目の前の敵に、じりじりと詰め寄られ後ろへ下がればとんと何かが背中にぶつかる。ちらりと見やればそれは同じ戦闘服を着ている矢後さんの背中。ほんの少しだけ自分よりも上にある表情はいつもと変わらず「喧嘩」を楽しんでいるようにも見えるけれど疲労の色も見える。服は所々切り裂かれボロボロで黒でわかりにくいけどきっと血が滲んでいるだろいうし、呼吸も荒い。……まあ、それは僕もだけど。
僕らは今、突如東エリアに現れた中型のイーターの群れと交戦中。しかし今回のイーターは何かがおかしい。倒しても倒してもすぐに新しいイーターが湧いてきてキリがない。それに別個体の群れが現れたのか僕らはいつの間にか敵に囲まれてしまっていた。
「ったく、どっから湧いてくんだよこいつら」
大鎌を振りかぶり、群れへ突っ込んでいく矢後さん。その攻撃は数匹のイーターに悲鳴を上げさせたけれど、矢後さんもすでにふらふらの状態だ。僕の手元の糸も、だんだん威力がなくなってきているのがわかる。彼がイーターを倒したところから退路を見いだせないかと考えるも、やはりそこにもすぐ新しい敵が出現してしまう。
「矢後さんっ、もうすぐ、応援が来るはずだからそれまで耐えてください!」
「んなもん、いらねー!」
「そんなふらふらした足取りで、言わないでください」
彼の援護のため、地面から無数の糸を繰り出した。それに怯んだイーターを矢後さんが刈りとる。敵と距離を取り再び僕へと背を合わす矢後さんの顔はもう限界に見えた。僕だってあとどれくらいでリンクが切れるかわからない。
次で今日使える未来視は最後、と矢後さんの手に触れて目を閉じる。見えた映像に自然と顔が歪む。最悪だ、本当に。ゆっくりと深呼吸をして、僕は様々なことに対して覚悟を決めた。
「矢後さん、あの」
「あ? 何」
「僕、矢後さんのことが好きです」
「はあ? 疲れて頭いかれた?」
僕も逆の立場だったら同じ反応をしただろう。こういうの、典型的な死亡フラグなんだけど、それがわかっていても伝えておかなければ死んでも死にきれないと思ったから。
「疲れてこんなこと言いませんよ……。一緒に過ごすうちに矢後さんのこと、どんどん好きになっていったんです、愛してるのほうの好きです。だから僕は、貴方に生きててほしい」
「お前なに」
けたたましい叫び声が僕らを包んだ。ごめんなさい、という声はこちらへ猛進するイーターに気を取られた矢後さんに届いていたのかわからないけど、僕はその場に矢後さんを押し倒して覆い被さる。
僕が見た未来の映像、それは囲んでいたイーターが一斉に僕らへ襲いかかってくるもの。でも未来の僕は矢後さんに庇われて助かり、その代わりに矢後さんが死んでいた。
矢後さんが死ぬとは今までの経験からは考えられないけど、僕のせいで彼が死んで自分が生き残るなんて耐えられなかった。だから、これで良いんだと思う。
呆気にとられて僕の名前を呼ぶ矢後さんの声を聞いたあと、激しい衝撃と痛みで意識を飛ばした。できれば僕の身体が盾になって、彼を守ってくれますようにと願いながら。
***
「……ん」
ぼんやり霞む視界が捉えたのは見慣れない白い天井。濁る意識の中、状況を整理しようと身体を動かすと鋭い痛みが全身へ駆け抜けた。自分はベッドに寝ていて、腕からは点滴が伸びている。
ここは病院? 僕はたしかイーターと戦っていて、矢後さんを庇って、それから
「ひ、さもり」
ゆっくり顔を動かすと、目を見開いてこちらを見ている矢後さんがいる。名前を呼ぼうと出した声は出し方を忘れていたように掠れている。「人、呼んでくる」と病室から出ていく彼も点滴をガラガラと引きながら歩いていて、入院していることを伺わせた。
矢後さんがお医者さんと看護師さん、それと指揮官さんと一緒に戻ってきて、僕は自分が五日も意識がなかったことを知る。
イーターに襲われた僕は背中に数十針縫う大怪我、骨は何カ所も折れていて、内臓まで損傷する重体。あのあとすぐに指揮官さんが来て僕は緊急搬送されたらしいけど、あと少し治療が遅かったら死んでいた、とお医者さんはいう(無限湧きイーターは矢後さんに加え、応援に駆けつけてくれた認可校ヒーロー達の協力で無事に倒されたそうで安心した)。
血性のおかげで普通の人よりは治りは早いけれどそれでもしばらくは絶対安静を言い渡しお医者さんたちは病室から出て行く。指揮官さんは「自分がもっと対応できていれば」と何度も謝られてしまったけど、自分の力不足でもあるので逆に申し訳なくなってしまった。
「ごめんな、あまり負担かけてもダメだから俺は一度戻るよ。持ってきてほしいものがあれば遠慮なく言ってくれ。……矢後も、いつまでも久森のところにいるんじゃなくて病室戻るんだよ」
いつもより少し甘い指揮官さんが出て行って、病室には僕と矢後さんだけになる。
そういえば、あのとき僕は半分死ぬ気だったから矢後さんに告白したんだっけ。今になってじわじわ恥ずかしさが湧き上がってきてしまい、矢後さんの顔が見れない。できれば矢後さんの記憶から抜け落ちてればいいと思う。
「なんであんなことしたの」
「え……」
「お前に庇われるとか、胸くそ悪い」
「うぅ、すみません…でも」
苦虫をかみつぶしたような顔で不満を露わにされる矢後さんへ、あのとき見た未来のことを話す。ああでもしないと、僕が矢後さんに庇われて矢後さんが死んでたんですよ、と少し掠れがましになった声で伝えれば「だからあんなこと言ったのか」と呟いた。
「俺のこと好きだから、生きてほしいって」
「あぅ……いろんなこと忘れるくせに、それは覚えてるんですか」
「なあ、本当に俺のこと好きなの?」
きっと僕の顔は真っ赤だろうけど、驚くことにそう聞いてくる矢後さんの頬も紅い気がする。熱のせい、だろうか。でも、熱で苦しそうというよりはなんだかニヤニヤと楽しそう。
「……好き、ですよ。あのときは勢いで言っちゃいましたけど、本当は言うつもりありませんでした」
「なんで」
「なんでって……気持ち悪いでしょ、男の僕にそんな目で見られてても」
「は? 俺の気持ち勝手に決めんな」
「え」
矢後さんの表情は付き合っていくうちに分かりやすいと思うようになったけど、それでも何を考えているのか、表情から読み取ることは難しい。今は嬉しい、のかな。ううん、でも不満そうにも見えてどちらかと言えば怒っている……のかな。
「……俺も久森のこと、あー……好き、なんだと思う。知らんけど」
「えぇ、自分の気持ちなのに知らないって、どういうことですか」
「だからぁ、好きとかよくわかんねーけど」
頭をボリボリと掻きながら、そう前置きをして矢後さんは続ける。
「久森が起きなくて死ぬかもって言われてたとき、すげー嫌だった。これからも一緒にいたいのに、早く起きろ、お前だけ言い逃げしてんじゃねーって思った」
それじゃ、返事にならねーの? と聞いてくる彼にドキドキと鼓動が早くなる。思いっきり彼を掻き抱きたいのに、動かない身体が憎い。
「……ふふ、矢後さんからそう思ってもらえてるなら、それは十分返事になりますね」
「あっそ」
「僕、生きててよかったです。矢後さんと両想いだったのに、死んでたらもったいないし」
「はは、お前は死なねーだろ。なんだかんだしぶといし」
「む、さっきは僕が死ぬかもって言われて嫌だと思ったって言ったくせに」
「そーだっけ、忘れた」
「まったく……まあ矢後さんと一緒にいるなら僕くらいしぶとくないと付き合いきれませんからね」
「喧嘩売ってる?」
「まさか」
握った拳を解いてもらい、格好はつかないけど横になったままもう一度僕は彼に伝えることにした。
「矢後さん、僕は矢後さんのことが大好きです」
おわり
カット
Latest / 144:21
カットモードOFF