「はじめまして」 
そう言われた瞬間に俺は愕然とした。彼、そう彼が言ったのだ。違わない。彼の発した言葉だ。はじめまして。彼はその言葉の意味を知った上で俺に言っているのだろうか。冗談じゃ済まない。いや、あるいは冗談であってくれ。無心論者である俺が思わず神にすがってしまいたくなるのも仕方ないほどに彼の言葉は俺に重くのしかかった。
「……こちらこそ、はじめまして」
俺がそう返事をすると、彼は人のよい笑みを浮かべてから俺の後ろの席に座った。
高校1年の春。今世で一番逢いたかった人は俺を憶えていませんでした。
今日の日は。
月島基には前世の記憶というものがずいぶん幼いときからあった。具体的には、小学生の頃から。なんてことないある日、目覚めると、自分の前世がまるで昔からそこにあったとでも言いたげに自分の脳みそに鎮座していたのであった。そのときの自分がどんな様子だったかは覚えていないが、母親曰く、急に頭が痛いと言って3日ほど学校を休んだそうだ。どうにか、自分の頭の中の古い記憶が、前世の出来事であると理解した俺は今世の自分の立場に酷く喜んだ。前世で殺意を抱き殺した父親は、母親と俺への暴力で刑務所に入っているから金輪際会うことはない。父親の実家であった佐渡に行くこともなく、母親と比較的給金の高い本土で暮らしている。十分すぎるほどの好条件。小学生にして、人生一回分のアドバンテージがあるのはなんとも面白いことだった。それから学校での成績も上がり、中学でもそれは変わらず、周りの人間よりも少しだけ器用にそつなくこなしていった。特に歴史は自分の中で昔の知識と繋ぎ合わせていくと簡単に学ぶことができた。英語も一度言語を一から学んだことがあるからか、サクサクと習得していった。中学に入ってもあの子と会うことは無かったけれど、それでもよかった。探すことはしなかった。昔など思い出さずに、あの子が幸せになっていればそれでいい。この先の人生で会うことがあっても、それは深く関わらない方がいいのだ、と。そう思っていた。あの子のことを考えるたびに中尉殿のことも必然的に考えることになる。鶴見中尉はどうしているだろうか。彼も昔を思い出していればよいと思った。成人したら探しに行こうか。今度は傷を持たずに過ごしたい。中尉殿の絵描く物語を、自分が手足となって支えるのではなく、隣に立って一緒に作り上げる。そんな夢とも言えない漠然とした希望を持っていた。高校受験の際になって教師から、お前は成績がいいのだからどの学校でも行けるぞ、と言われ、迷わず県内でもトップの学校を志望した。隣の市の中心部にあるその学校ならば、もしかしたら、と思った。もしかしたら、市内に鶴見中尉がいるかもしれない。
カット
Latest / 34:27
カットモードOFF