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細波の音が俺達の子守唄だった。
時間通りに起きて、時間通りに行動する海上自衛隊時代から慣れ親しんだ習慣がこの原始の時代に現れた船でも遺憾無く発揮される。船が揺れると海の向こう側に置いてきた仲間達が妙に恋しくなる、そんな感覚も最初のうちだけで、今じゃ郷愁なんて欠片も抱かない。そりゃあ日本は自分の生まれた国だ。帰りたく無い訳じゃ無い。いや、だからこそ感情をそこに挟んじゃいけないんだ。この船のみんなを必ずアメリカに届けて、そして帰る為には、自分という存在を薄氷の如くして船のソナーとしての機関に落とし込まなくてはならない。
海溝の音を拾い、水平線の向こうから何が迫っているかを聞き分ける。俺の仕事で航路の安全が決まるのだと思うと、脳の中にある蝸牛がヒートアップした。少しの異音も聞き逃すものかと。
ーートントントントンッ
自分の持ち場に来訪者が来たらしい。この部屋に雑音はご法度なのはみんなよく分かっている。余計に思われたとしても、ノックの回数で中の俺に用件が伝えられる様に指定させてもらった。四回分のノックは『調子はどうだ?』つまり誰かが俺に雑談をけしかけに来たのだ。
それどころじゃなければ無言でスルーするが、丁度そろそろ日の出時間。夜は周囲の警戒がより困難になるからソナーマンによる警戒が必須だけれど、日が出れば警戒に人員を裂けば俺も休憩が出来る程度の時間が作れる。けれど妙だな、交代の合図ならノックは変則的なリズムなる。俺の手が空くタイミングを誰か狙っていたのだろうか。
「いいよ、誰だい?」
そう声をかけると、意外な人物だった。
「お疲れ様、羽京」
「……司?」
かつて自分を復活させた大男が、この狭い部屋を訪ねてきた。それだけでも十分驚きだし、彼が俺に向けて雑談の機会を伺った事にも驚いた。しかも、何故か彼からは緊張を示す心音が聞こえてくる。
だが、部屋の中に入れようにもこの狭い場所には入れられない。流石に二メートルが悠々と入るスペースは無いのだ。
「うん、甲板まで出れないかな」
自分のサイズ感を一番よく分かっていたのは司本人だったようだ。すると丁度よく交代の人員が現れた。
「あれ、なんで居るんだよ司。羽京、交代!」
「うん、ありがとう。行こうか司」
こもり切った場所から外に出るとまだ水平線すれすれの位置に太陽がいる。しかし、白んだ空が清々しい。
「それで、何の話かな。司」
「うん、大した話では無いよ。手短に言うと、千空の事を教えてほしいと思って」
「……千空の事?」
不思議な事を言うものだ。羽京はそう思った。
「敵対していた時なら分かるけれど、どうしてだい?」
獅子王司という人間はいい意味でも嫌味な意味でもストイックな人物だと思っている。彼が今投げかけた質問が、司の役割である戦闘部門に必要な情報とはとても思えなかった。
すると司は途端にハッとした顔をする。緊張の心音がさっきよりも大きく、そして早く鳴る。
「……うん、疑問に思うのも当然だ。俺は科学王国と、千空と敵対していた。そんな俺が千空の事を気に掛けるのに違和感を覚えるのは分かるよ」
「今はこうして仲間だ。そんな事じゃなくて、『科学』についてだったり『宝島』の事ならいざ知らず、『千空』と彼の事を指したのは何故かなって……」
そこまで言うと、俺は自分のデリカシーの無さに気が付いた。司の白い肌が、茹で蛸みたいに赤くなっていたからだ。ドクドクドクドクと、早くなりすぎた心臓の音が俺じゃなくても聞こえて来そう。
「う、うん。えっと……すまない」
パッとそのまま司は去ってしまった。やってしまったと自分の被っている帽子に手を伸ばす。
考えてみろ、俺一人の所を狙って呼びつけた事。交代とかで人が一か所に留まらない早朝の時間帯に呼び付けた事。呼び付けた人物が年上の俺という事。
「……ッーー……」
ストイックな人間。ある種俺は彼の事を一種の帝王というキャラクターにはめ込み続けていた。
「……彼もまだ未成年じゃないか……」
初めての友達になりたい人物と出会い、距離の詰め方に戸惑って、年上で口固そうな人間に相談したくなったのだろう。あの司の心臓が不思議なくらい煩かったのが全てを物語っていたのに。汲み取れなかった自分が恥ずかしい。
「司、待ってくれ!」
けれど少し嬉しい。あの恐ろしく強い彼にそんな一面がある事を知れたのだから。あの大きな椅子に座って世の中の不条理全ての蓋になっていた彼より、今の彼の方がずっと好感が持てる。そしてこういう時、男社会で生き抜いた俺だからこそしっかりと穴埋めをしなければならない。