訓練の後、矢後さんと僕だけが指揮官さんから執務室へと呼び出される。シャワーを浴びてから勝手に部屋へと戻ろうとする矢後さんを引っ張って執務室へと向かう。
指揮官さんから呼び出された理由について、僕には察しがついてる。きっと「あのこと」だろう。腕を引いている彼はきっと気づいていないんだろうな、ある意味矢後さんのせいなのに……と少しだけ憎く思いながら執務室の扉をノックした。
「二人を呼び出したのは、少し確認したいことがあって」
「はい……」
「さっさとしろよ。ねみー」
くあっと欠伸をする矢後さんに、指揮官さんが苦笑いをしてタブレットを操作する。これなんだけど、と見せてくれた画面は僕もよく見たことがある。日本で一番有名で巨大な匿名の掲示板だ。その掲示板のスレッド名にある、僕らを示す名前。
『【悲報?】風雲児のヒーロー、できていた【朗報?】』
『以下ヅイッターの投稿
<やばい、さっき風雲児の久森くんと矢後さんが歩いていて、久森くんに「ファンです!」と声かけて図々しく握手してもらって話してたら隣の矢後さんが急に久森くんの肩抱いて「もーいい?」ってマウント取られた……あれは完全にできてる>
<ごめんね、矢後さん、そりゃ恋人にしらん女がすり寄ってたら気分悪いよね……うう~でも矢後さんのあんな嫉妬に駆られた顔めっちゃレアだし、困惑する久森くんもかわいかった~!>』
『久森くんかわいいから矢後も手出すだろ』
『これ勝手に女が妄想してるだけだろ。名前出てるし、本人達の目にはいってんじゃね?』
『風雲児の二人はナマモノ界隈でも一番人気あるし、前から怪しいと噂は立ってたけど、本当に矢後と久森付き合ってたんだな。腐女子大歓喜じゃん』
指揮官さんに見せられた画面は、たまに、本当にたまにするエゴサーチで昨夜僕も目にしていた。エゴサなんてできればしない方が精神的に良いのは分かっているけど(ヒーローになってしばらくしてくらいに一度好奇心でしたところ、僕は性奴隷になっていたし……)昨日ふと思ってサーチエンジンに自分の名前を入れてみたところ、このスレッドを見つけてしまった。
「確認だけど、この投稿の内容は本当?」
「えっと、なんというか……」
指揮官さんにどう答えていいか分からず、僕は口ごもりながら投稿されるきっかけとなった昨日の放課後を思い出していた。
***
今日もいつものようにいなくなった矢後さんを探して、東エリアのパトロールをして合宿所へ向かう。パトロールのときは勝手にいなくならないで、と小言をいってもこの人にどれだけ伝わっているのかはわからない。
「あの、風雲児の久森さん、ですよね?」
綺麗で澄んだ声が僕の名前を呼んだ。振り返れば他校の制服をきた女の子が立っている。他校の不良以外に声をかけられることが珍しく、またあまり縁のない女子からで僕は動揺して返事をした声が裏返る。
「私、久森さんのファンなんです! あの、もしよければ握手、いいですか……?」
そろりと差し出される小さな手。思わぬお願いに少しだけ挙動不審になってしまったけれど差し出された手を握る。小さい上に柔らかくて、矢後さんの手とは大違いだ。
「この前のバレンタインのイベント、久森さんがいるって知ってたら絶対に行ってました! 悲しいです」
「ああ、あれは手違いで。本当は僕らお呼びじゃなくて……バレンタインなんて柄じゃないですし」
「そんなことないですよ。久森さん素敵だし戦ってる姿もかっこいいし、実はゲーム好きっていうギャップがかわいいし、実際にあのイベントファン増えたらしいじゃないですかぁ」
「えっと、それはまあ……」
たしかにあのイベントはいろいろハプニングがあったものの、風雲児に女性ファンが増えたのは事実だ。しかし普段市民の人から褒められることが少ないから(僕は謝罪窓口なので)少しだけくすぐったい。
顔に熱が集まるのがわかると急に肩を引き寄せられてよろけた。犯人は矢後さんだ。なにするんですか、と見やれば彼はイライラした様子で、女の子を睨み「もー気はすんだかよ」と威嚇する。
「あ! ご、ごめんなさい……私ったら嬉しくてつい……あの、大変だと思いますがこれからも街を守ってください、応援してます!」
ぱっと手を離され、女の子は一つお辞儀をしてから走り去っていく。かわいい子だったな、と思っていると不機嫌そうに「うれしそー」と呟く声が。
「なんですか」
「別に。ニヤニヤして嬉しそうだなって思っただけ」
ふいっとそっぽを向いた矢後さん。矢後さんとは反対に機嫌が良い僕は「ヤキモチなんてかわいいですね」とからかってやる。矢後さんは「は? 自惚れんなバーカ」とだけ言って先に歩き出してしまうので、僕はにやけるのが止まらないまま後に続いた。
***
指揮官さんに答えるために言葉を考えていると、矢後さんが「全部本当だけど、なんか問題あんの?」と平然と言い放つ。指揮官さんは事実確認ができれば良くて、後のことはアライブのほうで対処するからと僕らは早々に解放され、一緒に僕の部屋へと戻ってきていた。
「はは、これウケる」
ほら、と見せてくれた矢後さんのスマホには僕が矢後さんに犯されるショートストーリーが。スレッドにはなんと僕と矢後さんの妄想ストーリーが投稿されていて、何がおもしろいのか矢後さんは、普段重大なチャットですら読まないくせにそれを読んでいた。
「こいつらが書く文、おもしれーの。全部お前が喘いでる」
「もう、そんなこと口に出さなくていいですよ」
ベッドへ腰掛ける矢後さんの隣へと座る。覗いてみると確かに僕が矢後さんにあんあん言わされていて血の気が引いた。けど他のところで試しに検索してみても見事に矢後さんがタチな妄想が多くて、書いてくれているファンの方々には申し訳ないけれど笑ってしまった。
「本当は逆だって知ったら、この人たちどう思うんですかね」
頬に唇を寄せた。そのまま矢後さんの顎に手を添えてこちらを向かせて唇を奪う。ちゅう、ちゅく、と口を犯すと矢後さんの瞳がとろりと溶けていく。
「っん、はぁ、しらね。キョーミねーし」
「……まあ、そうですね」
かわいい矢後さんのことを知っているのは僕だけでいいや。僕を見つめる熱を孕んだ瞳に吸い込まれそうになりながら、そんなことを僕は思った。
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