フロイド
料理は香り付けが大事なのだと、フロイドはよく考える。
炎に炙られた肉の上で踊るスパイス、葉先の繊維を潰した途端鮮やかに歌い出す香草たち。だが、なかでもとりわけ好きなのはワインだ。アズール厳選の暗い葡萄色をした赤ワイン。未成年ながら、一体どういう伝手なのか仕入れてくるその赤ワインを熱したフライパンに注ぎ込み、アルコールを飛ばす瞬間が好きだ。鼻の奥をつんと突くアルコールと共に、華やかに広がるその香りといったら!出来上がった料理が舌の上で蕩ける瞬間を思えば、生唾だって出てしまう。あなたに料理されたわたしを、おいしく食べて。フロイドにとってワインの香りとは、そう語りかけてくるものだった。
「小エビちゃぁん」
証明の落ちた部屋、ぐずぐずに熟れた果実のような甘ったるい声が響く。雪崩れ込んだベッドのなか、監督生の服の下に手を差し込んだまま、フロイドは細い首筋に顔を埋める。自身の手でおいしく料理した食事の香りを確かめる時のように、すん、と鼻を鳴らした。
「なに、なん、ですか」
「おれに食べられちゃう日は、いっつもこの匂いさせてるよね」
あの女から香る、あの赤ワインの匂い。途端、ぴしりと固まった姿に、知らず唇の端が吊り上がっていく。「でも、最近は食べちゃう日じゃなくても、この匂いしてる時、ある。今日もだしさあ」続ければ、今度は真っ赤になった小さな耳朶。それがあんまり唆るから、鋭い歯で傷つけないよう、唇で食むように囁きかけてやる。
「おれに食べられたかった?」
ビクリと体を震わせながら、おいしい料理は真っ赤なまま小さく頷くので、おれにはもうお望みどおり頭から丸ごと食べちゃうしか出来ないのだ。だって、向こうのほうから、食べてといわんばかりの香りを服の下からさせてくるんだから。
アズール
彼女がキスをしたいとおねだりをする仕草は、おもむろに僕の眼鏡を外すそれだ。
これが来たら、僕はすべての書類も計算も悪巧みも放り出して、どうしたって彼女をかまい倒してしまう。何度体を重ねたって、何度でも恥ずかしそう身を捩る彼女がこんな風に甘えることなどほとんどない。だからそれが可愛くて仕方なくて、そして深くなっていった何度目かのキスを終えたのち、腕の中の彼女から不意に香った赤ワインの香りに気付く。
僕のコロンに興味を持った彼女に送ったプレゼント、いつだか、それを香らせた彼女の肌があんまりにも愛おしくて仕方なくて、つい夜明けまで離してやれなくて。一体全体、どういうわけだか、以来、彼女は『お誘い』の時にこの香りを漂わせるようになってしまったのだった。
はああ、という大きなため息とともに、たまらずぎゅうぎゅうと苦しいくらい彼女を抱きしめる。
「先輩?」
「静かに。今、戦ってるんです。自分と」
彼女は明日も予定があるはず、無理をさせるのは禁物で、夜明けまでなんてもってのほかで………。そう考えていた筈の僕のなけなしの理性を、「この香水、つけてるのに………?」羞恥を押し殺したか細い声が一撃で砕いてしまう。いつだって僕はあなたに敵わなくて、だからせめてと、彼女のシャツのボタンに手をかけながらもう一度キスをした。
ルークハント
「いけないな」
会う約束をしてなくたって、赤い水がきらりと光るその小瓶を肌に吹き付けてさえいれば、先輩は飛んできてくれる。シチュエーションは、早く見つけて欲しいなら、中庭でも。だけど、後のことがあるから、出来れば誰にも見つからない部屋の中の方がいい。赤い小瓶はワインの香り。人を酔わせて、誘う香り。
「狩人は獲物の痕跡を辿るものだ。人を惹きつけ、誘いだすような香りを漂わせていれば、ワタシの矢は直ぐにでもキミを射抜いてしまうよ」
「そうして欲しかったからと言ったら」
微笑んで細められた瞳に浮かぶのは、獲物を前にした狩人の昂り。「だとしたら、すべてはキミの思い通りさ」差し出された手に柔らかく拘束され、私は狩人の手にかかる。
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ドムローザ3作
初公開日: 2020年08月01日
最終更新日: 2020年08月01日
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幻覚受肉作業