夜のディアソムニア寮の空気が寮長の溜め息で揺れる。これを、彼の側近であるセベクが気付かないわけがなかった。寮長であるマレウスの溜め息ひとつで、談話室に動揺が走る。寮生は皆、緊張した面持ちでマレウスを見るのみであった。セベクは若様、と彼を呼ぶと、そっと近くまで歩み寄る。
 マレウスは二人掛けのソファーの端に座って頬杖をついていた。その前に置かれているローテーブルとその上に立てられているキャンドルスタンドを気遣ってか、彼は長い足を組むことはしなかった。スタンドに立てられている三本のキャンドルが、ディアソムニアのシンボルカラーである緑の炎でマレウスの顔を照らす。談話室の灯りは決してそれだけではないのだが、どうしてかマレウスの眉間に浮かぶ皺をくっきりと際立たせていた。セベクは彼の脇にそっと跪くと、眉尻を下げて主の顔を覗き込んだ。
「若様、どこか具合が……?」
 マレウスの瞳がセベクを捉える。彼は独り言のようにセベクの名を呼ぶと、力なく頬を緩めた。
「体調はなにも問題ない。ただ、少し気が重いだけだ」
「気が……?」
 かのマレウス・ドラコニアが気を重く持つなんて。滅多ない珍事にセベクは目を丸くする。そして同時に、顔をキッと強張らせた。一体どこのどいつが若様の心に重りを乗せるのか。早いところ犯人を見つけ出して尋問せねば──。ハァともフゥとも取れるマレウスの溜め息で、セベクの意識は現実へと引き戻される。しかし、心の内に灯った熱く攻撃的な炎はそのままであった。セベクは自身の名物とも言える太く溌剌とした声で、また「若様!」と呼んだ。近くにいた他の生徒たちの肩が数人分ビクリと持ち上がる。
「若様! どうか、どうか原因をお教えください! どこの寮の、誰によって気を重くなさっておられるのでしょうか! 場合によってはこの僕が! 若様の御心に鉛をぶら下げる者に一言か二言ほど、物申してきます! そして、若様の御心を軽く穏やかなものに致しましょう!」*(あとで見直すをの忘れない)
 次に目を丸くしたのはマレウスの方だった。杖にしていた手から頬を持ち上げ、背凭れに上半身を埋めて腕を組む。ディアソムニア寮のソファーはとても上質で、疲弊気味な寮の王の背を優しく受け止めた。
 シンボルカラーと同じ色の瞳を動かして他の生徒の様子を窺う。皆どこか居心地が悪そうだった。マレウスは、寮生の耳目が自分に集まっているのをうっすらと感じていた。彼らも彼らなりにマレウスを気にしているらしい。さて、それが「心配」からなのか「畏怖」からなのか──それは、本人だけが知るところである。
 だがそれはそれとして、寮の空気の重たさの原因の一端を自分が担っているというのは避けたいところであった。マレウスは自分の存在の大きさを再認識する。自分の喜怒哀楽が広範囲に影響を及ぼしてしまうのだ。なんとなく覚えのある感情を胸の内でくゆらせながら、マレウスは背凭れから体を起こすと談話室全体に聞こえるように口を開く。「なに、大したことではない」
「クルーウェルとトレインが」
「あの二人が!?」
「なんの偶然か、面倒な課題を一度に出してきてな」
「なんと! 面倒な課題を一度に! ……え? 課題?」
「ああ、課題だ」
「課題……かだい……」
 セベクは拍子抜けてしまった。口の中で数回「かだい」の三音を転がしては脱力していく。さながらそれは萎れていく植物のようであった。その変わりように小さく笑い声を零して、マレウスはまた肘掛けの上に頬杖をつくった。
「課題自体はさして難しいものではないのだが、とにもかくにも面倒でな……」
 高い学力と魔力、そして膨大な魔力を持ってしても太刀打ちできないものはある。煩雑な工程はその一つだ。いつかそれを飛ばせる方法が発見されればよいのだが、今はないものねだりをしても仕方がない。楽する方法を模索する時間があるなら、それらすべてを課題に当てた方がよっぽどか有意義だ。
 そんなことをセベクに、ひいては談話室にいる寮生に言って聞かせてやれば、部屋の空気もだいぶ柔らかくなった。セベクに至っては今にも泣き出しそうな雰囲気すらある。なにをそんなに、とマレウスがセベクをジッと観察していると、彼は小さく肩を震わせながら目を宝石のように輝かせ始めたのだった。
「若様のその心意気……! とても素晴らしく思います!」
 彼の口から発せられたのは感激の言葉だった。
 とりあえず、場の緊張を緩められたのなら良かったとマレウスも無意識に張っていた胸を下ろす。彼の尖った耳は、日常の音を拾い上げていた。
「セベク」
 マレウスが名前を呼べば、彼は元気に返事をする。表情こそきりりとしまっているが、その口の筋肉は嬉しそうに緩んでいた。
 今までのセベクの言動は、すべてマレウスを想ってのことであった。近づいてきたのも、声をかけたのも、明らかに心配そうな表情でこちらを覗き込んできたのも、すべてすべて「心配」の念から生まれた行動であり、発言であった。
 マレウスはそれを知っていた。だから今、名前を呼んだのだ。
「少し気持ちを和らげたい。紅茶を淹れてはくれないか」
 その一言が、彼の表情を明るくする。セベクは白い歯を見せながら了承の意を談話室全体に轟かせると、羽のように軽い足取りでティーポットを取りに向かった。
「久しぶりにフローラの歌が聴きたい……」
 セベクが部屋を出る際に零れた、マレウスの小さな願望。キャンドルの炎すら揺らさなかったその囁きは、セベクの鼓膜をしっかりと震わせたのである。
 フローラ・クロウリーという存在を学園内で知らない者はいなかった。それも当然である。その人は学園唯一の女子生徒で、血の繋がりはないにしろ、学園長とは親子関係にあるのだから。入学式の日の諸連絡の中に彼女の説明があったし、一年の間でもその女子生徒の話は頻繁に持ち上がった。彼女は保健委員という名目で学園のさまざまなところで動いているらしく、一時期「学園長が雑務を押し付けるために彼女を特別入学させたのではないか」と生徒間でまことしやかに囁かれていた。そのようなわけであるから、セベクもフローラのことを知っていた。
 翌日、午前の授業を終えるとセベクはすぐさま教室をあとにする。昼休みに別行動をとることは、朝の内にマレウスに伝えておいた。セベクはまず、保健室へと足を運ぶ。昨晩、寝る前にフローラと同学年であるシルバーに聞いたのだ。「フローラ・クロウリーはどこにいる可能性が高い」と。シルバーは少し考えた後にこう言った。「保健室だと思う。保健委員だし、実際に昼休み中に保健室に用があったヤツがそこで見たと言っていた」と。そして、シルバーは声を潜めて彼に注意する。
「フローラのことは、ファーストネームで呼んだ方が良い」
 なぜだという代わりに、セベクは目をしばたかせた。彼の意を汲み取ったシルバーは口に手を添える。
「学園長が勘違いして飛んでくることがある……らしい」
「うん……?」
「俄かには信じがたい話だが……割とあるらしいんだ」
「なんて自意識過剰な……!」
「シッ! 声がでかいぞ」
 
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セベクポリスメン
初公開日: 2020年06月13日
最終更新日: 2020年06月14日
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コメント
twst夢。詳しいことはチャンネルの説明欄を見てね。あと「一人なんだから単数形だろ」っていうマジレスもよしてね。あたりまえだけど閲覧は自己責任。
t
短いお話を予定。大体の説明はチャンネルの説明欄を見てください。
芦葉
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