できました おわります
心中ネタ
 心中するかと言い出したのは冬島で、海がいいと言ったのは東だった。
「いいところ知ってますよ」
 お前そんな、飲み屋行くんじゃないんだから。冬島は笑ったが、じゃあそこにしようと言って東の手を引いた。
 彼らを知る人なら誰もが、思いつく限り最悪の冗談だと思っただろう。そんなこと許される立場でもないと。
 けれど、彼らが守るべき人はもう誰一人としていなくなってしまっていて、だから、彼らを咎める人ももう誰一人いなかった。冬島と東は今や、寧ろ敵に何も渡さず、速やかに死ぬべき立場になってしまった。
 寒風吹き荒ぶ冬の海は曇天で、新月の夜なのに星も見えない。
「お前かわいいとこあんのな」
 冬島が指摘したのは、東が履いているビーチサンダルだった。笑う口元に煙草の煙が一瞬まとわりついて、すぐに吹き散らされていく。
「だって手元に残るプレゼントなんて、これしかもらったことないです」
 いつか冬島が東の誕生日に贈ったものだった。思い付きで、それこそ悪ふざけだった。
 冬島も東も冬生まれで、だから冬島は、こう考えた。誕生日プレゼントに手袋やらマフラーやらをよくもらうのは冬生まれの宿命だろう、誰しもに愛される東隊長なら尚のこと、であるならば、誰とも被らない誕生日プレゼントはきっと夏の風物詩。
 そんな悪ふざけを、実は東は心底から楽しんでいた。半ば以上、惚れた欲目ではあったが。
「海行こうって言ってたのに、結局なあ」
 冬島は恨みがましく呟く。かつて彼らの職場がまともに機能していた頃、冬島と東の休みは、面白いくらいに合わなかった。元々多忙な二人だが、だからこそ、同時に休めることがほとんどない。喫煙所で、廊下で、半荘だけを囲むその部屋で、「次に遠出するなら」と話すことは何度もあった。その中でも、結局、海だけは今の今まで叶わなかった。
「何か用意できるってこともあんまり無いじゃないですか。だから、これもらえたの、嬉しかったんですよ」
 東は苦笑しながら、思い出している。仰々しい包装を解いたらビーチサンダルと対面することになった、その日のことを。未成年が軒並みシフトに入れなくなる新年、日々の多忙に輪をかけて慌ただしい暮らしをしていた東は、冬島に返礼できるものも、悪ふざけに対抗できるものも、何も持ち合わせていなかった。せめて次は奢ると提案の口調で、しかし表情は有無を言わせぬ目線で睨めつける。冬島が「差し引きでお前が損するからやめろ」と応戦したのも空しく、通りがかった隊員から「また東さん困らせてる」と野次が飛び、その勝負は東に軍配が上がった。
「次の約束があれば上等な方で、大抵はありものになるじゃないですか。ほら――」
 東は、吹かれる髪に手櫛を入れる。冬島の顔を正面から見据えて、吸いさしの煙草をやんわりと奪った。一口、吸って吐いて、煙の流れる先に顔を向ける。一呼吸置いて、改めて冬島を見て口を開いた。
「――煙草とか。飴とか、点棒とか、キスとか」
 ひとつひとつに付属する思い出がある。ささやかだけれども、大事な。東はその思い出を、今は冬島の瞳の中に見ている。冬島もそうだった。東の目を見ている。
「色々、言いくるめてきたよなあ」
「お互いにね」
「で、反省もしてる、と」
 冬島が肩を竦めて、煙草を取り返す。風の中で、燃える傍から灰がこぼれ、残ってはいない。フィルターの際まで深く吸って、ポケットから取り出した携帯灰皿に燃えさしを落とした。この期に及んで、捨てることはしなかった。
 東がそっと相好をくずして、可愛いのはあんたも大概じゃないですか、そう言いかける。言葉を遮って、冬島が手を伸ばした。頤をとらえる手、唇には親指で触れ、その指とすれちがうように唇を重ねる。重ねたまま、「もう何も見なくていい」、冬島はそう言った。離れながら、吐息のかかる場所で「もう何も決めなくていい」とも。
「もう何も考えなくていい」
 最後は、ピントの合う距離で視線をからめながら言った。
 東は短く逡巡して、冬島の後頭部に手を伸ばす。冬島は東の腰を抱いて応えた。東の返答は、冬島の鎖骨に落ちた。
「何も考えないのってめちゃくちゃ怖くないですか?」
「分かる、けど、結局はメリハリじゃねえ?」
「冬島さんがそう言うから、俺は騙されたんですよね……」
 そう言って、東が優しく詰るのは、初夜の冬島だった。
「あんたに溺れるのは怖かったですよ」
「俺はぐにゃぐにゃの東、かわいくて好きだったけど」
「もう騙されません」
 きっぱりと断言する口調の東を、冬島はその笑みを深めて抱き寄せる。強い男の見せる、憚るような弱い頬擦りを甘んじて受けた。
 ともすれば風に掻き消える囁き声で、東は強請る。
「ぐにゃぐにゃじゃなくても好きでいてください」
 言葉にされなくても知っているであろうことをわざわざ強請る意味を、よく、分かっている。二人ともが。
「東の方こそ、ずるくても好きって言って」
「ずるいところが好きなんです」
「……最期までお前に言わせるの、ずるいって思う?」
「思いますよ勿論」
「東」
「はい」
「俺、お前のことが一番好きだよ、死んでもいいくらい」
「ずるいですよね、最期まで」
 冬島と東は二人で声を漏らして笑った。その吐息ばかりがかろうじて温かく、荷物の無い体は冷えていた。特に、東の爪先は切れるように冷たく、二人の決意を鈍らせないだけの鋭さを最期まで湛えていた。
 彼らはそのお互いに絡む視線が、生物に頓着しない波濤によって無慈悲に妨げられるのを知っている。彼らのどちらかは、あるいはどちらもが、彼らしか脈絡を知り得ないビーチサンダルを最期に見る。しかし彼ら以外に誰も、彼らを見るものはいない。
(了)
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ワ冬東「あ/だしが原のテンダーサイト」
初公開日: 2020年05月11日
最終更新日: 2020年05月11日
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