バイト帰り、なんでもない、いつもどおりの日。道を行く人の顔をそれとなしに見ながら、ぼんやりと歩いていた。今日はつまらなかったなぁ、と思っていたら、ふと見つけてしまった。
「尾形……」
道をすれ違おうとした男の名を呼ぶ。
「杉元……?」
変わらないままのその姿で、尾形が俺の顔を見た。
まあ、出会ってしまったのだ。
昔、それは遠い昔。もしかしたらこの世界だったかもしれないし、パラレルワールドの話だったのかもしれない。俺の前世の出来事。極寒の地で、金塊を巡って殺し合いと野望の混ざったとんでもない戦いがあった。最終戦と呼んでいいだろう、総力戦の際に俺は死んだ。敵の頭目と刺し違える形での死だったから、後の、アシㇼパさんの幸せはもう掴んだも同然だった。
決戦の前夜に、味方であった尾形と話した。
「お前のこと、結構好きだった」
「俺もだよ」
返ってきた言葉に息をのんだが、笑ってそのまま何事もなく、その夜は別れた。
それっきりだった。心残しをいるかもわからない神様に叫んでみたら、都合よく解釈された。記憶を持ったまま、苗字もそのまま。笑えないくらい全部同じまんまで、時代だけ移されたかのようにこの世に生まれてついた。元から記憶を持っていたからか、ずいぶん生きやすかった。
で、今日だ。
尾形と再会したはいいものの、そのまま立ち話をするのも難で、駅前の安い居酒屋に入った。ガヤガヤと騒がしく、誰も俺らの話なんて聞きやしないだろうが一応個室に入る。温かいおしぼりで手を拭いてから、腕まくりをし、ビールといくつかのつまみを注文した。
開口一番、
「お前も傷はないんだな」
と、尾形が俺の顔を手で一文字に切る。
「うん、身体も全部ない。尾形の、顎のも無くてよかった」
嫌味もなく尾形はふっ、と小さく笑った。ちょうど店員がビールを持って入ってきたので手を伸ばし受け取る。グラスの一つを尾形に渡して、そのまま互いのグラスをカチリと合わせる。
「何に乾杯だ?」
「俺とお前の再会」
それでいいか、と尾形は小さく溢した。運ばれてきたつまみを食べながら近況を話し合う。
「お前のところも前回と一緒?」
「出会い頭で良く殴られる」
「あー。俺も」
前世の恨みからか、知らない相手から唐突に殴られることはよくある。ちょっとは痛い。あと、知らないというより覚えてない顔に殴られるのは普通にムカつく。ので、俺はいつも殴り返している。
「いま何してるの?」
「学生だ」
「え! 俺も!」
思わず大声で言ってしまう。着ていたのがスーツだからてっきり会社員なのかと思ったら、今日は面接だったそうだ。
「そっかぁー」
酒を追加して、もう一度乾杯する。学年は違うものの、それでも学生など前世では考えられなかった。思わず顔が緩んでしまう。
「なあ、どこまで覚えてる?」
聞いてなかった質問をしてみる。
「さあ」
「教えろって」
そうねだってみるが、尾形はニヤニヤと笑ったままだ。
「俺が言ったこと、覚えてる?」
「どれだ?」
「覚えてるんだろ」
はぐらかす尾形の手をぎゅっと握る。これで覚えてないなど言ったら殴ってでも思い出させてやってもいいな、と思いながら、尾形の手の甲を軽く撫でる。
「そうだな」
尾形はじっと俺の目を見ながら、掴んだままの手にくちづけた。
ギザなそれに応えるように口を開く。
「付き合おうよ」
そう言えば、尾形は満足そうに
「ああ」
と笑った。
それから何杯か呑んでいたら夜半も近くなっていた。
「帰りどうする?」
と聞くと、
「迎えを呼んだ」
と返された。
会計を終え、店の外に出ると外車が止まっていた。
「兄さん! 」
降りてきた高身長の爽やか青年が俺の隣に向かって笑顔で手を上げる。
「あの?」
「あの」
昔、殺したと言っていた花沢少尉殿か、少しビビリながら外車に乗り込んだ。
少尉の滑らかな発進で、道を走って行く。
「どこまでですか?」
「こいつの家まで」
「御学友ですか?」
「いや、昔のです」
「いつのです」
「勇作より後の」
クッションのある座席に驚いていたら、尾形が少尉殿と色々話していた。
「じゃあ、谷垣さんのお知り合いですか」
ミラー越しに花沢少尉が俺の顔を見る。
「はい。あ、俺、も尾形に頭吹っ飛ばされました。死因じゃないけど」
「じゃあカケトモですね! 鶴見さんと一緒だ」
嬉しそうに笑う彼の言葉に少し驚く。
「やっぱ鶴見もいるんだ」
「元気ですよ。写真が趣味のいいおじさんで」
「脳みそが吹っ飛んでいないせいかあの頃よりは比較的穏やかだ。手柄だけで重役狙えてるのは彼らしいがな」
そう言う尾形もなんとなく楽しそうだった。
花沢少尉の滑らかな運転であっというまに自分のアパートの前についた。
「ありがとうございました」
と言って外に出ると、尾形も俺と一緒に外に出る。
「それじゃ。今日は泊まるから」
「はい。兄さんもお気をつけて」
少尉が去ってから、尾形が口を開く。
「どうせ一人暮らしだろ」
「そうだけどさぁ」
「善は急げの精神だ」
「明るくなったなぁ」
手を出した尾形に迷わず自分の手を重ねる。そのまま尾形の手を引いて安アパートの階段を足早に登り、部屋の扉を開けた。