にこにこ笑っている恋人の、その顔から読み取れるものは少ない。笑顔が基本だからだ。しかし今は、いつも通りの表情にこれでもかというほどの上機嫌を湛えている。それはもう、嫌になるくらい。
「上に四人もいるので、散々先輩風吹かされてきたんです」
だから自分が“吹かす”側になったようで楽しいのだと、金田はそう言った。
「なったようで、って、なればいいだろ」
「それは光我君に悪いでしょ?」
ささやかに首を傾げた金田の髪が揺れる。
「されて嫌だったのも分かるので」
「そういうもんか」
「そういうもんですよ」
指を伸ばして、切り揃えられた毛先の、その切り揃えられたラインをなぞった。毛束を少し摘まんで引っ張ってみる。
「なんですか」
「なんでもない」
覗き込んでくる金田の頤を指で押して、元の向きに戻させた。
「もう、拗ねないでください」
「拗ねてない」
「随分嫌われちゃったみたいですもんねえ」
「そこじゃない」
「拗ねてないんじゃなかったんですか?」
「……今は拗ねてる」
「めちゃくちゃですね」
金田はくすくす笑い出した。顔を押し退けている俺の指をとって、指先にキスをする。
誰に教わったんだそんなの。俺か。
「機嫌直してください。金田さんがお願いきいてあげますよ?」
金田は自分で言った台詞に対してまた笑っているので世話が無い。
お前のその上機嫌も、その「金田さん」も、あいつがきっかけだろ。そう思うと、だらしなく甘えて触れ合う口実のために、光我をダシにして拗ねるポーズをとっていたはずが、本当にあいつのことが気に食わないような気がしてくる。我ながら直情的すぎやしないか。流石に、その直情を剥き出しにして金田に寄りかかるつもりはないが。
手の中から逃げ出させた指で、金田の後頭部を引き寄せる。金田の太腿の、膝に近い部分を枕として占領している俺に、抗わず、真上から顔を近づけてきた。視界が遮られる。癖のない髪が真っ直ぐ下りて、包み込まれるような、独占されるような錯覚があった。この姿勢だと、髪と髪とが触れあう。音もなく、溶け合わず、そっと、憚るように。
「なんでもいいの?」
「一個だけ、できることだけです」
「一個だけか……」
俺が言いよどむと、金田はそっと笑みを深めた。「そんなに真剣な顔しなくても」と囁く、その吐息が閉じこめられて顔に降ってくるのがくすぐったい。金田の丸い頭を撫で、俺たちと外界とを分ける黒髪の流れに沿って指を入れ、断面の感触を指の背で味わう。そうしてから、指を項に這わせた。
「俺だって――」
年下なんだけど。
言いかけて、やめる。それを聞かせるほど寄りかかるつもりは、甘えるつもりは本当に無かったから。けれど、今までも数えきれないほど俺を許しておいて、「一個だけ」と嘯く金田に、どうしても、頭のやわらかい部分をかき乱される。金田のせいにしてしまう。金田のせいにして、それすら許されると思ってしまう。
お前が気にする先輩風なるものを吹かせてみてくれ、と。こっちが全部を言葉にしたわけではなくても、「俺だって」と、それだけ言えば金田は意を汲んでしまう。
「涼くんって呼ぼうか?」
してやったりと笑う、この男の、こういう顔が俺は好きだ。好き、なのだが。
「やっぱ戻せ、戻してくれ、なんか落ち着かない」
「はいはい分かりました。じゃあこれでお願い一個きいたってことで」
「……無い! それは無い」
「降りてくださーい終わりでーす」
「金田、もうちょっと」
「いや本当に。夕飯支度しないといけないんで――」
金田は体を遠ざけながらも、俺の手に手を重ねて、全てを許すような微笑を浮かべている。或いは、誘うような。
「――あとキス一回で終わりです」
或いは強請るような。
「欲しいならそう言えよ」
今度は俺から覆い被さって、求められるままにキスをひとつ。陰になった金田は、しかし、瞳を細く光らせて、「氷室さんが言えることじゃないでしょ」とからかった。濡れた唇。俺が濡らしたその唇は、甘やかな弧を描く笑みから上機嫌をあふれさせている。