朝日が地平線の向こうから現れ、地面の起伏によって光の梯子がいくつもできる中、苦難陳述者(以下、彼で統一)がトラックから降りて大きく伸びをします。そして、自分の髪を手櫛で整えてながら大きなあくびをします。
「おはよー」
そんな彼の後ろから寝ぼけた不明瞭な声が飛んできます。その声の主はまぶしそうに旭を睨みつけるモスティマであり、彼女の前髪は不規則に逆立っていました。
「おはよう。髪の毛爆発してるよ」
彼にそう言われたモスティマは面倒くさそうに頭を振り、その後前髪を両手で押さえつけます。しかし、旅の中で十分に手入れができない髪の毛は言うことを聞かずに、爆発の具合がさらにひどいものになってしまいます。
「櫛どこにやったっけ?」
「今使ってる」
モスティマは手櫛で整えるのをあきらめて、肩を落としながら彼に問いかけます。しかし、二人が共用している櫛は今は彼の長い尾羽を整えるのに使われていました。
自分の尻から垂れるそれを整えるのはいかに長い人生で鳴れているからと言って、時間がかかるものです。モスティマは自分も早く使いたいので、彼の後ろに近づきながら言葉を投げかけます。
「私が梳いてあげるから貸して」
「ありがと」
彼はよく知った仲のモスティマに尾羽を触らせることに対して特に忌避感は無く、むしろ嬉しそうに櫛を手渡します。そして、彼はキャンプ用の椅子を二つ持ってきて、そのうちの一つに背もたれを横にしながら座ります。
「はい、どうぞ」
モスティマも椅子に座り、前かがみになる彼の腰の下あたりから長く煌びやかな尾羽を手に取ります。赤色の中に金の輝きを見せるように朝日を美しく反射するそれは、手触りもさらさらとしていて、指の先にかけるとゆっくりと一本ごとに分かれ始めます。
「綺麗だね」
「嬉しい」
そんな様子にモスティマが素直に感心してため息をつくと、彼は膝に肘をつきながら朝の透明感のある青空に向かって微笑みます。
「櫛入れるよ」
モスティマは一言そう断って櫛を尾羽に差し込み、上から下へとゆっくりと降ろしていきます。その過程で櫛が引っかかることは無く、尾羽の先へと通っていきます。
「梳かさないでも大丈夫じゃない?」
モスティマは今梳かないでもしっかりと手入れされているその尾羽にそんなことを言いますが、彼はそれに今までの上機嫌さとは打って変わって僅かに不機嫌そうに唇を尖らせます。
「毎日やることが大事、あなたも知っているでしょ」
モスティマはその言葉に自分の爆発している前髪のことを見上げ、ため息をつきながら彼の尾羽を梳かす作業に戻ります。
「それもそうだね」
やがてモスティマが彼の尾羽をしっかりと梳き終わったら、二人は立ち位置を交代して、次は彼がモスティマの長い髪の毛先に櫛を入れます。
「かなり寝ぐせが酷いわね」
毛先はかなり絡まっていて、彼はそれに苦戦しながら段々根元へと近づいていきます。そんな中で自分の髪の毛を随分丁寧に梳かしてくれる彼に、モスティマはくすぐったいものを心と地肌両方に感じます。
「偶に頼もうかな。良い気分だ」
そう言われた彼は櫛をゆっくりと下におろしながら鼻を鳴らします。
「私の負担の方が多そうね」
「そうかも。やっぱりこの話は無しで」
モスティマは足を延ばしながら自分の言った提案を白紙に戻します。そして、時々他愛もない話をしながら、彼がモスティマの髪を梳かし終わった時、彼女は後ろの彼に首だけで振り返ります。
「そうだ。ついでに髪を編んでくれない?」
「え?私、髪なんて編んだことない」
彼は突然言われたその頼みごとに驚いた様子で首を振りますが、モスティマはそれでもいいと笑顔で頷きます。
「いいの。君にやってもらうのに価値があるから」
モスティマのその殺し文句に、彼は目をそらして考えるようなそぶりを見せます。そして、そんな様子の彼のことを笑顔でじっと見つめるモスティマに押し負けて、彼は渋々と頷くのでした。
「どうなっても知らないから」
彼はそう言いながら記憶のかなたにある三つ編みのやり方を思い出しながら、モスティマの横の髪を手に取ります。そして、細い束を三つ作り、それを編みこんでいこうとします。一方のモスティマは真剣な表情で三つ編みを作ろうとしている彼の顔を横目に見ながら、心の底から楽しそうに笑います。
そんな中、彼はいびつな短い三つ編みを作って見せて、その先を手に持ちながら首を傾げます。
「これでいいんだっけ」
「いいんじゃない?可愛いよ」
モスティマは特に確認せずに彼が編んでくれた三つ編みを適当に褒めます。そんな態度に彼はむっとしますが、はたとあることに気が付きます。
「これ、手離したら解けない?」
「うん。解けるよ」
そう言いながらモスティマは笑い声をあげ、一本取られた彼は恥ずかしそうに自分の作った三つ編みを手に取りながら顔を赤らめながら俯かせます。
「いやあ、この悪戯久しぶりにやったけど、嵌まるものだね」
これが初犯ではないことに彼は実に悔しそう表情になり、きっとこの悪戯を昔されたであろう赤い髪のサンクタのことを思い浮かべます。
「あの子にこれをしたんだ」
「うん。随分と昔の話だけどね」
モスティマは懐かし気に朝日を眺めながらそう言って、目をつぶります。そして、遠くにいるエクシアのことを思い浮かべて、自然と長い髪の彼女の姿を瞼の裏に見ますが、彼女の髪が今は短くなっていることに思い至り、寂しそうに眼を開きます。
「ま、大人の君がかかるとは思わなかったけど」
心に去来した寂しさを紛らわせるように彼のことをそうからかい、モスティマは手を放していいよと彼に小さく言います。しかし、悪戯をされた上にからかわれた彼は語気を強くさせながら言葉を返します。
「このまま、ヘアピンの所まで行くわよ。意地でもこの三つ編みで一日過ごさせてあげる」
モスティマは彼のその言葉にからかいすぎたかと若干後悔を滲ませた表情をしますが、彼が手ずから作った三つ編みに価値があるという先ほどの言葉自体は嘘ではなかったのでその言葉を受け入れます。
「車のどこにペアピンかヘアゴムかをしまったかな」
そして、そう言いながら彼に横の髪を持たれながら立ち上がり、彼は手を放さないようにしかと握りながら車の荷物を積んだ時のことを思い出します。
「確か、後部座席の下の方の箱に入ってたと思う」
彼のその言葉にモスティマは嫌そうな顔をしながら、隣の彼のことを横目で見ます。
「私このままで箱をどかしたりするの?さすがに嫌だよ」
「頑張って」
彼がそんなことを言うので、モスティマはため息をついて首を振ろうとします。が、横の髪を持たれていると首を振ることはできませんでした。そんな不自由さにモスティマはとうとう観念して両手を上げます。
「わかった、降参する。また後で編んでいいから、今は離して」
「本当?」
彼がモスティマの髪を持ったまま首だけで彼女の顔を覗き込みながら、そんなことを言うとモスティマはゆっくりと頷きます。
「編み方も教える。君がしてくれるのが嬉しいのは本当だから」
その殺し文句に、彼ははにかみながらそっとモスティマの髪から手を放しました。
おわり・