アキレウスが召喚されてすぐにかかわったサーヴァントはマンドリカルドという青年のようなライダークラスのサーヴァントだった。その日、召喚の立ち合いをしていたのがマンドリカルドだったからである。俺の召還にたいそう驚き、最初の簡単な挨拶以降完全にフリーズしてしまったマスターの少年と何も言わないマスターに困惑していた俺に気づいた彼はそっと本当に小さな声で自己紹介をした後、マスターに一言二言言葉を投げかけ反応がないのを確認すると呆れたようにため息を一つついて、そこらへんにあった紙にさらさらと何か書いてマスターのそばに置いてやっていた。
「え、えと、これから、ここの案内するんで…」
そういうと細い指が俺の手に絡みつく。けれどそれは不快なものではなく、むしろどこか嬉しいような気がした。暖かい掌にがひどく懐かしく思えて、この英雄と称えられる身になってからというものの、ついぞ縁のなかった暖かさだ。
それからマンドリカルドは、様々なことを教えてくれた。
食堂の場所、シミュレータールームの場所と使うには申請が必要なこと、図書館での本の借り方、俺の部屋の場所とマスターの部屋の場所など。それと、ここで生きていくうえで知っておいた方がいいことも教えてもらった。少女のような少年の上にいる羊のぬいぐるみには極力関わらない方がいいこと、胡散臭い元数学教師の話には乗らない方がいいこと、淡い桃色の髪の看護師には逆らわない方がいいこと、腹が減ったらとりあえず食堂に行けば何かしらあり、誰かしらがいること。そんなこれまでマンドリカルドがここで生活してきて身に着けたライフハックを教えてもらいつつ、カルデアの中を見て回った。マンドリカルドの力はその小枝のような細腕からは想像もできないほど強く、ぐいぐいと俺を引っ張って歩く。少年のような体躯の男に腕を引かれて歩く大柄な男というのはさぞ愉快な画だっただろう。
そんな中で俺がマンドリカルドの話を聞きつつ頭の片隅で考えていたことはマンドリカルドの異様さ、というかどこか浮いている雰囲気のことだった。絢爛豪華だったり奇妙だったりと多種多様な逸話を持ち、宝石の如く見目麗しい英霊が軒を連ねるここカルデアではマンドリカルドという英霊は酷く浮いているように、俺には見えた。ほんの少しの形ばかりのあいさつと小さな声、顔も派手というわけではなく。”普通”、というのが当時の評価だった。真面目で、それなりに優しくて、それなりに苦手がある普通の人間のように見えて仕方がなかった。それでも自分よりはるかに大きい俺を引っ張って歩けるのだからサーヴァントではあるのだろう。
「困ったことがあれば俺に聞いてくれれば答えられる範囲で答えるんで…」
その日の最後にマンドリカルドが俺に教えてくれたのはマンドリカルドの部屋の場所だった。
………無防備が過ぎやしないだろうか。
そんなこんなで年若い青年に迎えられて始まった俺のサーヴァントライフだが、さっそく問題にぶち当たっていた。この生活が始まって、数か月。すっかりカルデアでの生活は身に沁みついて、最初はうまく眠れず食堂やマンドリカルドの部屋に入り浸っていた夜も上手く越せるようになったしやる気の起きなかった食事という営みも食べる楽しさを知ってからは毎日の食事が楽しみになったしマンドリカルドが八つ時になるとさし出してくれる焼きたてのスイーツやその日の甘味のために選ばれた飲み物は一等好きだった。サーヴァントになって、このカルデアに来てよかったなと思う瞬間の一つである。競い合える相手もいて、自分と思考回路の近い者にも出会えた。そんな順風満帆とも言える生活での問題とは。
それは己の世話をしてくれたマンドリカルドであった。
戦っているときのギラギラとした獣のようなギベオンの瞳が好きだ。決して諦めぬその強い芯のある精神が好きだ。かと思ったら懐に入れた者にはひどく甘く、でろでろに甘やかしてしまうその甘さが好きだ。濡れるとぺたりと毛量の減る宵闇の髪が好きだ。おやつを作っているときや何か作業に没頭しているときに見える存外長い睫毛が好きだ。うまいうまいと言いながら食事をしているとふにゃりと和らぐキツイ目じりが言いようもないほど好きだ。俺が少しミスをして、先生に怒られて気分が落ち込んでいるときに呆れたように笑いながら頭を撫でてくれる太陽の光のようにあたたかなちいさく儚い手のひらが、眠れないとき俺を寝かしつけてくれる心地の良い低い声が、大好きだった。
この感情が、なんであるか知らぬほど俺も子供ではない。…………おそらく、認めたくはないが、多分、これはきっと、恋、というやつだろう。だってほら、
「マンドリカルド、卵焼きやるよ。好きだろ?甘い卵焼き。」
「なっ!!」
恥ずかしいのか、照れながらぷりぷりと怒っている姿でさえもこんなにも愛おしく見える。マンドリカルドだっておそらくそれなりに年を重ねているはずで、体つきだってお世辞にもよくはなくて、性格だって女性のようなおしとやかさだとかやわらかさはない。だというのに、どうしてこんなにも可愛らしく見えるのだろうか。
すっかりうまく使えるようになった箸で少し焦げ目のついた出来立ての甘い卵焼きをひょいと摘み上げ、マンドリカルドの目の前でちらちらと揺らしてやると、キラキラと輝く灰色の瞳が追いかけてくる。それが何とも言えず可愛らしく、マンドリカルドの好物が出てくるたびにやってしまう。
口を開けるように言うと素直に開けるのでその中に卵焼きを放り込んでやる。そうやって結局欲に負けて、食べてしまうところがどうしようもなくかわいい。また、無防備に口という急所を俺にさらけ出してしまうところが俺の中にふつふつと湧き上がる薄暗い欲を満たしていく。
こうしてマンドリカルドの食事を共にするようになってから、俺はマンドリカルドについて様々なことを覚えた。
卵焼きはしょっぱいのより甘い方が好きで、スープとパンよりみそ汁と白米の方が好き。
食事をするときはいつも廊下から一番遠い端っこの席。
好き嫌いはなく、割とどんなゲテモノでも食べれる。
朝起きるのは早い方で、早朝に起きてシミュレータールームで鍛錬をしている。
エトセトラエトセトラ。
好きでもない図書館でマンドリカルドの本を探して、読み漁って。マンドリカルドのことをできる限り、誰よりも知ろうとした。そりゃあ、マンドリカルドに聖杯を贈り、彼をマイフレンドと呼ぶ我がマスターより知識としても絆の強さとしてもいくらか劣るだろう。それでも、誰よりも彼のことを知っているのは自分でいたかった。…本当は、彼の霊基を形作るのが仇敵であるヘクトールではなく俺ならばどれだけ良かったろうか、なんて俺にしては珍しくありもしないことを考えてしまうくらいには彼に執着してるのだ。
「マンドリカルド、今日の予定はなんもないんだろ?」
「んむ、なんでそれを…」
「マスターに聞いたら教えてくれた!」
最初は俺の発言に驚いたのか目を張っていたマンドリカルドにそう言って努めて快活に笑うと、マンドリカルドはふ、と肩の力を抜き呆れたように笑っていた。俺は、マンドリカルドが俺の笑顔に弱いことを知っている。俺の笑顔と俺の声に、マンドリカルドは酷く弱いのだ。今まで迷惑しかかけてこなかったこの容貌と声に今ばかりは感謝だ。この声と顔のおかげてレイシフト中もマンドリカルドが手作りしたクッキーを食べれるし、マンドリカルドとこんなにも距離が近づいた。マンドリカルドは明るい人間を少し苦手としているところがあるので俺のこの性格じゃあまず無理だっただろう。俺も一応男の子だから、好きな子には自分のことを好きになってもらいたいのだ。母上と父上には感謝してもしきれない。
「じゃあさ、一緒にゲームしようぜ!」
俺もオフだから。そう付け足すのを忘れずに。
勇気をもってマンドリカルドを遊びに誘う。ああ、握りしめた手のひらが汗でじとりと湿ってきた。マンドリカルドが、まっすぐで低くて格好いいと初めて褒めてくれた声は震えてはいなかっただろうか。頭が真っ白だ。断られたらどうしよう。俺はうまく、返せるの、だろうか。
「今日は昼寝する予定だから…」
なんだと。
「別の人とあそんでおいで」
ひらひらと目の前でマンドリカルドの細い指が目の前で揺れた。それは妙にゆっくりに見えて、食事を終えて気だるげに肘をつく姿にひどくイラついた。
(俺はこんなに悩んでるのに!)
なんでわかってくれないんだ。俺は他の人じゃなくて、ケイローン先生でもケルト神話の英雄だというランサーでもないマンドリカルドがいいのに!俺ばっか余裕がなくて、お前は俺のことなんか何でもないみたいな態度で俺を突き放す!俺がここに慣れ始めた時だってそうだった。勝手に俺はもう大丈夫だって判断して、おれを遠ざけた。誰がそんなこと許した?俺は自分はもう大丈夫だなんて一言も言ってない!
「お、おれもいっしょにねる!」
「はあ?」
「この前!一緒に寝たとき!俺の背中で寝るの好きだって言ってただろ!」
あ、これはやってしまったかもしれない、なんも考えずに言ってしまった。
そんな後悔に身をやつしても後の祭りだった。
結局のところ、どうしてもマンドリカルドといたかった俺は過去に一緒に寝たときの記憶を掘り起こして盛大に駄々をこねて、マンドリカルドが折れる形で収まった。そして今はマンドリカルドと俺はベットの上にいた。いや決して変な意味ではなく。確かに、たしかにゆくゆくはこういうこともしたいなーとかなんとか考えてはいるが!今は違うのだ。今は。まあ正直役得ではあるけれど。
それはそれとして、だ。
何故、俺はこんな自分の理性を試すような提案をしてしまったのだろうか。アホなんだろうか。足にはマンドリカルドの細く長い脚が、腹には細い繊細な腕が絡みついていた。さらけ出された足はひやりと冷たく、気持ちがいい。部屋に備え付けられたエアコンから出る風がそよりと髪をかすめて、その拍子に動いたマンドリカルドの髪が首筋をくすぐった。
ぺとりと背中に頬を擦りつけて眠る姿は可愛らしいし愛しいしでもう感情が大混乱を起こしているのだが、その全体に可愛いに決まってる寝顔が見れないのが悔しい。ああでも見たら、不死身をうたっている俺ではあるがきっとその可愛さに死んでしまうだろうから見ない方がいいかもしれない。…俺の頭は暑さにやられてしまったのだろうか。マンドリカルドが起きたら、きっとぽやぽやした蕩けた顔のまんま外に出てしまうだろうからそれはあまりにも危ないので顔を洗わせて、服ももう少し露出の少ないものにして、そのあとダヴィンチのところにこの謎の夏使用の室温をやめるように言って来よう。これ以上マンドリカルドが人気になられては困るのだ。汗で少し湿った髪も、上気した顔色も、Tシャツの隙間から見える谷間に流れる汗も、色っぽくてならないのだ。俺のためにもマンドリカルドのためにもやめてもらおう。
なんて、今後の予定を立てつつきっと一睡もできないが俺も眠るために目を閉じたのだった。