「その瞳を」
第1話
 要するに、取りつかれたのだ。結論から言えばそうなる。
 俺がその瞳を見たのは一年ほど前のGWで混み合う公園、久方ぶりに顔を出したサークルでのことだった。
 新入生の歓迎など良くも悪くもまあ面倒な仕事を避けるため、3月から4月までサークルの全体連絡を無視していた。ブイブイ鳴る通知音に辟易し、いっそのこと退会してやろうかと思っている内に広すぎるほどの学内で追いかけっこをする羽目になった。息も絶え絶えの俺に告げられた「次回来ないと尾形ちゃん家、会場にするよ」なんて言葉は、「行く」という答えしか与えられなかった。家突しかねないような奴らなのだから仕方ない。当日に急用が入ればよかったものの特に入らず、近くのスーパーで飲み物や追加に必要であろう肉を買い遅れながら会場へ向かう。地下鉄に乗り、途中乗り換えて計20分ほど。内地よりも遅咲きの桜の下、肉の匂いのする煙にまみれて老若男女が騒ぐ公園へたどり着いた。
 去年もこの辺りだったはず、と奴らのいそうな所へと歩を進めればすぐに見つけられた。
「おーい。尾形ちゃん。こっちこっち」
 白石が個人情報保護なんて考えずに大声で呼ぶ。もし俺が誰かから追われてたらどうするんだ、と意味のない想像をする。白石に、応えるように手を上げる。
 肉の前で難しい顔をしてる谷垣に持ってきたビニル袋を渡して、レジャーシートに座る。
「おっ、傷持ち」
「おひさ〜」
 レジャーシートの上には、相変わらずなキロランケとヘラヘラ笑う白石、それともう一人。数多いる新入生の中でも異質だろう顔に大きな傷の付いた男がいた。
「誰そいつ?」
 聞けば、白石が答えた。
「新入生の杉元くん。ちょうど、尾形の話してたところ」
「本人のいないところでどんな話してたのかな」
「尾形ちゃんその顔怖い」
 ニコニコしたら怖いと言われた。心外だ。
「こいつ先週からメンバーになったんだけど今日初めてなのよ。それで傷の話してたの」
 1人だけでも勧誘に引っかかる馬鹿がいてありがたいことだ。ほぼ何もしていないようなサークルに入ろうとするなんて面白い奴もいたものだ。
「先輩とぶつかったときに、平謝りされたんだって」
「まあおっかないもんな」
 顔を上下半分に分ける一文字と、頰を斜めに走る二つの縦線からなる傷跡は誰でも目が行く。唇まで伸びる傷跡はおおよそ一般人が御目にかかれる代物ではない。見たところ平均より高そうな身長も威圧感の原因だろう。
「うちにも傷持ちの奴がいるから聞いてみればって」
 だから尾形ちゃんのこと話してたの、と言う白石が隣を空けるのに合わせて、そこに坐る。
軽く会釈し、
「今日会えなかったら、次回会えると聞いたので」
と新入生はにかりと笑った。
 オハウというアイヌ語で鍋物を意味するサークル名は活動そのままの名前だ。つまり、鍋を食べる会というところだ。そもそもサークルなのかと疑いたくなるが、何故か当局に認可されているのだから、れっきとした公認サークルだ。鍋サークルでも新歓はやっぱりジンパだ。ちょうど今日みたいなGWの中日は特にみんなジンパする。老いも若きも、公園や河川敷、うちの大学の敷地内でも、だれでもどこでも。大学内は場所取りで忙しく、また大学生ばかりだから騒がしくもある。それと比べれば、この公園はマシだ。奇声を発する者も、そこらへんで嘔吐する者もいない。敷地の広い国立大学によくある、校内の桜の栄養分は専らゲロだという話はあながち間違ってもいない
「谷垣、袋取ってくれ」
 渡された袋の中に入れっぱなしだった飲み物をレジャーシートの上へ並べる。
 白石がテンションを上げ、叫ぶ。
「サッポ口ビールじゃん。俺、発泡酒じゃないビール飲むの久しぶりなんだけど!」
キロランケとうるさい白石にビール缶を手渡す。
「谷垣は?」
「今日車なんでいいです」
谷垣と新入生にソフドリを渡し、元の場所に戻る。
新入生はすぐにペットボトルの蓋を開けて、丸々飲み干した。空いたペットボトルの横にもう一本、同じサイダーを置けば、彼は少し恥ずかしそうに
「ありがとうございます」
と言った。
「あ、えと……先輩は肉食べてます?」
「敬語は要らん。尾形だ。白石もこんなだし、上下はそんな気にしないでいい」
 持ってきた酒ばかり飲んでいた俺を気遣うように、声を掛けてきた新入生は少し緊張しているようだった。
 キロランケと白石は
 そいつはすぐに敬語を外し、
よく見たら人懐こそうな好青年だった。
 人のものではなく、美しく気高い獣のようなその瞳が印象的だった。
 どんな色を見せるのかを知りたいとかはなく、そのときはただきれいだなと思っただけだった。
 他愛ない会話を繰り返して早1年程。それまでに触ってみたいとも思うようになった。時折、吸い寄せられてしまいそうになる。もっと間近で、その色の変化をじっくりと見たいと。なんと無駄な試みだろうか。手に入らないものに手を伸ばしてみる。決して知ることのないその瞳の色が知りたかった。
 
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