしたことあるし、腕っ節の強さには少々自信があったが──
(えっ)
抵抗した腕は、まったく自分の方に戻ってきてはくれなかった。相手の力が強すぎるのだ。
つまり自分は今、彼らに抵抗する術も力もない。その現実を突きつけられてKimは本能的な恐怖に襲われる。
『自分のスペックを把握するのが勉学の第一歩』
『お前は可愛い系だよ』
何度かWayに言われた言葉がリフレインする。自分の力を過信していなかったら、声をかけられた時点で店内に逃げられたかもしれない。だが退路は断たれ、腕を引かれて怖さのあまり声も出せない。
(Way、Wayは)
後ろを振り返ってもWayはレジにすらいない。まだ選び終わっていないのだ。
「ほら行くよ」
「──っ!」
腕を引かれてされるがまま足が動く。連れて行かれる先を見て愕然とした。駐車場に向かっている──!
「や、めろ、行かないって言ってるだろ!」
「はいはい、大人しくしてね」
「嫌だって……!」
頭を振って帽子が落ちる。だがそんな帽子を拾い上げることもせず、集団は駐車場へと向かって行く。
(くそ、助けに来いよWay……っ助けて)
車に乗せられたらもう自力で帰ることは困難だ。この先に待っている未来を想像して余計にKimは怖くなる。周囲の人間は異変に気づいているのかいないのか、見ないふりだ。
──ただ1人を除いて。
「おい、何してんだ」
Kimを引っ張る力が急に弱まった。誰かが男に掴まれていたKimの手を引き離し、逆へ引っ張ったからだ。
「……Way」
「お前、なんだよ?颯爽と現れて彼氏みてえだな、え?」
邪魔されて苛ついたのか、下衆いた笑い方をして揶揄ってくる男たち。だがWayは殴りかかることも、苛ついた態度を見せることもせず「そうだよ」とただ言い放った。
「……は?」
「そいつは俺の彼氏。俺嫉妬深いからそれ以上こいつに触るならお前らのことぶっ飛ばす」
「……ってめぇ!」
「おい、声荒げんなよ。警備員呼ばれて困るのはあんたらだろ。監視カメラはそこかしこについてるんだぞ」
本当に警察呼ばれてえのか、とWayが本気で凄むと男たちは不利を悟ったのだろう。捨て台詞を吐いてどこかへ行ってしまった。
「はぁ……遅いんだよお前」
「はあ?店から出たらお前がいなくて焦って探したら拉致されかけてるとか笑えねえよ」
ほら、とWayが帽子を差し出してくる。先ほど落としたものだ。
「ありがとう。助かった」
「はあ、こんなことならPhingphingのだけ買って店出りゃよかった」
「は?」
どういうことだ?と首を傾げるKimに、Wayは「ん」と小袋を差し出した。
「お前の分だよ」
「俺の分?」
袋を開けると、ポラロイドカメラを模したチャームが入っていた。
「今日のお礼。お前写真撮るの好きだったろ」
「あぁ……さんきゅ」
袋をカバンにしまいながらKimはあれ、と一瞬止まる。
この学校に来る前から付き合いのあるPhingphingの好きなものは分からないって言ってたのに──
とくん、とくんと心臓が期待で高鳴る。ああ、鳴るな心臓。さっきの彼氏発言だって、相手を撃退させるための出まかせだと分かっている。分かっているのに。
「腹減った。なんか食おうぜ」
「……ああ」
期待と、不安と、少しだけ輝きだした世界は動き始めていて。
(ああ、論理じゃ止められない、これが恋なんだ)
この先、この恋が叶うことがなかったとしても忘れられないだろう。
自分でも止められない気持ちがあることに気づいてしまった、この日のことを。