私んちにはバグ技がある。
どんなバグかというと壁のすり抜けだ。
私はちょうど乙女ゲームを携帯ゲーム機でいじっていて、ボタンを押しながら暇潰しに肘でこんこんと壁をノックした。続けてかかとで3回ほどノックした。それから、後頭部を壁に押しつけて、ずるりと足元にしゃがんだ。
非常にぎょうぎわるく、変な姿勢でゲームをしていたところ、私はなぜか壁にめり込んでそのまますり抜けて後ろにスッ転んでしまったわけだ。
「な、なに、なんで……」
物置と兼用の客人用の空き部屋。
そこに寝転びながら、私は、これは――、これはバグ技だ、と思った。
私はけっこうな乙女ゲームのヘビーユーザーで、バグ技だとかデータロストだとか、そういうのには知識があったのですんなりとバグだと納得してしまった。
そして、私は、なんというかバカだった。
「ねえねえ母さん。この家にバグがあるよ!」
「父さん! 見てよ、今やるから!」
「せんぱーい。風祭せんぱい、私んちって、とっておきの秘密があるんですよ~?」
なんていうか、手当たり次第に自慢してまわった。まずは家族。そして部活のせんぱい、それから友達、近所の子どもたち、奥様方、町内新聞などの取材までやってきて喜んで私はバグ技を紹介した。ネットで話題になったらしいが、たんなるネタ記事として受け止められたようで私が期待したようなテレビの取材なんかは来なかった。
ともかく、我が家はかくして、この田舎でいちばん有名な一軒家となった。
「ちょっとねえ涼子ちゃん、うちのバグ技も探してくんない? 一瞬で移動できたら便利だと思うんだけどね」
「ねーちゃん! バグ技やらせてよ!」
「壁にアイスはさんだらどうなるの? 溶ける?」
「それはわかんないな」私はすぐさま答える。なんせバカだった。「よし、実験してみよう」
アイスは、壁にハマッた。人物、つまりキャラのようにうまくすり抜けできずに壁に貫通したままになった。私と近所のガキたちは大喜びしてそれを写真に撮って拡散させた。近所の人達は、まあ皆アカウントを知ってるからキャッキャとしてくれたけど、第三者にあたるような人達からは『ネタ写真』『ようやるわ、暇人』などと罵倒が届けられた。まぁそんなものかな、と思った。
私は、風祭せんぱいからのラインでおおはしゃぎだった。
『写真、見たぞ。物は通れないんだ? ほんとどうなってんだよ、お前んちは。お化け屋敷?』
『せんぱいもやってみますか?』
『よし。じゃ俺は木刀刺してみるわ。後輩から借りるから家で待ってろ』
と、せんぱいとの連絡は、それが最後だ。
それからかなりすぐだ。
うちの田舎は、大災害にみまわれた。周囲一帯にガスが漏れて大爆発して粉微塵になって集落一帯が全滅してしまったのだ。これは、これは――、運営のしわざ? と、熱砂に呑まれて呼吸ができなくなりながら、私は最後に思った。運営め、ひきょうものめ! だって私が死ぬとしたら運営陣営からの報復だろうなと、バグ技を発見したときから、ゲーム馴れした私はちょっと予感してたのである。これってそのうち、私、削除されるんじゃない? って。バグ技があるということは、そういう仕組みもあっておかしくなかった。
ところで、私は今、これを日本語ではない言語で、日記として書いている。
そう、私はけっこうヘビーな乙女ゲーム好きで、異世界転生小説なんかもネットでよく読んでいた。
だから、死んですぐさまこれは神様に責任があると念じて、念じまくって念じまくって、気が付いたら目を開けることができていて、そこは魔法があって竜が生きているファンタジーな異世界だった。私の魔力量はチートレベルで、すぐさまイケメンと運命的に出会うことができて……。
なんて、まあでも、どうでもいいかも。
私はこうして日記を書くことにした。前の人生を思い出しながら。
ごめんなさい。母さん。父さん。近所の皆さま、っていうか私んちの町。そして風祭せんぱい。せんぱいが、好きでした。大好きでした。ごめんなさい、初恋でした。
私は今、とても孤独で、毎日、皆に会いたいと念じながら眠りますが、それはどうも叶いません。今はこの異世界のバグ技を見つけるべく、騙したイケメンと一緒に各地を冒険しています。元の世界を戻してもらうために。これはイケメンには秘密にしてるから揉めそうです。ゲーム的にそういう展開ありそう。ていうか、絶対ある。
やっぱり、私はバカだな、と思いながらも、明日も私はバグ技を探してきます。では。今日の日記おわり。