藤丸の来訪は驚く程に早かった。それこそ、すべての道路の法定速度を無視して来たのではないかと疑う程に。
玄関を乱暴に開き駆け込んできた藤丸と鉢合わせた私が驚いて出した悲鳴に、ヴォイドが飛び出して来たのは面白かったけど。
「まずは1件目と2件目の説明から始めます。最初の被害者はコンサルタント会社勤務の相模幸成28歳男性。百合咲のラブホテル Hotel Solにて腹部を切開され肺の一部が抜き取られた状態で発見されました。2件目の被害者は躑躅坂大学在籍の桑原友 22歳男性。佐久良のラブホテル Wellにて同様に腹部を切開され肺の一部を抜き取られた状態で発見。死因は2件とも内臓損傷による出血性ショック死です。」
「出血が多いな。生きたまま裂かれたんだろう。#name2#、どう思う。」
藤丸を事務所に通してからコーヒーを煎れにキッチンへ引っ込んで戻ってくると、既に説明が始まっていた。三つのコーヒーカップをそれぞれの隣に置いて私も空いた席に腰掛ける。ヴォイドの質問に答えるべく遺体の写真を検死結果を照らし合わせて観察して見ると、写真の中の遺体には腹部以外に傷はなく、この表現は適当では無いかもしれないが綺麗なものであった。手足に鬱血痕は無く縛られた形跡もない上、防御創も見当たらない。
「臓器を抜き取るのは犯罪プロファイル的に考えて儀式的行動に当て嵌まるかと。苦しめ痛めつける為に生きたまま斬りつけたのも生贄の意味を成す場合が有る、よね?」
「しかし今回の被害者には防御創も拘束された跡も無い。身体に刃を立てられれば普通は抵抗するだろう。それに宗教的目的の犯人であれば署名行為を行う。儀式的目的ではないだろう。」
「拘束していないとしたら薬か何かで被害者の意識を奪って殺した可能性も出てきますね。でもそれだと苦しめることは出来ないし、そもそも切り口が綺麗だから怨恨でも無い。となると根本の目的は殺害じゃなかったとか?」
素人に産毛が生えた程度のしょぼいプロファイルを披露して気恥ずかしい気もしたが、ヴォイドを伺えば何故か満足そうにしているから彼も同じ考えなのだろうと少し安心した。対して藤丸は畏怖を孕んだ表情を私に向けている。
「何か…?」
「#name1#さんがすっかりヴォイドさんみたいになってる…。ヴォイドさんが2人も居るなんて、俺嫌なんですけど。」
「黙れ。」
ヴォイドの睨みは相当効いたようで、藤丸は直ぐに口を閉ざした。そして仕切り直す為にコーヒーを一気に煽り、一息ついてから状況の整理に意識を戻す。
「確かに被害者の体内からはフルニトラゼパムが検出されています。」
「フルニトラゼパムってなんですか?」
「慢性の不眠症患者に処方される睡眠導入剤だ。心療内科や精神科を受診すれば容比較的容易に手に入る事から、悪質な連中はレイプドラッグに使用することも有る。」
「レイプドラッグは聞いたことがあります。」
「現場はいずれもホテル街。この国では男同士は目立つ。もし犯人が男ならラブホテルは選ばない。周囲の目から見て不信感を与えない女の犯行である可能性が高い。そして犯人は秩序的に男を選んでいる。恐らく、被害者に共通する何らかの性質を持った男により虐待を受けていたか性的暴行を受けた人物だ。性的に凌辱された人間は自身を汚されたと感じる者が多いが、この女は自尊心が高く自身を清く保とうとしている。ホテルの浴室に血痕が有ったのは犯行後にシャワーを浴びたからだろう。内臓を持ち帰るのは、清い自身の体内に取り込み、穢らわしい存在である男を“浄化してやろう”と考えているからだ。」
「取り込むって…?」
「言葉の通り、体内に取り込んでいる。食しているんだ。」
淡々と言ってのけるヴォイドに目眩がした。人が人を食べると言うのは異常以外の何物でも無い。殺人自体が異常であると言えば其れ迄だが、それ程までに猟奇的な犯行に走る人物を、私は映画や小説の中でしか知らなかった。彼の言葉を咀嚼する度に胃が痙攣し、過剰に唾液が分泌される。ただただ気分が悪かった。
これ以上会話に加わる気にはなれなくて、胃液がせり上がるのを堪える為に視線を逸して俯いた。
「カニバリズムは異常性癖者だけが行うものではない。自身が淀み汚れていると信じ込み清い者を食して自信を浄化しようとする者もいればその逆の者もいる。」
「では被害者に共通する知り合いの犯行、という事ですね。」
「警察はその線で捜査を。オレ達は別の線を洗う。被害者の携帯電話は回収できているか?」
「3人目はまだですが時間の問題です。」
「では解析は警視庁捜査支援分析センター第二捜査支援情報分析係主任補佐の芥ヒナコに任せてくれ。3件目も見つかり次第まわせ。」
「それはちょっと…手続きとかあるんですよ一応。芥先輩怖いし。」
「ヒナコには話を通している。」
「なら何とかします。」
藤丸は私の体調を心配していたが、軽く手を上げて心配無いと意思表示をすれば、一度背中を擦った後で事務所を後にした。
「良い加減にしなさいよ!何よこの携帯!」
場所は変わって警視庁。
体調が悪いなら残っても良いと言うヴォイドの言葉を跳ね除けて着いてきた私は、やっぱり事務所に居れば良かったと後悔していた。
捜査支援分析センター第二捜査支援情報分析係に割り当てられた室内に響く怒号は、彼女の見た目からは想像も付かない程恐ろしく、私の背筋を引き伸ばした。
一方、その怒号を向けられている本人であるヴォイドは素知らぬ顔で、彼女のデスクに並べられたスマートフォンを指さしてあろうことか指図をしているのだ。其れが彼女の怒りを煽り立てるとは少しだって思いはしないのだろう。
「その三台の携帯には共通する連絡先が入っているはずだ。通話記録に無くとも何処かに必ずある。調べてくれ。」
「このッ…だから、そんな抽象的な手掛かりじゃ出てくるものも出てこないって言ってるでしょ!!」
「出来ないか?」
「私を誰だと思ってるの?既に終わったから連絡してやってるのよ。共通する人物はマッチングアプリに居た。全員マメにメッセージをやりとりする人間だったのに誰にも返信していない日がある。念の為に削除されたメッセージを探ってみたら、3人共最後にkikiというアカウントと連絡を取って会う約束をし、デート当日に殺された。これでどう?」「その女の居場所は掴めるか?」
「無理。メッセージを復元できたのはこの携帯の持ち主のアカウントから潜り込んだからよ。それに1人殺す毎にアカウントを作り替えてるからプロフィール迄は見られるけど詳細な登録情報や居場所までは追う事は出来ない。でも此奴はまた現れるわよ。3回とも同じ名前で釣ってるんだから。」
「…なら、おびき寄せられますね。」
「何?」
「被害者をプロファイルして、犯人の標的になりそうなプロフィールでアプリに登録するの。このアプリは電話番号でアカウントを作るから、任意同行で引っ張って携帯番号を聞き出して照合すれば立派な証拠になるでしょ?kikiは3週間置きに殺してるから、今は獲物を見定めてる筈。チャンスですよ。」
「…囮捜査は違法だと知った上でそれを言っているのか?」
「あ。」
「被害者の分析を自宅住所の地理的プロファイルと合わせ、該当するアカウントを見つけ出せば先回りが可能だ。ヒナコ、被害者のアカウントをメールで送ってくれ。また連絡する。」
「別にしなくて良いから。」
「‘コンサルの営業です。二ヶ月前に彼女と別れて寂しいから始めました。気軽に会ってくれる子と仲良くしたいです。’」
「…。」
「‘医大生 失恋1ヶ月記念w 飲み友達募集!’」
「…。」
「‘古着好き カットモデルやってます 彼女は探してません笑 遊んでくれる子絡んで~。’」
「声に出して読む必要ある?」
「印刷する手間が省けるだろう。」
「真顔で読まれると内容が入ってこないのでやめてください。」
「このプロフィールで抱く印象は?」
「軽薄で傲慢。直接的な言葉を避けてるけど、結局3人とも性欲処理が目的でしょ。恋人と別れてすぐに次の相手を探してるあたり、性欲を持て余してる。それと職業をひけらかしてる節がありますね。」
「kikiは自身の自宅から被害者の自宅の距離をみて接触している事から、起点は自宅としこの3点を結んで出来上がった三角形の内側がkikiの行動範囲。謂わばテリトリーだ。秩序型の犯人は自身のテリトリー内での犯行を好む。次の標的はこの内側で探す。」
「なんで?テリトリーはもっと広いかも。」
「自身の拠点から半径10km以上となると母数が増え標的がぶれる。確実に釣り上げ、確実に獲物を手に入れたいのなら近場から潰していく筈だ。」
「」