龍門の土地開発から取り残された古い町並みが並ぶ地区に、私服のチェンは地図を印刷したコピー用紙片手に彷徨い歩いていました。いくつもの狭い路地に溢れる人や出店の間をすり抜け目的地へと目指していると、チェンは視界の端に今は見たくない物を見つけて、踵を返して元来た道へと帰ろうとします。
 しかし、人ごみの中でも頭一つ分抜け出た身長を持つ彼女からは、例え私服であろうとただならぬ雰囲気を持ったチェンのことを見つけることはたやすかったらしく、チェンの方へと迷わず人をかき分けて向かいます。
「おう、チェン殿、こんなところでどうしたんだ」
 チェンが今もっとも会いたくなかった相手、ホシグマは笑顔でチェンに話しかけます。話しかけられたチェンはというと、どうしても嫌そうになってしまう顔の口元をコピー用紙で隠して、ホシグマから目を逸らします。
「婦警殿。無視は良くないと思うが」
 ホシグマはそんな可愛らしい仕草をするチェンににこやかに話しかけ続け、往来の邪魔にならないように彼女の肩にやさしく触れて道の脇によけていきます。
「休日なんだ。ほっといてくれ」
 そして、道のわきで向かい合うと、チェンは今こうしている時間も惜しいと言わんばかりにそんなことを言います。一方のホシグマはチェンのその言葉を聞くと、わざとらしく驚いたようなジェスチャーをしておどけたように目を見開いて見せます。
「奇遇だな。私も今日の仕事は終わったんだ」
「仕事だと?」
 反社会的なホシグマの仕事と聞けばチェンは目を吊り上げて彼女に詰め寄ろうとします。怖い顔で詰め寄られたホシグマはくわばらくわばらと言いながら両手を合わせて頭を下げ、そんな相手を茶化すような仕草をしている彼女に、チェンは妙に機嫌がいいなと首を傾げてしまいます。
 気勢をそがれたチェンに対してホシグマは頭をあげると、彼女が持っているコピー用紙に目を向けます。
「で、どこに行こうとしていたんだ?」
 チェンは貴重な休日に付きまとわれてはかなわないと地図を折りたたんで懐にしまい込もうとしますが、その途中でこのままだと予定の時間に間に合わないかもしれないということに気が付きます。
「ホシグマはこの辺りに詳しいか?」
「まぁまぁだな」
 ホシグマが首を傾げて今いるブロックの地図を頭の中に思い浮かべますと、チェンは赤い丸が付いた地図を彼女に見せます。
「この、古い映画館なんだが、どうしても見つからなくてな」
 地図を受け取ったホシグマがそれと、周りの景色とを見比べてチェンが行こうとしている映画館の存在を思い出そうとします。ややあって、ホシグマはチェンが行こうとしている映画館に一度だけ言ったことがあることに思い至ります。
「思い出した。ここなら案内できる」
「今度何か酒でもおごろう。案内してくれないか?」
 ホシグマは他ならぬチェンの頼みとあらば、半ば敵対しているとしてもその頼みを断る術を持ちませんでした。
「合点承知の助」
「なんだそれは?」
「地元の言葉」
 奇妙な人名にチェンは胡乱な物を見る目でホシグマを見ますが、当の本人はなんてことは無いと地図を片手に返します。そして、二人は人ごみをかき分けて映画館へと向かいました。
 果たして映画館は人一人が通れるくらいの路地の奥にあり、そこに二人以外の客は数えるほどしかいませんでした。ホシグマはこじんまりとした映画館を見回して壁に貼ってあるポスターを見ます。
「何の映画を見るんだ?」
「この、古い恋愛映画だ。DVDはおろかVHSもどうしても見つからなくてな。散々調べて回って、ここで偶にやっていることを教えてもらったんだ」
 チェンは男女がキスをしている色褪せたポスターを指さしながら言い、それを聞いたホシグマは興味深そうに彼女の言葉を聞きます。
「私も見ようかな」
 そして興味をそそられたホシグマは自分のポケットから財布を取り出して、持ち合わせがあるかどうかの確認をし始めます。しかし、一方のチェンはそんなホシグマの様子に嫌そうな顔を一瞬だけして、流石に失礼かと表情を隠します。
「嫌そうな顔しただろ、見えてたぞ」
「そうか、すまない」
 ホシグマは挑発的な笑みをチェンに向けて、チェンは素直に頭を下げて非礼を詫びます。結局ホシグマはこの映画を見ることに決めて、受付へと二人で向かいます。一般的なシネマコンプレックスの値段よりも安い値段を二人は払うと、整理券を代わりに受け取って掃除中と書かれた会場前の扉の前に立ちます。
「ここ、一度入ったらずっと入れるタイプの古い映画館だな」
 チェンは手書きの整理券を見ながらそんなことを言います。ホシグマはチェンのその言葉に感心する様に頷いて、自分と隣り合う番号の彼女のそれを上から覗き込みます。
「そう、席も固定じゃない。この整理券の番号順に入って適当に座るんだ」
 前に一度着たことのあるホシグマはそう講釈を垂れますが、そんなものは知っていると言わんばかりにチェンは鼻を鳴らし、整理券を見られるのがなんとなく嫌で隠してしまいます。二人がそんなことをしていると、ぼろっちい扉が静かに開き、中から箒を持った老人が現れます。
「ほれ、入った入った」
 映画館の中にちらほらいた客が整理券の番号順に次々と入っていき、二人は一番最後に会場へと入ります。客は各々好き勝手に座り、チェンも後ろの方の席へと歩いていきます。そして最後列に並んだ座席の真ん中の方へとチェンが座ると、その隣にホシグマも座ります。
「なんでお前も」
 チェンは小声でホシグマにそう言って、他にも席はあるだろと言わんばかりに適当に指をさします。しかし、ホシグマはホシグマで言いたいことがあるのか手を頭の上で振って小声でチェンに反駁します。
「背が高いからだよ。そっちがどけばいいんじゃ?」
 その言葉にチェンは座席の後ろにある空間を指さし、そこにある自分の長い尻尾を振って見せます。
「私だって尻尾をゆっくり伸ばしたい」
 そう言われてしまうとお互いはお互いに返す言葉もなく、結局二人は最後列の真ん中で並んで映画に向かい合いました。そして、ブザーの音がなり、映画館特有の大きな音での音楽が流れ始めます。
 古い白黒映画でしたが、その映像は全く色褪せることは無く、音楽や声も大切にされてきたのかとても美しいものが流れてきます。現代とは美的感覚が少しずれてしまっていても、俳優たちの顔は整っていて、ヒロインは相変わらずかわいいものでした。
 そんな映画をホシグマは当初の興味ほど食い入るように見続けることはできず、なんとなく集中できていませんでした。でしたので、隣で映画に没入しきっているチェンのことをちらりと見ます。
 映画に乗り気だったチェンは
『ジョセフィーヌ!』
 俳優が愛を語れば頬を緩ませて、
『ジャック……』
 女優が顔を赤くさせれば恥ずかしそうに口元を手で隠し、二人がキスをすれば尻尾を揺らめかせていました。
 ホシグマはそんな彼女のことを映画よりも楽しそうに見つめ、いつも仏頂面で仕事をしているチェンの新たな一面に心を揺れ動かされていました。今映画を見ているチェンはただの一人の女性であり、それを見つめているホシグマもまたそうでした。
 映画は1時間と30分で終わり、スタッフロールが流れる中チェンは良いものを見たという充足感からでるため息をつきながら、椅子の背に体を預けます。
「面白かったな」
 そして、何とはなしにホシグマに小さく語り掛けてしまいます。一方のホシグマもチェンがいるのとは逆の位置の肘掛けに肘をつきながらぼんやりと映画の光に照らされるチェンの顔を見ます。
「ああ、とても可愛らしかった」
 チェンはホシグマの言葉の真意など一つも悟らずに一つ頷きます。
「時代を超えるものなんだな。すごかった」
「ああ、そうかも」
 チェンが女優について話していることを知りながらホシグマは深く頷きます。
 スタッフロールが流れる中、映画館を出るとすぐにわかれてしまうだろう二人はお互いにしか聞こえない囁き声でぽつりぽつりと話続けました。
おわり?おまけ書きたい。
誤字確認した後Pixivに投稿した後、このままおまけ書きます。
投稿したのでおまけ書き始めます。
ツイートもした。
 ある休日の前の日にチェンとホシグマは執務室で雑談に花を咲かせていました。そのほとんどが他愛もないお話でしたが、その中でチェンはそうだと手を叩きます。
「いつか見た『ここ、かっちょいい映画の名前考えなきゃ』って映画覚えているか?VHSが手に入ったんだ」
 ホシグマはチェンのその言葉に首を傾げてややあった後、昔二人で見た白黒映画を思い出します。
「何となく、覚えてますね」
 チェンはその何となくと言う部分に引っかかりを覚え、眉間にわずかに皴を寄せながらホシグマに言い募ります。
「二人で初めて見た映画だよ。古い映画館で見た」
「そこは覚えているんですが……内容がちょっと」
 ホシグマは白黒映画で短い時間だったということ、最後尾で見たということを思い出しますが、肝心の映画の内容はいくら首をひねっても全く思い出せませんでした。そんな様子にチェンは不機嫌そうに腕を組み、ホシグマに向かってふんぞり返ります。
「私はお前と映画を見た後、随分語り合ったのを覚えているぞ」
 ホシグマはチェンのその言葉を頼りに映画の内容ではなく、映画の後の会話を思い出そうとします。すると、霞のような記憶が徐々に輪郭を帯びていき、自分がなぜ映画の内容が思い出せなかったのかを悟り始めます。
「どうした、ホシグマ」
 ホシグマが頭を押えどんどん顔を赤くさせていくのに、チェンは心配そうな顔で彼女のことを下から覗き込みます。一方のホシグマは今の自分の表情を見られてしまってはごまかすことは不可能だと察して、意を決したように顔を上げます。
「怒らないで聞いて欲しいのですが」
「ああ」
 ホシグマは一つ深呼吸をして口を開きます。
「私、あなたの顔をずっと見ていました」
 映画そっちのけで、と補足をしたホシグマのその一言に、チェンはみるみる顔を赤くさせていきます。そして、顔を両手で覆って、苦し気にうめき声をあげながら言葉を絞り出しました。
「馬鹿者……」
「甘んじて受け入れます」
 ホシグマも顔を赤くさせながらそう言って、居心地の悪い沈黙が二人のいる執務室を包み込みます。
 その沈黙を破ったのは羞恥心から復活したチェンで、彼女はホシグマから体ごと顔をそらして彼女に対してぶっきらぼうに問いかけます。
「映画、見直すか?」
 ホシグマはチェンのその様子に可愛らしいものが見れたと微笑みながら頷きます。
「ええ、お供させてください」
おわり。
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向き
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最近中国語翻訳してもらったけど、文法を無視して雰囲気重視の文章はどう訳しているのだろう?あと、慣用句
初公開日: 2020年08月10日
最終更新日: 2020年08月11日
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コメント
お尻に火が付いてる