君のためのアイス。
深夜のアイスは美味しい。今日のフレーバーはチョコレートファッジ。ちょっぴり背徳感。夜中のカロリー摂取は身体に悪いとかどうとか、まぁ僕にはあまり関係ないよねってまだまだ甘く考えてるうら若き二十代前半。しんと静まった部屋にシャコシャコとスプーンが紙カップの底をこする音だけが鳴る。
さて、僕はいま一人、ホカホカぬくぬくのコタツの中にうずくまっているのだけど、ここは僕の部屋じゃない。鼻にかする匂いは華やかさのかけらもないちょっと男くさい残念な香りだしコタツと畳まれた布団と日用品が詰まったクローゼット以外は飾り気もない可愛げもない、モノトーンばかりのザ・男の独り暮らしのワンルームが目の前に広がっているわけで。そして家主は留守。僕はここに家主が不在なのをわかっていて夜も更けたというのにこっそり立ち入った侵入者だ。言っとくけどお酒は呑んでいない。いたって素面。ついでに言うならちゃんと鍵も持ってる。そう、鍵を持ってるんだよね。だから不法侵入じゃない。
コタツって最高じゃん?気温がグッと下がって、モコモコのダウンコート着てても指先が凍えてたまんないくらいのこんな季節にコタツってさ。もう僕はこのコタツに包まれて眠りたいわけ。もっと言うならこれを身体に巻きつけて家に持って帰りたい。コタツを拉致したい。そう、拉致したいんだ。そうだ、それが目的だったんだ忘れてた。僕は今夜、この魔のホカホカマシンを拉致するためにこの部屋に侵入したのだ。それがなぜアイスをのんびり食べてることになるかって?そんなの、冷凍庫の中にアイスがあったからダヨネ。あったら食べるよね。部屋入る、ちょっと寒いからまずコタツ点ける、なんかないかなって冷蔵庫覗く、アイス!食べるよね。そりゃあもう食べるよね。コタツの火力はもちろん強だよね。
これはもう背徳の罠だよ。コタツとアイス。最高。そんで食べ終わったら首まで布団の中に埋れて、これでもかってくらい全身ホカホカにして僕は眠るんだ。あぁ最高。これぞ冬の楽しみだよね。
「じゃ、ねぇーーーーーーーーーわ!」
スパコンっと頭に軽い衝撃。なんだよもーと振り返れば家主の登場である。なに帰ってきてんの?まだ夜の12時過ぎじゃん。
「ぉんまえ、まぁた来てんの?あっ!しかも俺のダッツ!んもーーーー俺が食う前に全部無くなっちまうダロ」
「えっ?なに言ってんですか。これ僕のために買ってきてくれてるんですよねクロオさん」
「ッカーーーーー!ずうずうしいヤツ!!」
バイト帰りのクロオさん(僕より二つ年上のこれでも先輩さんだ)はクタクタの顔して、脱いだニットキャップを壁に投げつけすでにクシャクシャな髪をさらにくしゃくしゃにかき混ぜた。
「クロオさん手洗いうがいしました?僕インフルとかうつるの勘弁ですよ」
「はーーーー?!今から洗いますーーーー勝手に人んちのコタツで人んちのアイス食べてるヤツ見つけてビックリしてここまで来ちゃいましたけど今から洗いますーーーーついでにシャワー浴びてきますけど、おタクさんいつまでここにいるつもりですかぁぁ?!」
「今アイス食べてちょっと冷えちゃったんで、温まるまでもう少しかかりますね」
「知らねーーーーーーーわ!勝手にしろぃ!」
ドカドカと足音立てて狭いユニットバスに飛び込んでくクロオさんを横目で見送って、僕はホゥと息をついた。
指先が冷えていた。カチカチと震えるほど。
クロオさんが僕に鍵をくれたのは、秋も深まる11月初めのころだった。たまたま僕のバイト先がクロオさんのアパートの割と近くだったとか、そのくせ僕のアパートはここから電車で数本向こうで、バイトの終わり時間が予定外に遅くなってしまった時や天候が悪い時などなど不便が重なった時に、見かねたクロオさんが鍵をくれたのだ。困ったときは避難しておいで、なんて優しい言葉といっしょに。
あぁ!なんていい人なんだろう!縁が深いようで浅い僕にさえ手を差し伸べる器の大きさ。道で行き倒れてる人がいたら家まで連れて帰ってきちゃいそうなタイプ。
僕は、その優しさに浸け込んで今ここにいる。魔のコタツの中に。
もう一度ホッと息を吐いて黒と白の千鳥格子柄のコタツ布団に顔を埋めた。いつもあの瞬間は心が凍る。帰宅したクロオさんが僕の背中に声をかける瞬間。いい加減にしろよ、帰れ、もう来るな、鍵を返せと、いつかその口からこぼれるのではないかとキュっと心臓が縮こまるのだ。バカだなぁ、それなら繰り返さなきゃいいのに。でもついついバイトからの帰りは自分の家ではなくこちらに足が向く。薄暗くて誰もいない他人の家に。そして家主が帰ってくるのを待っている。寂しいのかなぁ、ヤダヤダ。そういうのじゃないってば。
「会いたくて、来るんだよなぁ」呻き声みたいな独白は、押さえつけたコタツ布団が吸い込んでいく。
「なぁに言ってんだコラ」
フワッと石鹸の香りがして、頭をグシャっとかき混ぜられた。
「お風呂速いですね。ちゃんと洗ってます?」
「洗っとるわ。なぁ。ツッキーもシャワー浴びてこいよ。いままだ風呂場あったけーから」
「……いいんですか?」
「なぁにが。お前いつものことだろが。そんで泊まってくんでしょ。ドーゾトーゾ」
クロオさんがくしゃくしゃな笑顔で僕に言った。僕は肩をすくめてドーモと答えた。今日も赦された。明日は、さてどうだろう?
僕はいつまでこの綱渡りを続けてくんだろうか。
春になって暖かくなって、コタツ布団が仕舞われてしまう頃に、僕の悪あがきも溶けて消えてしまえばいい。
僕の恋心が誰にもバレないうちに。
おわり。