ち☆ひ☆つ
今日もまた、墓石の前にただ立っていた。
何をするでも考えるでもなく、嵐が過ぎ去るのを待つように目の前の冷たい石を眺める。道を点々と象る照明が足元を照らし、整然と並ぶ墓石の輪郭を朧げにも映し出していた。それ以外の光源といえば雲間から時折覗く月の光程度で死んだ人間が眠るこの場所に日付も変わったこんな時分に何もせず突っ立っている自分は、側からみればどう見えるのか。 
地面がえぐられる音がする。土にスコップが突き立てられ、掘り返される音と、合間合間に聞こえる息遣い。音の原因は隣の隣の墓の前で男がせっせとスコップを振るっているからだ。こんな場所で掘り返して出てくるものといえば一つしかなく、男の目的は正にそれだった。十分に掘り進めることができたのか、地面にスコップが置かれる音がした。日が出ているうちであれば雑踏にかき消されてしまうような音の一つ一つが、夜になればすべて浮き彫りにされる。大きく深いため息と蓋が外れる音。堪えるような声とため息、カラカラと物と物が触れ合う音、土を払う音、またため息。目を瞑り、それぞれの音に聞き入っていた。そしてまた蓋が閉じられ土を踏みしめられる音を聞いたところで口を開く。
「今日はどの骨を取ったんですか」
ぴたりと音が止まった。だがそれは数瞬のことで先ほどよりもゆっくりと動く気配がする。
「肋骨を一本」
「へえ」
「あなたは今日なんの花を」
「ヒナゲシを一輪」
「へえ」
なんてことのない会話。少なくとも自分と相手の中では。彼は墓から骨を一本取り、自分は墓に花を一輪供えた。なんてことのない、話なのだ。
墓荒らしが法に触れることは知っている。だが自分は警察に通報などせず、後片付けを終えた男の後ろ姿を今日もまた見送った。男の姿はすっかりと闇に溶け、数分後には車のエンジンのかかる音がする。遠ざかる車の音をBGMに、ようやく棒立ちであった足を屈伸させ踵を返すのだ。自分の家はここから近く、歩いて通える距離にある。対して男はいつも車で本人曰くそれなりに遠いところからここに通っているらしい。通っているとは言ったが自分より男の訪問は不定期で、一月空かないこともあれば、数ヶ月空くこともあった。今日は前回からちょうど一月程度経っている。墓参りならば殊勝なことだと言えるが、彼がやっているのはその対極にある墓荒らしだ。忠告をする、通報する、等々その行動を止めるには様々な方法が考えられるが、男の行動がいかに非常識であろうと自分は彼の行動を止めようとはしなかった。できなかったというよりしようと思えなかったのだ。そうであるから正そうという行動も制止の声もあげるわけがなく、墓から肋骨一本が無くなっただけのなんてことのない一日として見過ごせる。ただの墓荒らしだったなら通報するだけで終わっただろうか。いいや、ただの墓荒らしであったのなら先に通報されたのは自分で、毎日花を一輪供える日々など送ることなどなかった。彼が彼であったから少なくとも自分はこうしているのだ。そう不定期通いの男と比べ自分といえば毎日あそこに通っている。毎日、一輪の花を持ってあの墓石の前に通う生活を続けている。先月遂に一周年を迎えたことに笑ってしまった。殊勝なことだ。馬鹿なことだと思う。本当はこんなに長引くはずではなかったのに。こんな馬鹿げた毎日が一年以上続くはずがなかった。そもそも始める気もなかったことだ。自分が毎日欠かさず花を手向けにいく墓石の下には、唯一の肉親であった妹が眠っている。
妹の墓へ毎日墓参り。字面の通り奇妙なことだ。仲がいいだけでは覆い隠せない。どんなに妹を愛していたって墓は毎日参るものではない。それではなぜ墓へ赴くことを日課とするようになってしまったのか、一年も続けることになってしまったのか、過程と結果を全て知る自分にも正直よくわからない。色々な因果が少しずつ噛み合わさり結果今の自分を動かす機構が完成してしまったと言うのがしっくりくる。
妹の死は突然ではあったが、そこで抱える羽目になった感情の全ては時間が解決しくれたはずだ。しかし別の要因がその他諸々の感情を全てぶち壊し、時間による癒しは必要がなくなった。ことの発端は妹の遺品整理中、妹直筆の遺書を見つけてしまったこと。
遺書と言っても妹は自殺で死んだわけではない。不運な交通事故によるものだ。青信号に車が突っ込み…といったもので運転手は捕まり、判決が下されるのを待っているところだ。だからこの遺書が何のために書かれたのか、ちょっとした出来心か、はたまた本当に自殺を計画してのことなのか、できれば前者であればいいなと思いながら恐る恐ると開いてみればちょっとした出来心なんて生易しいものではないとすぐにわかった。
人から嫌いだ、と言われることなど成人になってからはほとんどなくなった。社会に生きるようになれば、嫌いだからと拒絶できるものは少なくなりみなそれなりに折り合いをつけて生きていかなければならない。だから思っていても言わない、態度にも出さない、それが大人というものだと、それが当たり前だとみんな受け入れて生きている。妹はそれを墓場まで持っていくことができなかったらしい。持っていくつもりだったのかもしれないが、少なくとも彼女の感情は形となり手紙の上で荒れ狂っている様をこうして自分は見てしまっている。大嫌いだ、を手紙の一行目にすえ、それはなぜか、どういうところかと書くのは熟考する妹らしい。だがだんだんと筆跡は荒く説明もないただの感情の吐露と化していった。妹との仲は悪くいない、むしろいい方だと記憶している自分にはあれらがすべて上から貼り付けられた虚構でその下にはこのマグマのような感情が眠っていたのかと思うと、この事実をどう処理したものかと痛む胸を押さえながら考える。まるで呪いの手紙のようだった。お前が嫌いだ、なぜお前の妹などに生まれてしまったのか、なぜ生まれてしまったのか、あいつが恨めしい、子宮で流れていったあいつが、生まれることなく死んだあいつが。怒りの矛先は実の姉から果ては命になる前に消えていったものにまで飛び火した。怒りは大きくなればなるほど向けられる範囲も大きくなるのか自分にだけだったはずのそれは、手紙の真ん中を過ぎたあたりから世界全てを恨むように殺してやる死んでくれなど直接的な言葉が並べられていた。自分への嫌悪は氷山の一角で結果彼女は自分を含む世界全てを恨んでいたのだろうか。どうして?などと思うがすでに冷静さを失っている筆者は理由もへったくれもなく自分の感情をぶちまけるにのみだった。しかし最後のあたりにさしかかると殺してやる、死んでくれなどと外に撒き散らされた呪詛がなぜか彼女本人に向かっていた。殺してくれ、お前さえいなければ、お前はなんで生きてるんだ、殺してくれ、生きたくない、ふざけるな。一方的な罵りを吐き出す彼女には何が見えているのだろう。鏡に向かっていうようにお前は、と自分を指差す彼女。数行前まであんなに外界の呪詛にまみれていたのにいつの間にか彼女は鏡の前でお話を始めた。殺してくれという懇願、生きたくないという嘆き。
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墓場にて
初公開日: 2020年06月27日
最終更新日: 2020年08月05日
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タイトルはおいおい考えよう。
初めてスキ!なんてされてしまって今日は記念日にしようと思ってたのに日付が変わっていた。
The End つづき
アズトレ前に書いたものの続きを考え中
みならい
俺と僕5(終)
俺僕シリーズ第5弾。面倒な俺くんに巻き込まれる僕くんの話。
みならい
世界に二人だけの温度
フクロウナギさんがみたいっていうから書きました
RILUKA
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