鋼色が、鞘から抜き取る一瞬に銀色にきらめいた。
 真っ白な雪のような光に彼は目を据わらせた。片手にふりかぶった後の鉄鎖の先には、湾曲した鎌が連結してある。ギュイッ! 湖面に跳ねた小魚がごとく、鎖鎌が日本刀に飛びかかる! 火花が散って少女は日本刀の刀身に鎖をすべらせた。カンッ! 刀を巻き取るようにして鎌の湾曲部が最後に引っ掛かるが、少女はかたく刃を握りしめていて、金属がはじけあう硬い音が古い遊郭にこだまだけを響かせた。
 碧の瞳の少女が、醜悪さに鼻が曲がるというように顔を歪めた。
「首を刈りに来たな。やっぱりお前は信用できない!」
「どの口が言う?」
 鉄鎖をふるって男が着物の裾をなびかせながら後退する。
 遊郭の遊女のような豪奢な着物を、はだけながら身につけて、彼は男にしてはほそいが均整の取れた肉体美を見せつけるように仁王立ちする。
 鎖鎌が右手にふりまわされて、虚無を永遠と切り刻んでは回転する。
 もとはといえば男はその美貌を活かし、少女のために遊女に変装してみせて、年端もいかない彼女ではまっとうできない任務を肩代わりする算段だった。
 しかし、今、警備局警備企画課特殊魔対第三支部のパートナー同士であったはずがその任務も人間関係も、プライベートな付き合いもすべてはご破算となりつつある。
「言っただろう。俺がやると。どうしてリミは遊女のまねごとなんざする気になった? 俺が、この俺が、性別を偽ってまでして、男なんぞに愛想をふりまいて尻尾をふってやったというのにその間にお前は客を取ったんだな」
「お前の仕事ぶりなんか知るか。あたしは、あたしにできることがあったから」
「お前に裏口を斡旋した阿呆はどこだ? 殺してやるよ」
「あたしの個人的な友達だ!」
「阿呆だな! んなもんトモダチですらねぇ、遊郭のロリ専門職なんぞ斡旋しやがって! お前も阿呆だ。殺してやる。俺を裏切ったんだから仕方がないな」
「あたしは仕事をしにきてるだけだ!」
 闇に馴染むほどの、真っ黒い衣装が彼女の体を彩っていた。確かに、紹介された仕事は、裏の仕事と呼べるものでこの違法遊郭の影の働きぐちだ。しかし彼女の情報屋は決して悪意などではなくこれを斡旋したのだ。彼女はそれを知っている。
 鎖鎌が、ビュッ! ふたたび、少女を狙ってふり下ろされる。
 と、木の板に刺さってすぐさま鎖鎌が天井に向けてたわんで、鎌の刃が蛇のようにして身に迫る。少女は身を屈んで日本刀を右に立て、左に立てては斬撃をかわし、唐突に交戦をはじめた自分たちを遠巻きにする遊女たちと従業員へと視線を走らせる。
「遊佐見さん!! 仕事は。遊佐見さんの客はどこに消えた?」
「知るか。俺もプロだ。俺の仕事は終わらせたさ。遊郭の主人の首はさっき落とした、ただ俺はお前が働いてるのを見たからな。客をとってるお前を見たからな!」
「あたしだってプロだ! 遊佐見さんの補助はした。主人殺しに一切の邪魔は入らなかっただろう。遊佐見さんの客を、あたしが廊下で足止めしておいたからだから――」
「だから。と?」
 魔対第三支部の若きエースは、若干二十歳にして、その機動力の高さで主に殺害任務を担当する。そして、パートナーである十六歳の少女は、彼が指名した、彼の選んだ彼専属の相棒役だ。
 遊佐見が黒目をカッとみひらかせて憤激した。
「お前は、俺の相手しかしちゃいけないんだよ、それがお前の役割だ!」
「あたしは、あたしの仇を探してるだけだ」
「知るかそんなもの!!」
「こっちこそ知るか!!」
 ぎんっ! ぎっ! 刃が交わって、鎖鎌がぎゅるぎゅると回転しながら遊郭の豪勢なしつらえの壁細工も骨董品もなにもかも嵐のように破壊する。
 遊佐見が彼女を知ったとき、彼女はまだ十歳だった。
「リミ! 俺を殺せばお前の仇の魔人は捕まえられないぞ。お前はもう魔対で働けなるんだからな!」
「……あたしを殺せば、遊佐見さんは、遊佐見さんの気持ちが破綻する。遊佐見さんはあたしがいないともう生きていけないんだから」
「俺を三年間も匿ってたからか? 俺を三年間も看病したからか? 俺が、オレがお前がいなきゃりゃ生きてけない体になってしまっているからか? そこまで分かっててなんでこんな鬼婆と鬼女の棲む館になぜ潜入したんだ!!」
 返答に、少しの間はあった。
 しかし、理実はひとりうなずき、遊佐見の怒りに理解は示してみせた。「あたしも魔対に入ったから。一日でも早く、母と妹の仇を討ちとる。……そして遊佐見さんみたいな狂人のそばから離れて一人静かに暮らしたい」
「人生設計まで立ててんなよ、阿呆が。しかもオレがいないだろそれ」
 吐き捨てる遊佐見は、しかし利き手で鎖鎌を引き上げ下げておおきくふりかぶる。日本刀の少女も刀を垂直に立たせてどの角度からの斬撃にも応じる構えをとった。
「っ遊佐見さん。ひとつ、言いたいことがある!」
「んだよ、っけんなよクソ女だお前は!!」
 ぐねぐねと迫る鎖の音を敏感に聞き分けて、鎖鎌を刀身ではじいて、遊女のまねごとをして贅沢な着物をはだけさせる、顔の整った色香があふれんばかりの二十歳の青年へと飛びかかる。遊佐見は、その瞬間は、鎖鎌を戻さずに理実のやりたいように自分の懐に入らせた。
 すぐそこに、目と目が数センチの距離に顔が近づいた。
「遊佐見さん。あたしには遊佐見さんがまだ必要だから。ごめんなさい。わるかったです。このまま遊佐見さんと帰ります……」
「…………」
 ギャリ、と、使い手が四方八方に振り回すのを止めたことで、鎖鎌と鉄鎖がじゃりじゃりと鳴るだけになってグチャグチャに切り刻まれた床へと落ちる。
 そして遊佐見は小憎たらしげに、きつく理実を睨み据えた。
「可愛くないガキ。お前、本当に……。魔対に入らせてやったときにオレとした約束、覚えているのか?」
「はい。一応は。遊佐見さんのお嫁さんでもなんでも。敵討ちが終われば」
「独り静かに余生を過ごすんじゃなかったのか」
「それは、あたしの個人的希望です。今は遊佐見さんとの約束があるから……、別ですね」
「……どっちが狂ってるんだよ、クソ女」
 舌打ちしながら、遊佐見がぶっきらぼうに踵を返した。
 その手は、鎖を持たない反対側の手は、日本刀を携えていない少女の非利き手を握った。
「畜生どもが。帰るぞ。仕事は終わった」
「わかりました」
 手をつなぎながら、少女は刀を鞘へと光らせながらちゃりんと戻し、男は鎖を単に引きずって鎖鎌をずるずると床に這わせる。あとにはただ、破壊された遊郭が、大部分が骨組みだけになった破壊し尽くされた大館が残される。
 遊女も客もものかげに隠れながら、悪名高き警備局警備企画課特殊魔対の殺害担当たちが立ち去るのを、ただただ呆然と見送った。
 遊佐見と理実が外にでると、わんわんとパトカーが駆けつけるなどして、ちょうどすべてが慌ただしくけたたましくなる、その瞬間である。こうして青年と少女のはじめての潜入捜査は完了した。ほんの数日間ではあった。
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