ただの事故だった。いつものことで、不良に絡まれたから四人で乱闘してそのときにジョウの炎を運良く避けやがった相手の後ろにオレがいた。それだけの話だった。
避けれなかったのはオレの不注意でジョウは悪くない。とっさに腕で庇ったが殴られた左腕が燃えるように熱い。実際に燃えているからだけど。
右腕じゃなくてよかった。包帯に燃え移ったら大惨事だったろうから。皮膚が軽く爛れているのに感覚が麻痺しているのか痛みを感じない。それよりも殴ったジョウの方がよっぽど痛そうな顔をしていてそっちのほうが心配で胸を痛めた。
まだ不良は残っていたけどジョウが右腕を掴んでその場から離れさせられる。まだ残っているハッチンと双循に視線をやると怒り心頭といった様子でまだ意識を失っていない哀れな不良どもに鬱憤を晴らそうとしているところだった。あれなら二人で十分相手取れるだろう。
今日の争い場所が路地裏でよかった。近くに公園があったからそこにある蛇口のハンドルを壊れるんじゃないかってくらい勢いよく回して熱を持った皮膚を冷ましていく。
すっかり冷え切った腕には水ぶくれが出来ていた。とはいえこのあときちんと病院で治療をすれば遅くとも一月もしないうちに治るだろう。
ジョウには詫びとして治療費を負担してもらう。その程度で終わる話だった。
それがどうしてあんな大事になってしまったのか、それはオレが卑怯者になってしまったからだった。
応急処置をしてすぐに病院に連れてかれ処置をしてもらいその日は帰ることになった。
ジョウは必要事項以外一切口を開こうとしなかった。家まで送られて、母ちゃんに会って深々と頭を下げた。
「この度は大切な息子さんの身体を傷つけてしまい誠に申し訳ございません」
「なんでジョウが謝んだよ! オレの不注意だろ! それに医者もすぐ治るって」
「いいやこれは俺が悪い。俺一人で戦ってるわけでもねぇのに周りの確認も怠って、跡に残らなくても痛かっただろ」
「別に殴られるのも蹴られるのもされたことがないわけじゃないんだから」
「やっちゃん」
押し問答を繰り返すオレたちに母ちゃんが待ったをかけた。
「母ちゃん……」
「貴方の言い分はわかったわ。喧嘩で傷をこしらえるなんてよくあることだし、道具を使ってくる相手だってたくさんいて、流血沙汰だってあってもおかしくないしそれに関してはそういうものだとわりきっているわ。怒りはするけどね。なにもやっちゃんを狙ってやったわけではないでしょう? それで怒るだなんておかしいじゃない」
「ですが」
「納得できないのはわかるわ。でも貴方が許されたいがために許すのはおかしいでしょう?」
「っ! それ、は」
「それに私が今ここで許したところで自分自身が自分を許せないんだったら意味はないでしょう? でもそれじゃあ可哀想だから罰をあげるわ」
「ばつ、ですか」
「ええ」
「母ちゃん! ジョウになにする気だよ!」
「あらむずかしいことなんて言わないわ。やっちゃんの傷が治るまで、手助けをしてほしいのよ。お店の手伝いとか、やっちゃんのお世話とかね」
母ちゃんがいうには揚げ物をよくしてるから火傷なんて日常茶飯事だし、そのくらいならいくらでも経験しただろうから本当に気にしなくていいのと念押しをしたうえで、バイトも病院の予定もない空いた時間にお店を手伝ってほしいという。
店の手伝い自体はすでになんどかしてもらってるから勝手もわかるし、贖罪とするにはちょうどいいのだろう。
問題はもう一つの申し出だ。オレの世話。生活に不都合があれば助けてあげて欲しいと。これに関しては即座に断ろうとしたが意見は無視された。世話をされる側の意見を無視とはどういうことなんだろうか。オレは息子なんだが。
とにもかくにもそういった事情でオレはジョウにしばしの間。お世話をされることになった。
これがまた大変いいものであった。得難い経験だった。
お世話と言ってもそんな大仰なものではなく、むしろ世話、介護されるべきなのはジョウの方だ。精々階段を昇るときに手摺りで体を支えにくい代わりに隣で支えてくれたり、授業の板書を取り辛いだろうと隣でノートを纏めるのを手伝ってくれるとかそういうの。
本来なら別の学年にいていいわけないのだが、そこは六年生の一人ぼっちの学年だからどうにかできた。
わかるだろうか。好きな人が常に隣にいる幸福を。罪悪感に漬け込んでいるという事実があったとしても嬉しくなってしまうのは酷いことなんだろう。
それでもあともう少しだけ、もうちょっとだけでいいからと、とっくの昔に痛みも跡も残っていやしない左腕にバレないようにと包帯を巻いて罪悪感に漬け込んで幸福を噛み締めてしまっている。
明後日になったら治ったっていうから、今日と明日はオレのために生きてるジョウを味合わせて欲しい。怪しまれて嘘がバレる前に言い出さないと、嘘が白日の下に晒されて、軽蔑されてしまう前に言わなくては頭の中ではちゃんと理解できてるはずなのに、今日も言い出さずに罪悪感に圧し潰される。明後日になってもどうせ言えずに終わるんだろう。そんな自分に吐き気がした。
ヤスは嘘が下手だ。頑張って取り繕うとしている努力は買うが、今回の件に関しては相手が悪かった。俺を誰だと思っている。UNZの中で俺よりも入退院を繰り返し病院関係者でもないのに病気や怪我に詳しい奴がいるわけがない。そんな哀れな存在いなくていい。
特に手から炎出せるんだから火傷の症状について知らないわけがないだろう。
とっくの昔に治っているって知っている。
それを気付かれないようにしているのもわかっている。
指摘しないのは俺自身ヤスに合法的に触れ合える機会を失いたくないからだ。まさかそれがヤスも同じだとは思わなかったが、治ったと言い出さないというのはそういうことなんだろう。
俺を使いっ走りに使いたいと思うような奴ではないだろうし、隣にいても不快にならないのは確かだろう。
それはヤスを好きな俺にとって都合が良すぎた。ヤスが俺に対して持つ感情が恋愛なのか憧れ崇拝友情尊敬なのかわからない。けど好意的には思われてる。仮に恋愛感情じゃないのならこの関係性であるうちに恋愛感情にしてしまえばいいだけだ。ヤスのお袋さんにはお店の手伝いも出来るとアピールも出来てるし、あとはヤスが俺を好きになってくれれば計画は成功する。
ヤスを傷つけてしまったときは頭が真っ白になった。とにかく冷やさないとと不良を放置して双循とハッチン二人に任せてしまったが、いつもよりも不良を痛めつけてはいたがこちらに文句はなかった。
冷やして病院に行って、お袋さんに謝罪して、それで終わりなんだと思ったからお袋さんの申し出には驚いた。メリットがありすぎて、傷つけてしまったのに喜びそうになって、自分の中の仄暗い感情に殺意さえ芽生えた。それでも次の日にはこれを利用してやろうと思い直したので恋は人を惑わせる恐ろしいものだ。
ちなみにお袋さんには自分の思惑はバレている。ヤスがいないときに笑いながら「やっちゃんのことをよろしくね」と含みを持たせまくった言葉を告げられたので勝てないなと悟った。勝つ気もそもそも戦う気もないけれど。
戦いたいのはヤスとだけ、恋愛勝負がしたいのだ。告白してしまえば成功するんだろうけど火傷をさせた罪悪感自体は残り続けている。傷付けた癖に加害者が被害者に告白していいものかと。だから俺からは愛を告げられない。けど告げてくれたら応えるから、待ってることしか出来ない臆病者だけど、それでもいいなら愛してほしい。
卑怯者と臆病者の恋愛事情。最初に告白するのはどちらになるのか。