時計塔十二人の君主の一人にして天体科の頂点に君臨するアニムスフィア家。其の現当主であるオルガマリー・アニムスフィアが秘密裏に設立したのが、私が所属している「記録所」である。
記録所という部署の存在は設立者のオルガマリーの他には所属している極小数の職員にしか知られていない。秘匿しているという事も有るが、そもそも他部所との関わりが一切無いのも理由の一つである。記録所は機器のメンテナンスをしないし怪我を治したりたりもしない。食事や清掃もしなければ、勿論レイシフトも行わない。
我々の職務はただ一つ「フィニスカルデアに在籍する全職員の行動を記録する」のみの部署だ。
マリスビリー氏の自死の後に就任したオルガマリー所長は、先代の独断で選ばれた一部の職員に疑念を抱いていた。一般的な人事選考は行われず、経歴や動機が疑わしい者達を所内に残しておく事を憂いた彼女が、手に入れたばかりの所長権限を用いて設立したのが「記録所」である。
行動記録の管理は主に個人IDの入室記録と施設内に設置された監視カメラによって行われる。対象が魔術師であれば微量に残留した魔力を辿って監視する事が可能であり、我々は職員ひとりひとりに目を光らせ倶生神の如く事細かに記録を付けていた。全ては所長及びカルデアを貶めようとする輩を排除する為に。
「そんな奴居ねえよ…」
一瞬だけ顔を出して「些事も見落とさず報告するように」と念を押して去っていった所長に対して、扉の向こう側へ消えた彼女の背をを見届けた先輩職員の辟易した呟きに、その場にいた職員全員が同意であった。
其の通り、そんな奴は居ないのだ。オルガマリー所長はうら若く精神的にも未熟な面はあれど魔術師としては非常に優秀であり、アニムスフィア当主という肩書も相まって彼女に真っ向から楯突く恐れ知らずはそう居ない。陰口はあれど裏切りを画策するような大それた事をする者を探すとなれば、何もない区画に頻繁に通っていたり、密会を行う者を地道に洗うしか無いのだ。
どの職員も職務を終えれば各々娯楽に勤しんだり眠りに就いたりと、不審な行動を取るものは一人として居ない。稀に密会をしている人物を見つけたとしても、其の全ては周囲に隠して交際しているカップルでだったり共通の趣味を持つ仲間同士の会合だったりと所長へ報告すべき事案は嘗てあった試しがない。
所長直轄の秘匿された部署とは仰々しいが、その実態は職員の生活を覗き見ては小学生の宿題のようなつまらない日常を記録し続ける無意味な組織なのだ。
本日も特に変わりのない職員の平和な日常の記録に徹していた。図書館の利用者は35名。昼間からバーラウンジに入り浸る職員が3名。出勤している医療スタッフは2名。大講堂には48名の入室があるから本日は所長の講義があるのだろう。
代わり映えのない日常だった。いつも通りに「やっぱり何もなかったじゃないか」と苦笑しながらキーボードを叩く、そんな日になると思っていた。
デスクの隅に追いやられていたタンブラーを傾けながら、何気なく無人区画のログを洗っていた私は、とある部屋に不審な入室記録が残されているのを見つけた。
この辺りは主に物品の収納に使用している謂わば倉庫があるが、一般職員が利用するのは生活用品や紙媒体の書類が収められている一室だけで、その他の部屋は厳重に鍵が施されており不審な入室記録があった部屋は通常のIDでは入室する事が出来ない場所であった。
口内に含んだ烏龍茶を飲み下してからキーボードを叩きシステムに潜ってみても、侵入に使用されたIDでは人物を特定する事が出来ず、やむを得ず上長に報告するも「入れたという事は入室許可が出ていたのだろう」という事で特に問題になる事は無く、侵入者の存在が所長の耳に届くことも無かった。
「まただ…」
例の侵入者を発見してから2日ほど経ち、