表情を全く変えない医者と微笑みつつも考えている考古学者を前に、ハインはアラバスタについてある程度詳しく説明していた。
政府から襲撃を受けたこと、色々と引っ掻き回したこと、結果として海軍があの国を守っていること、それでも表向きは監視しているように見えること。さらにはクロコダイルの重要性が高いことと、追加の守りが必要であることをハインは淡々と話し続ける。
ローはアラバスタに思い入れなどないのだろうが、麦わら達…ロビンはすぐに食い付いた。
最低限の守りは固めてあるし、当分は攻撃されないと予想しているので大きな問題はない。しかし大国の戦後を考えると、心許ない可能性は拭えない。
「ビビは無事なのね?」
「はい。」
「なら良かった…トラ男君。アラバスタに行くわよ。」
「…第二波は暫く来ない上に、表面だけは政府監視下。これ以上荒らされる要素がどこにある?」
〈あの国が〉ではなく〈俺達が〉じゃないのか?
冷静な医者は帽子を深く被って、不機嫌そうに口を開く。だが選択肢がないことにも気付いているようで、嫌だとは言わなかった。
「…もう少し掘り下げた話が必要ですか?」
「いや、必要ねェ。本部がこの状況ってだけで分かってる。」
海の要である海軍本部がこんなにも静かなのだ。他の海域はどうなっているのかしら…とロビンは不安そうに仲間達を見る。それだけで伝わったのだろうか、海賊達は妙に緊張した面持ちとなった。アラバスタもそうなのだが、彼らの故郷や知り合いについても気になるらしい。
「そう言えばロビンさん。ここに来る際に変わった航路を使いましたか。」
「えぇ。ふふっ、愉快だったわ。とても忙しない旅路だったの。」
「…でしょうね。」
ジンベエの助力がなくとも忙しない程度で片付けられる航海技術。麦わらもローも相当良い航海士を持っていると見られる。
ハインはコビーからナミへと視線を移し、いつか狙う必要がでてきたら彼女を一番にやらなければと覚えた。航海士さえやればあとは海が片付けてくれるかもしれないし、風で転覆させることもできるはず。
航海士さえいなければ、だが。
「アラバスタへ行って貰えるならありがたいですけど、騒ぎを起こすのはやめてくださいよ。」
「えぇ。よく言い聞かせておくわね。」
言い聞かせても怪しいでしょうとの皮肉を言いかけたハインだが、ふとローの背後に見える人影に反応して口を閉じる。人影が誰だか分かった瞬間に躊躇うことなく境界線を越え、強く拳を握り締めた。
その人影は今にも歌い出しそうな程に上機嫌でスキップしつつ、胸に茶封筒を抱え込んでいる。油や薬品の跡がついた白衣を曇天の風になびかせて、木の下にいる海賊達やロー、ロビンにすら気付いていない。
焦げて跳ねている前髪もそのままに、彼女はハインの目の前でニィッと笑った。
「ねぇ!!見た!?これ!!来たね!これバラすけど良いね!?もうバラしたけどね!見るかい!?」
「……。」
「私は思うんだがね!ここにこうさ!穴開けてさ!君入れてさ!爆速で水面走らせたいね!?」
ね!とシスターにも同意を求め、勝手に同意を得たと判断し、茶封筒を振り回しては話し続ける。ハインは目でロー達に挨拶を送り、彼らも察したのか仲間達の元へと歩いて行った。
「どう!?やっていいね!?やるね!もう進めてるから!」
「…シスター。ご紹介します。彼女は調査研究局の局長です。メコンと言います。」
ハインは茶封筒を受け取りながら、渋い顔でシスターに紹介する。メコンはようやく海賊達に気付いたようで、骨がいる!と騒ぎ続けていた。
これでもメコンは天才の部類だ。
これが局長になったのが運の尽きとも感じるのだが、一応は海軍が誇る技術開発の天才…と言うのかもしれないが、やらかし案件が多すぎるのでハインとしては何とも言えない。
「魚雷については任せますが、乗り物にしろとは言ってませんし頼んでもいません。」
「資料見なかったのかい!?見てよ!上手く行けばマリージョア大型船舶をひっくり返せるのに!」
「諸共沈めと?」
あっ、とメコンは口元を抑えて、あー…と誤魔化すように笑う。
彼女も人命を数字として捉えるタイプだ。だから思い切ったことをするし、その結果が良くも悪くも凄まじいことになる。それでも止められないと言うことは…良い方の結果が魅惑的過ぎるのだ。
どこにネジを落としてきたんだろうかと、結構昔から疑問には思っている。気が付いたら兵器が完成していましたと報告される身にもなって欲しいし、勢いそのまま兵器を海に放流するのもやめて欲しい。だがやめないのがメコンであり、調査研究局だった。
「司法の様子はどうでしたか。」
「穴の底が気になるから、今度一緒に見に行こう。」
「勝手に行ってください。」
「あ、行っていい?本当に!?よし!」
こうしちゃいられない!と叫んで走って行ったメコンを見送り、ハインは大きなため息を零す。
「…最前線に送り飛ばしたいと、何度思ったことか。」
「元気でいいじゃない?私は子供っぽくて好きよ?」
「……。」
ハインはポケットに入っている珀鉛に関係する出来事を思い出していた。
フレバンスの鉛中毒について、政府は随分昔から知っていたらしい。知っていながらもひた隠し、海軍すら些細な情報しか得られずに途方もない月日が流れて。海兵に害が出ては困ると判断した元帥がようやく秘密裏に調査に乗り出し、一任されたのが彼女である。
ハインはサンプルを取ってこいと言われた以降、一切調査には関わっていない。メコンも現地には行っていないし、研究室で実験の片手間に鉛遊びをしていただけだと聞く。報告書には関係の無いことばかりが書かれていたし、昼食が美味しくなかっただの、猫がいただの日記のごとく使いやがった。
で、ある日のことだ。
メコンが唐突にハインの部屋を訪れて、鉛片手に叫んだのである。
「これ種族滅ぼせるじゃーん!!!」
と。
「捉え方がなんと言うか。」
「そっちの見方なのね。間違ってはないけど間違ってるわねぇ。」
兵器的観点で見るならば、間違ってはいない。多くを倒し滅ぼせる兵器こそ必要なものであり、根こそぎ壊滅できるならば他権力に対する抑止力としても十分だろう。
しかし、それで終わらないのかメコンである。
「的確に兵器利用する上での改善点を出してくるのですよ。鉛だと遅効過ぎるって。何代先になるんだよと叫んでました。」
「実際、何代必要なの?」
「十と少し。」
待ってられない!
そう考えるのがメコンと言う人間である。効果が出るまで待ってられないほどの時間がかかるなら、即効性にすればいいだろうと純粋な好奇心で突き進み。その結果を得るためにやりたい放題遊び回る。
「すでにフレバンスは滅んだので意味がないのですが、解毒薬も作られました。」
「あらっ、いい子じゃないの。」
「いや…まぁ…。」
普通であれば病が先に存在し、その次に薬が作られて病人は減っていく流れになる。しかしメコンの場合薬ができた途端に病人を増やすのだ。彼女いわく〈治療法が確立してるなら、追加で病人を作って大丈夫〉とのことだ。なら中毒者を作って実験しよう。
「…でした。解毒薬できました。解毒されました。」
「あらー…ハインちゃん再生するから…。」
「普通同僚を鉛中毒にしますか?私でもそこまでしないのに。」
そういう人間だと割り切ればそれまでの事ではある。軍に利益をもたらしているし、貢献もまぁまぁしている。損害と利益で相殺されている気もするが、頼れる頭脳であることに違いはない。
「…嫌いですね…。」
権利を乱用して、最前線の銃撃戦地に投げ入れたい程度には嫌いだ。今この場で海に沈めてもいい。インペルダウンに送ってもいいなら、とっくの昔に送っている。
そうしないのは、彼女の頭が海軍優位の使命に必要だからだ。必要でなかったなら世紀の天才だとしても海に沈めていた。
そいつが、魚雷と言う玩具を手に入れたのである。
「…本部が消えるかもしれないですね。」
あーあ…とハインは煙草を手に、雨の降り始めた空を見上げた。