ソワカソワカ、と意味不明な言葉を呟きながら艶やかに笑う美女。彼女に太腿の上を跨がれ、馬乗りになった姿勢のまま蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっている自分。その美女の頭上にも、自分の頭上にも猫耳が揺れる。今この時カルデアに存在する全てのサーヴァントの頭上には猫耳が、尻には尻尾がゆらゆらと揺れる霊基異常が発生していた。今朝、寝起きの頭に響いたアナウンスにも多大に混乱したというのに、今また別の要因で混乱している。彼女の存在が原因だった。快楽の獣の片割れ、英雄ではなくただのとある宗教の幹部だった女がサーヴァントとして召し上げられた存在。尼を名乗りながら快楽へと手招きする魔性の女。それが、殺生院キアラという女性だった。ただの一介の冒険者だった俺と面識などある訳もなく。クラスもライダーとアルターエゴと違っていた為に戦闘を共にすることもなく、言葉を交わしたことなど両手で数えられるほどしかなかったのだが。
「ふふ、小刻みに震えて本当にお可愛らしいこと。それにしても本当にいい匂いですわ。」
最初に跨られてから数分間もの時間が経ったが未だに彼女は何か行動を起こす気配がなく、それ故に強引に退かすことも出来ずにいる。俺はただ、布団を頭まで上げ、自分の体を包み隠すようにして元に戻るその時を待っていただけだった。そんな時、部屋にノックの音が響いた。当然出ることに躊躇いが生まれたが仮に訪問者がマスター、もしくは恋人であるヘクトール様だった場合無礼を働くことになる、と羞恥に堪えながら扉を開けたのだ。そこに居たのが想定外の人物だっただけの話である。
ただ扉からベッドまでじりじりと迫られた上に縁に足を引っ掛けて倒れ込んだ先がベッドで。これ幸いと身体に乗り上げられ、いい匂いだとか意味の分からないことを呟きながら恍惚とした表情で頬を染めているのは頂けないと思う。
「あ、あのキアラさん…先程から仰っている“いい匂い”とは一体?」
「あら、お気づきでない?それはそれは……ふふふ。」
赤い舌がちろりと覗く。ぺろり、と自分の唇を舐めて艶やかなものにしていく様は流石快楽の獣。その行動ひとつでどれだけの男が骨抜きにされるか。頭の中の警報音が喧しくなって来たので、ほんの少し。そう、ほんの少しだけ上半身に力を入れた。当然、彼女から逃れる為に。
けれど、いくら歴史に名を刻んだ英雄では無いとはいえ彼女もれっきとしたサーヴァントだ。そんな彼女が俺の慎ましやかな抵抗を見逃すはずがなく。白い、細い指が尻尾を撫でた。表面上をさらっと撫でて行っただけの行動はそれだけで大きな快感が自分を襲った。出そうになった声を両手で喉の奥に押し込めば彼女の浮かべる笑みがさらに深く、艶やかなものと変わった。これはまずい。脳内の警報が一層けたたましく鳴り響く。
(マスター、尻尾が性感帯だなんて聞いてないっす!)
心の中でマスターに文句を言いつつ、この場から逃れる方法を思案する。とはいえ、パニックになった頭でまともな考えが浮かぶはずもなく、彼女の魔の手が迫る。
「おっと、そこまでだ。」
黒の刀身に金色の意匠。見慣れたものには程遠いがそれでも手に入れたくて、憧れ焦がれて追い求めた武器。その持ち主の低い声と、その男の得物であるドゥリンダナが彼女の首元に宛てがわれていた。部屋の中にいつの間に入って来ていたのか。息を切らしたヘクトール様が敵を睨むのと同じ瞳で快楽の獣を射抜いていた。
「……あらあら、ここまでですか…残念ですが仕方ありませんわね。」
キアラさんの瞳がほんの一瞬だけ丸くなった。ドゥリンダナを突き付けられた、その一瞬だけ。とはいえ、自分が瞬いたその数秒で笑みを貼り付けたいつもの表情に戻っていた。キアラさんはその笑みを崩さないまま、そっと俺の上から退いてそのまま扉に向かって歩いていく。扉に背を向けて立っていたヘクトール様とすれ違うその一瞬。何を囁かれたのかヘクトール様の顔色が変わった。
プシュ、と軽い音を立てて扉が閉まった。ヘクトール様の顔はキアラさんを追い、扉の方を向いたままで表情が読めない。互いに何も言わず、沈黙が部屋中を満たす。何か言わなければと思うものの、ただならぬ気配を漂わせるヘクトール様にどんな言葉を投げかければいいのか分からず口を閉ざした。沈黙を破ったのはヘクトール様だった。ベッドの軋む音と同時に伏せた視界の中にヘクトール様の骨ばった掌が映りこんだ。ベッドに付いたものとは逆の手で顎を掬われる。そっと唇が重なり合った。そこで初めて目が合わさって、再び唇が合わさる。繰り返し降るキスに夢中になっている間に背中にはシーツの感触が広がっていた。視界に映るのは天井とヘクトール様。
「なぁ、マンドリカルド。お前さんの恋人は誰だっけ?」
その問いの意味が掴めず、数秒の間逡巡する。恥ずかしくて少しだけ震えた声でヘクトール様です、と答えた。ヘクトール様は口元に笑みを湛えたが、目は笑っていない。その差が今はとても酷く、恐ろしかった。
「お前さんの恋人はオジサンでしょ?ならどうしてフェロモンなんて撒き散らして手当たり次第に誘惑なんてしてるのかな?」
は?脳内が疑問符で埋め尽くされる。フェロモンなんて撒き散らしていない。何も起こらなければいい、とキアラさんが来訪するまで布団に潜っていた自分には心当たりがなくて、首を傾げた。そして今自分の身に起きている異常と、先程のキアラさんの行動を思い浮かべた。自分は今猫のようになっている。これは以前ヘクトール様に起きた異常と近しいものだと聞かされている。キアラさんは終始一貫して自分のことを「いい匂い」だと言っていたことと、彼女と自分の関係性からして彼女が何の理由もなしに自分の部屋を訪れるとは思えない、ということ。このふたつが意味するものとは、「キアラさんは自分のフェロモンに惹かれて部屋を訪れた」ということだった。更に、この異常がヘクトール様のものと同一のものであれば。
「…まあ、オジサンも以前自覚のないままに発情しちゃったし。あまり責めても仕方のないことではあるけど。」
「というかおれ、今発情してるんすか…?」
「うん。匂いすごいよ?まぁ実を言うとオジサンもそうだし、結構我慢してるんだよね。」
我慢している。その言葉で顔に熱が集まってしまう。自覚がないままに発情していた身体が熱を求めるように疼き始める。一度自覚してしまった以上、抑えることは困難で。マンドリカルド、と熱が篭った声で呼ばれる。熱い掌が腹の上を撫でて体が震えた。再び合わさったヘクトール様の瞳からは情欲が隠さずに曝け出されていて、ぎらぎらと瞬いていてそれだけでその先を期待している自分がいる。好きにしていい、と言うつもりで上半身を浮かして自分から唇を重ね合わせた。触れるだけだったそれでも理性という壁を壊すには十分だったようで、今度はヘクトール様から重ね合わされた。ヘクトール様の舌先が自分の唇を突いてこじ開けられ、舌を絡め取られる。長いこと絡められ、息が出来なくなって胸板を僅かに力を込めて押した。そうすれば離れる唇。唾液の糸がふたりを繋いでぷつりと千切れた。
寝間着にしている自身の宝具の属性色のTシャツの裾から掌が侵入していることにその時気が付いた。服に隠れて自分からは見えないが、大きな掌が自分の貧相な胸を柔く揉みしだく。ヘクトール様に育てられ敏感になった乳首には触れず、その周辺だけを撫でて揉んでを繰り返す掌にじれったさを感じて身を捩る。頭上から堪え切れていない笑い声が聞こえて、顔を上げたその瞬間、乳首を強く抓られて声を上げた。完全に不意打ちだった為にあられもない声が遮られずにヘクトールの耳に届く。その声に気を良くしたのか服が捲り上げられて、今度は舌が這わされる。しかしその舌も掌同様に乳首に触れることなく。赤い印を散らしたり、乳首に触れないぐらいの位置を舐めたりとじらされているのがとてもよく分かり、乳首に触れてほしいと思ってしまう。舌も指も自分が触れて欲しいところには一切触れずその周辺を苛めていたかと思いきや、不意打ちで一瞬だけの強い快感を与えられて腰が浮いてしまう。声はひっきりなしに上げさせられ、腰が浮きっぱなしなのもヘクトール様には伝わっているはずで。掌で転がされているのが分かっていながらも自分はヘクトール様には勝てないのでされるがままになるしかない。