ひまわりの影は濃い
ケシ畑の隣りに、ひまわり畑がある。畑と言ってもそれは食物を作るためじゃないのだから本当は、花畑と呼ぶのが正しいのだろう。それでも、鶴見中尉はそれをひまわり畑と呼ぶ。
夏の、暑い盛りの時期。その花は真っ向から太陽に向かって、睨め付けるように追いかける。日が沈むそのときまで。
「いいよなぁ」
そう鶴見中尉は溢す。
「これはずっと太陽を追いかけているばかりで」
常宿から少し歩く途中。道端の日陰に手折られたばかりのようなひまわりが落ちていた。前日の雨のせいで泥に塗れているのに花弁の黄が眩しかった。
「あっちの、奥の畑のですかね。それとも民家のですかね?」
「さあ。どちらだろうなぁ」
笑うこともなくただ淡々と言いながらもズンズンと道を進んでいく。彼の足は長い。いつのまにか置いて行かれてしまうのでないかと思いながら、しきりに短い自分の足を動かす。
ケシ畑は順調に育っていて、それを見た中尉が酷く悦んだ顔をするので、ふと脳の奥がざらつく。貞節を守る淑女のたおやかな微笑みでありながら、妖艶な愛妾の底知れぬ笑み。どちらも兼ね備えたその顔は俺の脳を荒つかせる。電信のざわめきのように不快では無いが邪魔なそれを振り払おうと、彼の顔を見るのをやめ、ケシの実に目をむける。まだ丸細い実がこれからずんぐりと楕円になり、それを傷つけて阿片を取るのだ。十分すぎるほど愛情を注いで、それから種を出す前にずぶりと殺してしまう。殺したケシから出る液体。まろみをおびた実を刺して出てくるもの。白いそれは次第にぬらつき、仕舞いには黒く変色する。
「月島、行くぞ」
話が済んだのか、鶴見中尉はもうその場にいなかった。慌てて農家へ礼をし、すぐに彼の後を追う。六尺余りのケシの背丈は視界を阻む。畑を抜け出し、右に曲がれば宿場や連絡道路がある。そちらを見るがいない。
「おい。此処だ、此処」
振り返れば中尉が後方で手を振っている。駆け足になりながら彼のもとへ行く。
「宿ではないのですか」
「ああ。寄り道だ」
そのまま話すことせず数分歩けば、遠くに見えていた黄色の畑にたどり着いた。
「ひまわりだ」
見たままのことを言われる。
「誰のでしょう」
「私のではないな」
じっと、その花を見る。花を見て何か感傷に浸るような趣味はない。ただ、見るものが無いから見ているだけだ。視界の端でひまわりを触っていた鶴見中尉が口を開く。
「これは、キクの仲間だそうだ」
そうなんですか。と、相槌しておく。彼の顔が少しだけ上を向く。昼日を見上げてそれから、もう一度顔を下げて俺を見る。
「あまりそうは見えないが。何せ大きいし色も派手だ」
口を幾度か開閉して、それから蝉の声に消されるくらいの声で言った。
「月島はひまわりではないな。お前はもっと、面倒な男だ。こんなまっすぐな花はお前ではない」
彼の割れた額からぽたりと一滴、透明な液体が落ちた。地面に吸い込まれたそれが黒い跡になった。
毒であり、薬である。人を掴んで離さない。それが彼で、掴まえられた俺はひまわりにはなれない男だ。純度の高い感情など、もう失ってしまった。それでも中尉は俺を懐刀として側に置く。いつかこの人が死ぬときに、自分は彼の死に顔を目の前で見るのだと、そう思った。