月明りよりも自動販売機の灯りが明るい夜のパーキングエリアに一台の車が入ってきました。その車の助手席から降りてきた、駐車場を照らす全ての灯りよりも明るい天使の輪を輝かせているエクシアが大きく伸びをしながら口を開きます。
「疲れたねー」
「そうだな。まだ3時間ほど走らないといけない」
その言葉に同じように運転席から降りて腕や足を振って体をほぐしていたテキサスが返します。そして、思う存分体を伸ばした二人は車の鍵をかけてから、パーキングエリアで唯一光っている自動販売機に向かいます。時々パーキングエリア外からタイヤが道を削る音や、車体が風を切る音が聞こえる中、二人は車から早足に離れて歩道へと昇ります。
「運転変わろうか?」
街灯が道を照らす中エクシアがそう提案しますが、テキサスは首を振りながらポケットから煙草の箱を取り出し、その頭を叩きます。最近めっきり吸う量が減った煙草でしたが、箱の中身はゆっくりと着実に減っているのでした。
「煙草、そろそろ完全に禁煙したら?」
「減ってはいる」
テキサスは煙草の尻を咥えてライターを取り出しながら言い訳にもならない言葉を吐きます。その態度にエクシアは少し嫌そうな表情をしますが、あくまで嗜好品を嗜むのは個人の自由だと思いなおして口を真一文字に噤みます。エクシアのその表情を見たテキサスはばつが悪そうな表情をして、ライターを手に火打石をガリガリと鳴らします。
そして、随分とうるさい考え事を数秒してから、
「今日はこれ一本で我慢するから」
と言ってから、ライターの火を煙草の頭に近づけます。
エクシアは口を尖らせながら隣の白い煙を吐き始めるテキサスのことをちらりと見て、街頭の光に照らされながら登っていくその煙を見上げます。そこには様々な街の灯りで覆い隠されてしまった、まばらな星空がありました。
「月は見えているんだけどね」
半分ほどかけた月が街頭よりも弱弱しく輝いているのを見て、エクシアがそう独り言を言いますと、テキサスは携帯灰皿を適当に開きながら首を傾げます。
「どういうことだ?」
しかし、エクシアも自分の感情を言語化することはできずに首を振ります。
「わかんない。見たまんまを言っただけ」
「そうか」
テキサスは静かにそう言って、灰皿に煙草の灰を叩き落します。
やがて二人が自動販売機にたどり着くと、エクシアが一足先に硬貨を入れます。ガチャガチャと自動販売機が鳴って飲み物の下のボタンが次々光る中、エクシアがテキサスに振り返ります。
「運転の代わりにおごるよ。どれにする?」
「コーヒー、ブラックで」
テキサスが何とはなしにそう言うと、エクシアは今度こそ露骨に嫌そうな顔をします。その様子にテキサスは煙草の頭を明るく光らせながら煙を吸い込みながら、どうしたんだ?と眉を上げます。
「煙草とコーヒーの匂い、結構臭いよ」
エクシアがそう言うと、テキサスはまっすぐ上を向いて煙草の煙を空に向かって吹き出します。真っ白なその煙はまばらに見えていた夜空の星々もすべて隠してしまい、それを全部吐ききったテキサス本人はちょっと傷ついた顔でエクシアに向き直ります。
「臭いかな?」
その質問にエクシアは少し答えにくそうに顔をゆがめてから、迷う様におずおずと首肯します。臭いと言われてしまったテキサスはまだ半分ほど残っていた煙草を携帯灰皿に突っ込んで、火を完全に消します。
「私に煙草をやめて欲しいのも?」
そして、なおもそう聞くと、エクシアはこの際なら全部言ってしまえと覚悟を決めた様子で、腕を組み、言い募ります。
「まあ、うん。両方の臭いが苦手なだけだから、煙草の時はコーヒーを控えてほしいな」
それを聞いたテキサスは携帯灰皿をポケットにしまい込み、あきらめた表情で肩を落とします。これからは隠れて煙草を吸った後でも、コーヒーは飲まないことを心に決めました。そして、そうと決まれば今からおごってもらう飲み物はもう決まっていたものでした。
「今日はとりあえず、ミネラルウォーターをくれ」
「ごめんね」
エクシアは申し訳なさそうにしながらミネラルウォーターを二つ自動販売機で購入します。そして、取り出し口からそれを取った後、二人はゆっくりと歩道を車に向かって歩き始めました。
幹線道路の傍特有の生暖かく、排ガスの臭いがわずかに含まれた風が二人の間を通り抜けていき、それを嗅いだエクシアはペットボトルの蓋を開けながら隣のテキサスに声をかけます。
「私だって硝煙の臭いをさせてる時もあるからさ、煙草位ならお互い様だよ」
テキサスは小さく「そうだな」とだけ相槌を返し、その言葉を聞いたエクシアは申しわけなさそうな表情でペットボトルを口につけて冷たい水を口の中に流し込みます。何の味もない純粋に透明な水を飲んだエクシアはペットボトルに蓋をしながら、言葉を紡ぎだします。
「煙草、本数さえ減らしてくれたらいいから」
テキサスはエクシアの今の夜空のように暗い言葉に、気を遣わせてしまったと反省し、努めて明るい声を出します。
「いいんだ。健康に悪いし、辞め時だった」
そして、ペットボトルの蓋を開けて口につけ、それを大きく傾けます。水が半分ほど無くなるまで飲み干したテキサスはペットボトルから口を放し、息を大きく吐きながら口を袖で乱暴に拭きます。そんな様子にエクシアは目を丸くさせ、小さく吹き出します。
「そんなに飲んじゃって、トイレ大丈夫?」
「問題ない」
そんなやり取りをする中二人は車について、それぞれが運転席と助手席に分かれて乗り込みます。扉を開けてルームランプが
煌々と二人の手元を明確にし、ドリンクホルダーを引き出してペットボトルをそこに置いた後、エクシアは運転席でエンジンキーを差し込んでいるテキサスの横顔を見ます。
「テキサス」
「ん?」
月や街頭、自動販売機の光ではぼんやりと良く見えなかったテキサスの端正な顔を見たエクシアは、彼女のことをちょいちょいと手招きします。テキサスが運転席から身を乗り出すように顔を近づけると、エクシア自身も助手席から体を寄せて彼女の唇に突然キスをしました。
エクシアがミネラルウォーターを飲んだばかりで潤んだ唇のその奥に舌で割って入ろうとすると、テキサスはしょうがないと鼻を鳴らしながらそれを迎え入れます。顔を傾け、しばらく目を瞑って舌を絡ませ合い、やがてどちらともなく顔を離すと、エクシアははにかみながら口元を手で隠します。
「やっぱり、煙草の匂いがする」
それを聞いたテキサスは少し困ったように笑いますが、一方のエクシアは口元を隠すのをやめて、顔をさらに赤くさせながら今日一番の笑顔を見せます。
「でも、これがテキサスの匂いって感じもする」
テキサスはそんな思いがけない言葉にきょとんとして、やがて恥ずかしそうに顔をそらし、椅子に座り直して前を向きます。そして、頬を掻きながら表面上は素っ気なさそうに言葉を放ちました。
「そうか」