「あ、轟くん」
おはよう、とまだ髪の毛がぼさぼさのままの緑谷が俺に声をかけてきた。緑谷の誕生日が明け、次の日。制服もきちんと着て、もう学校に向かう準備はばっちりのようだが、あまり眠れなかったのだろうか。彼にしては珍しく、眠そうな顔をしている。
「眠いのか?」
「いや、そうでもないよ。でも昨日はうれしくてあんまり眠れなかった……かな」
寝不足とかではないから、と笑いつつも、一つ、大きくあくびをする緑谷につられてあくびが出そうになる。あくびをかみ殺しているのが分かったのか、緑谷に笑われてしまった。
「そういえば、誕生日の日、一番に連絡くれて、ありがとう」
「……結構、頑張った」
去年もその前も、できなかったから、というと、緑谷が気にしなくていいのに、と言う。
「あの日、疲れてただろ?轟くん。寝ててもよかったのに」
「いや、何となく、なんつーか、……一番に、祝いたくて」
俺の言葉に、緑谷が目を丸くする。
「……君に、そんなこと言ってもらえる日が来るなんて、思わなかった」
なんだかうれしいなあ、と言いながら、にこにこしている緑谷を見て、なんだか心臓が苦しくなった。……なんだ、これ。
「あと、君がくれたキーホルダー、つけたんだ、ほら!」
不思議な感覚に襲われ、首をかしげていると、そんなことは何も知らない緑谷が、カバンにつけた、真新しいキーホルダーを見せてくれた。俺が渡した、オールマイトカラーの、キーホルダー。
「お、ほんとだ。……気に入ってくれたか?」
「もちろん!これ、オールマイトカラーって君が言ってた通りだし、すごくデザインがいいよね!」
こういうの、気になってたけど買えなかったから、と緑谷が言う。自分が心配していたより、緑谷が喜んでくれていることが本当にうれしかったし、ほっとした。麗日が大丈夫だよ、と言っていたのを思い出した。確かにそうだった。こういうものは、自信をもって渡したほうがいい。
「オールマイトグッズは全部持ってるだろうから、ほんとはヒーロー関連じゃねえのにするつもりだったんだが。お前といえばオールマイトだし、それに、見たとき、お前に持っててほしい、って、何となく思ったんだ」
「おおげさだなあ、相変わらず。でも、ありがとう!……ほんとにうれしいんだ、君や、麗日さんたちからこういう風に誕生日を祝ってもらえるのがさ」
昔は、こんなこと考えられなかったから、と緑谷が小さく言った。いまだに彼の、小さい頃の話だとか、中学校時代の話だとか、直接聞いたことはない気がする。俺のことを、俺の傷を、彼は知っているのに、俺は緑谷のことを、たぶんまだ、あまり知らない。彼が受けたかもしれない傷も、彼自身のことも。いつか、彼の口からその話が出てくるかもしれないし、それを待てばいいだけの話なのだろうけれど、待っているだけでは、きっと知ることはないだろう。かといって、その、深い部分に踏み込むのをためらってしまう自分もいる。……もう十分、仲良くなったと思うけれど、もう少しなかよくなりたい、というのが、本音なのだが。結局は意気地なし、というやつなのだろう。初めてできた友人に、もっと寄り添いたい、けれどそれを失うよりは、黙って彼を見ていたほうがきっと、まし。そういう気持ち。
日直だから、と少し早く出る緑谷につられて、そのまま二人で寮をでて、学校に向かう。いつもどおりといえば いつも通りなのだが、なんだか少し落ち着かない。まだそこまで日は高くないというのに、じわりと額ににじみはじめた汗をぬぐう。蝉の声が、うるさく聞こえて、緑谷の背中が、まぶしく見えた。
……落ち着かない原因は、きっと自分のカバンに着けた、緑谷のものと同じキーホルダーだ。うっかり、といえばそう、故意的と言われても、そう。つまるところ、自分も同じものが欲しくて、購入したのだ。緑谷本人に気づいてほしいわけではないし、でも気づいて、何らかのリアクションをしてほしいともう自分もいる。なんだか面倒くさい人間だな、と自分で少し思ってしまった。
「明日はインターンだったよね、僕も、君も」
「そうだな。っていうか、現場同じだろ」
「そうだった!君がいるんだ」
心強い、と笑う緑谷に、また心臓のあたりが、苦しくなる。病気か何かなのだろうか。
「明日も一緒に行けるね」
「そう、なるな。お前がいいなら」
「いいも何も、悪いことなんてないだろ、べつに」
面白いな、と緑谷が言う。面白いこと、なんもねえ、と俺が返すと、今度は天然!と笑われた。
学校玄関に到着し、靴を履き替える。鞄につけた、キーホルダーが、下を向いた衝撃で、揺れる。朝の光を反射して、それが、きらり、と光る。横を見て、緑谷のキーホルダーも、同じように光を集めているのを見て、なんとも言えない、よくわからない気持ちにさせられた。今すぐ、俺も、同じもの、持っているんだ、と、口をついて出てしまいそうな。大事な宝物のことを、知ってほしいような。そんな、不思議な気持ちだった。
「……なあ、緑谷」
「ん?なに、轟くん」
「あ、……いや、」
呼んでみただけだ。そう続けて、本当に言いたかったことを、俺は隠してしまった。立ち上がって、キーホルダーも、そっと手で隠す。多分きっと、このよくわからない感情を、緑谷に知られてはいけない。そう、思った。」
やっぱり天然だ、と、緑谷が、キーホルダーの光みたいに、笑う。
(おそろい / とどろきとみどりや)