モチーフ楽曲
 ASIAN KUNG-FU GENERATION『バタフライ』
 アルバム『ファンクラブ』収録
pixivに投稿済み
#BanG_Dream! #八潮瑠唯 バタフライ - 白山胡蘿蔔の小説 - pixiv
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「勝てるものに時間を使いなさい、瑠唯」
 ハンドルを握る父はバックミラー越しに言ったきり、口を結んで黙り込む。十五歳という年齢は、その言葉を理解するのに十分な長さだと瑠唯は思った。
 ひらがなや九九を全部覚えるより先にバイオリンを手にしていた。幼稚舎に通う以外は常に練習していた。そのことは別に珍しくもない。あくまでスタートラインに過ぎない。マンツーマンのレッスンを受け、いくつものコンサートを鑑賞し、いくたびとなくコンクールに出場した。瑠唯の人生は音楽とともにあった。
 しかし、瑠唯がトップに立つことはなかった。最高でも二位。姉というには年嵩で、母というには年若な、赤いフレームの眼鏡をかけたレッスン講師は「二位でも立派よ」と瑠唯を労ったが、両親は違った。
「すっかりシルバーコレクターだな」
 父親の冷たい台詞の意味は調べなくてもわかった。
「白金さんのところは、いくつも賞をもらってるのにね」
 母親が溜息交じりに吐く言葉こそが皮肉なのだとわかった。
 白金燐子。ふたつ年上の彼女は両親を経由してできた知人だ。ピアノとバイオリンで楽器は違うが、彼女の演奏は何度か目にしていた。
 瑠唯の座る最前列からほんの五メートル程度離れた舞台の上で繰り広げられる、現実感の無いほど飛び抜けた演奏。彼女にとっての『勝てるもの』は音楽であって、瑠唯にとってはそうでなかったのだ。そのことを思い知った中等部最後のコンクールだった。
 バイオリンはケースごと粗大ごみに、防音室の棚にぎっしり詰まった楽譜は資源ごみに出した。運び終えると、ごみ捨て場には小さな山が出来ていた。空気がぴんと張った冬の朝だった。学校から帰ってくるとごみ捨て場はもぬけの殻になっていた。瑠唯はその前で立ち止まって、ひとつ息を吐く。小さな靄が夕闇に漂って消えた。
 瑠唯がバイオリンを辞めても、日々は当たり前に流れていった。もしかしたら何か劇的なことが起こるかもしれない、と思っていた。ひょっとしたら身体や精神に不調を来すかもしれない、と他人事のように考えていた。予想は外れた。
 未練はない。これ以上はないと自分で思える程の努力を積み重ねてきた。その結果がシルバーコレクターだ。『勝てるもの』ではなかったのだ。たとえそれまでの人生の殆どを費やしていたとしても。
 他の『勝てるもの』を探す必要がある。今までバイオリンに使っていた時間を回して自分を磨けばいい。スポーツよりは学業の方がトップに立つのは容易いだろう。秋口からぴりぴりした雰囲気を纏っていた外部進学組に混じって、勉強に打ち込んだ。弓の代わりにペンを握り、弦の代わりにノートを押さえた。そうやって、陽が短くなり雪がちらつく白黒の日々を少しずつ削っていった。
 高等部に上がって初めての春、庭園の樹が葉桜に変わる頃。生徒会の仕事を終えた夕方だった。
「あー、いっぱい練習した~!」
 庭園のベンチから間延びした声が聞こえた。会話の内容から察するに、最近生徒会に苦情が入っている『騒音』の主だろう。打楽器の音、アンプで増幅されたギターの音。調和の取れていない音が、歪な像を作っていたのを思い出す。
「さっきの演奏は、貴方たち?」
 演奏とは呼べない騒音、不備だらけの申請書。結果も過程も粗末な活動に教室を貸すわけにはいかない。そう考えて、監視役として彼女たちを見張ることにした。
「……あ、八潮は? 八潮なら作れるんじゃね? バイオリンやってたんだし、作曲もできそうじゃん!」
「八潮さんが……?」
「……曲なら作ったことがあるわ」
 透子に水を向けられ、事実をそのまま伝えた。
 自分で曲を作って演奏することは、誰かの作った曲を理解することにも繋がるから。講師にそう勧められて作曲をしたことがある。確かその楽譜は捨てずに置いてある。捨てなかったのか捨てられなかったのかは不確かだ。ないと思っていた未練は、心の片隅に滲んでいたのだろうか。
「色々いじってこんな感じの曲になったけど、どう?」
「めちゃめちゃヤバいじゃん! マジ名曲だよ、広町!」
 自宅の防音室で生まれ、どこにも披露することなく眠り続けていた音楽は、七深の才能によって掘り起こされ、独奏曲から協奏曲に生まれ変わった。
「わ、私のは見なくても……」
「見てもいないのに何も言えないよー。ほら、倉田さんの歌詞も見せて」
「あ、これじゃない? しろちゃんの歌詞!」
 そしてましろの言葉を帯び、風景を纏う。
 あの日資源ごみに出さなかった。 たったそれだけのことが、彼女たちに光明を齎した。
 廊下の窓から柔らかな陽が差しこむ、よく晴れた日。放課後、いつもの空き教室に向かう途中。見覚えのある人影が、窓際の壁にもたれて立ち尽くしていた。地面に落とした視線を寄る辺なく彷徨わせ、ときおり唇を舐めては溜息を零す。ましろだ。
「こんなところで考え事?」
「八潮さん……」
 瑠唯が話しかけると、じっとり湿った視線を投げかけられた。
「練習はもう始まっているはずだけど。私もこれから行くところよ」
「……行かない。もうバンドはやめるから」
 ましろは憮然とした表情で呟いて、視線を逸らす。
「どういうこと?」
 確か、ましろが言い出してあのバンドは始まったはずだった。
「……実は」
 落ち着きなく両手の指を擦り合わせながら、ましろは語り始めた。
「そう。事情はよくわかったわ」
「やっぱり、私にバンドなんて向いてなかったんだよ」
 俯いたまま、言い聞かせるようにましろは言う。
 瑠唯に歌のことはよくわからない。それでも、ましろに才能がないことくらいはわかっていた。ピッチは頼りなく揺れ、声量も楽器に掻き消されないようにするので精一杯だった。
「たくさんの人の前で歌うようなタイプじゃないし、特別歌がうまいわけでもないし……みんなだってそう思ってる。あれからバンドをやめるの止めに来てくれなかったし」
 ましろの口調は途中から、不平を言うような、自分以外を責め立てるようなものに変わっていた。
「止めて欲しかったの?」
「え?」
 瑠唯の問いに、ましろは虚を突かれたという顔をする。
「止めてくれたらバンドを続けられたかもしれない。そう言ってるように聞こえるけど?」
 ぐ、とましろが唇を噛む。
「だとしたら、随分甘えたことを言うのね。何をするかはあなたの問題でしょう。周りに理由を求めるのは間違っているわ」
 瑠唯は思い出す。灰色の空が広がっていた冬の日を。中等部最後のコンクールの結果を。ハンドルを握る父親の言葉を。燐子と自分の違いを。その全てを踏まえて、瑠唯は自らの意志で選んだのだ。なのに、ましろは。
「だ、だって……」
 ましろは言い訳がましい目つきで瑠唯を見上げる。瑠唯はそれに取り合わず、ひとつ息を吐いた。淀んだ空気を入れ替えたくて、窓に手をかける。押し開けるとちょうど風が吹いて、緑の葉を巻き上げた。じきに初夏が来て、中庭の樹はより緑を濃くする。
「バンドをやめようと思ったことは間違っていないと思う。先が見えないものに見切りをつけることは正しいわ」
 窓の外、遠くから聞こえる管楽器のロングトーンが、晴れた空に伸びていく。吹奏楽部の基礎練習だ。何気なく広がる音でも洗練されているのがわかる。才能と努力。この学園は、両方を兼ね備えた人物が大半を占めている。『勝てるもの』に時間を使っている人物が。
 瑠唯は空を見上げ、ましろに告げる。
「勝てないものに時間を費やすより、勝てるものに時間を使った方がいい。両親の言葉だけど、私もそう思う」
「そういえば、バイオリンを辞めたのも先がないからって」
「ええ、見切りをつけたの。子供のころから習っていたけど、コンクールでトップに立ったことはなかったから」
「あんな曲が作れるのに……」
 納得いかない様子でましろが言った。
「結果が全て。あの子のようにはなれなかったわ」
「あの子?」
「知り合いにピアノが上手な子がいるの。あの子のように……」
 言いかけて、やめた。ましろには関係ないことだ。それに瑠唯も、触れたくはなかった。
 いつだったかコンクール会場で、お互いの両親を交えて世間話をしていた時のことだった。
 瑠唯の両親は燐子を褒めそやし、うちの子なんて、と謙遜なのか瑠唯への当てつけなのかわからない言葉を何度も吐いていた。刺々しい空気を察したのか、燐子は瑠唯の両親にも聞かせるように言った。
『……わたしは、瑠唯ちゃんのバイオリン、好きだよ』
 しかしその言葉は瑠唯をより惨めにするだけだった。
 あなたがそう思ったところで、私の音は。
「……ともかく、才能の無いことを続けるより、自分の才能を活かせることをした方がいいわ。もちろん、あなたにそれを強制するつもりはないけど」
 瑠唯が一息に言うと、ましろはまた一つ溜息を吐いた。暖かくなり始めた風が、その靄を浚っていった。
 数日して、夕方。斜めの陽に照らされる庭園で、七深は自嘲気味に言った。
「才能なんかあったって、変に期待されたり妬まれるだけだよ。いいことなんてひとつもなかった」
 厄介事を抱えているような声色だ。目を逸らし、口の端で笑う。
 十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人。巷に溢れかえる平凡が、一握りの非凡に向かって投げかける嫉妬紛いの言葉。それに七深も当てはまるのだと、生徒も教師も両親も口を揃えた。しかし編曲もベースの演奏も、始めたばかりとは到底思えない。七深にとっての『勝てるもの』はそこら中に転がっているのだろう。なのにそれを隠し、あまつさえ疎むような態度すら見せる。
「だから、ありのままの自分って好きになれないんだ。みんなと同じになれたらいいんだけどね……」
 こんなものはごみ捨て場に出してしまいたい、とでも言いたげだった。瑠唯は返す言葉が見つからず、ただ七深を見つめた。暫くの間があって、じゃあね、と言葉を残して七深は去っていく。
 確かに才能がないのに、やめる決断すら自分でできないましろ。確かな才能があるのに、活かそうともしない七深。見えているものから目を背ける二人のことが、瑠唯は理解できなかった。
 瑠唯の言葉に従ったのか、しばらくましろは空き教室に姿を見せなかった。
 それでも三人は毎日顔を合わせ、ああでもないこうでもないと言葉を交わす。
 よく続くものだな、と瑠唯は思う。途中で教室を勝手に使おうとした生徒を追い払ったが、助けたつもりも期待しているつもりもない。彼女たちが正式に教室の使用を取りやめるのを待っているだけだ。それなのに感謝だの感激だのとかしましい三人(特に透子)にむず痒くなっている時だった。
「あれ? 廊下にいるのって……」
 七深の視線の先に、ましろがいた。
 何日かぶりの演奏は、格段の進歩を遂げていた。これなら苦情も入らないかもしれない。
「じゃあ、そろそろもう一曲やってみよっか」
「あ、その前に……」
 七深がおしゃべりを切り上げようとすると、つくしが瑠唯を見やる。
「どうかした?」
「八潮さんも、私たちと一緒に演奏してみない? 八潮さんの演奏聞いたことないなって、みんなで話してたんだ」
「そうそう。八潮さんのバイオリン、聞いてみたいなー」
 七深とつくしが顔を見合わせて微笑む。
「もう音楽は辞めたと言ったでしょう。それに、楽器がないじゃない」
「そう言うと思って……ほら! バイオリン、音楽室で借りてきた!」
 見ると透子が、くすんだボディのバイオリンと弓を得意気に掲げる。その後ろで、ましろが期待に満ちた表情で瑠唯を見つめている。
「……どうしても演奏させたいみたいね。わかったわ、一度だけよ」
 瑠唯の言葉に、わっと小さな歓声が湧く。もともと大したことの無い技術が、数か月のブランクで更に落ちている。期待されてもきっと応えられない。一度だけ演奏すれば済む話だ。
 ネックを持ち、左肩にボディを載せてその上に顎を置く。弦と直角になるように弓を添える。慣れ親しんだ動作、慣れない楽器。ちぐはぐな感覚でも、すぐに馴染んで身体の一部になる。
「みんな、準備いい?」
 四人を見やるつくしの視線が、期待と緊張の間で揺れる振り子のようだった。全員が頷くのを見て、つくしはおずおずとスティックを構える。
「ワン、ツー、ワンツースリーフォー!」
 よく通る声とスティックの音。弓を持つ右手と弦を押さえる左手に、ほんの少し力が入った。
 初めて作った曲。当然、作法はわからなかった。レッスン講師に聞くと、彼女は赤いフレームの眼鏡の向こうに暖かい光を灯して言ったのだった。
『楽典とかコード理論とか参考になるものはあるけど……一番大事なのはね、瑠唯ちゃんが弾きたいフレーズを弾くことだよ』
 自然に、思いつくままに、弓と弦で音を編む。ずっと触れていなくても、身体が覚えていた。ドラム、ベース、ギターが寄り添う。独奏曲から協奏曲に。徐々にスピードを落としていく。丁寧に、繊細に。細く伸びた音が霞んで消える。瑠唯はそこで四人を見やり、視線で合図する。刹那、短いフレーズを挟んで音が重なる。バスドラムとスネアの逸るビート。歌うようにうねるベースライン。小気味よく刻むギターのバッキング。つくしがはっとした表情でドラムセット越しに瑠唯を見つめ、七深はいつものように穏やかに微笑む。透子が白い歯を覗かせる。
 ましろは少し気圧されたような顔をしたものの、すぐにその瞳に決意が灯った。小さく息を吸い込んで放った歌は、以前より力強さを増していた。
「正直、貴方たちに音楽の才能があるとは思えない」
「はっきり言うね……」
 演奏の後、告げた。苦情は入らないだろうが、だからといって根本的なことは変わらない。
「それは私も同じよ。だからこの先がないと判断した。でも、貴方たちは続ける道を選んだわけでしょう?」
「そ、それはバンドがやりたいから……!」
 廊下で見かけた時とは打って変わってましろが熱の籠った口調で訴える。
「つまり、現実より感情を優先したということよ。いい判断とは言えないわね。自分の適性に合ったことをするべきだと思うけど」
 瑠唯の言葉に、空き教室は静まり返る。沈黙を破ったのは透子だった。
「まあ、この学校のやつってそういうやつ多いよね。自分の得意なことをやってるっていうか」
 そこで言葉を区切り、真っ直ぐに瑠唯を見据える。
「けどさ、八潮はその……なんだっけ? 感情を優先したことってあんの?」
「あるわけないでしょう」
「じゃ、わかんなくね? 何が良い判断だとかさ」
「そ、そうだよ! やってみなくちゃわからないじゃない!」
「う、うん……!」
 透子が歌うように言い、つくしも同調する。ましろは何度も頷いて、じっと瑠唯を見つめる。
「……確かに。よくない判断だと断言はできないわね」
 いくら努力しても瑠唯がトップに立てなかったのは現実だ。
 しかし、感情はどうだった? 吐く息が白く漂う冬の朝。積もり積もった過去の結晶を、幾星霜連れ添った身体の一部をごみ捨て場に出したあの時。一瞬、本当に一度瞬きをするくらいの僅かな間……レッスン講師の顔を思い浮かべた。
 バイオリンを辞めたことは、電話で伝えた。
『……そう。瑠唯ちゃんが後悔してないならいいけど……ちょっと残念。先生、瑠唯ちゃんのバイオリン、好きだから』
 いつかの燐子と同じような言葉。瑠唯はそれを受け流し、電話を切った。
 空気がぴんと張った冬の朝。或いは中等部最後のコンクールの日。夕闇に消えた溜息のように心の隅に引っかかった何かを優先したら、違ったのだろうか。
 演奏の前、震えながらも確かな意志の籠った声でましろは言った。
『こんな私でも、一緒にバンドしてくれますか……?』
 目の端に涙を浮かべ、絞り出すように心の内を伝えた。あんな風に、続けさせてくれと両親に訴えていたら。都合じゃなく希望なんだと拝み倒したら。これからずっとトップに立てないのかどうかは、やってみなくちゃわからないと未練がましく、往生際悪く、足掻き続けたら。
 その先に何があるのか、瑠唯は知らない。
 不確かなものを追った先に何があるのか。
 なら、この目で確かめるために。
「わかった。バンドに入ってもいいわ」
「えっ?!」
 瑠唯の言葉に、四人が驚きの声を上げる。
「い、今の流れで入ってくれるんだ……」
「少し、興味が出てきたから。先の見えない道がどこに続いているのか……感情より現実に従うべきだとは、思っているけど」
「う、うーん……やっぱりロボっぽい」
「けどさ、感情より現実にって……八潮もホントは音楽続けたかったってこと?」
 透子の問いに瑠唯は答えない。というより、答えを持ち合わせていなかった。少なくともあの時は、辞めるのが当然だと思っていた。そしてその判断は間違っていないと思う。
 それにしてもこの人は、軽薄な振る舞いをする割にどうしてこうも鋭いのか。
「ま、ともかく! 八潮さんが入ってくれるなら心強いね」
 つくしが元気よく言い、瑠唯はバンドに加入することとなった。
 歓迎の焼きそばクレープは辞退しておいた。この判断も間違っていないと確かに思う。
 自宅の防音室。取っ手を押し上げてドアを閉めると、中を満たす静寂がより濃くなったように感じた。カバーの被さったピアノと椅子。壁一面を埋める棚は、瑠唯の使っていた部分だけがぽっかりと空になっている。
 音楽室から借りっぱなしのバイオリンと弓をそれぞれのケースから取り出し、構える。数か月間のブランクが、鎖骨の辺りを軋ませる。
 弦と直角に弓を当て、弓元から弓先へ。そして弓先から弓元へ。音は収縮を繰り返し、五メートル四方の防音室に響く。鉛筆を削るように繰り返して、心を研ぎ澄ましていく。物心つく前から繰り返していたメニューだから、いつもの量は身体で計れる。
 ボウイングの次はフィンガリング。棚に置いてある振り子式メトロノームの前面を開いて、モデラートの位置に遊錘をずらす。振り子を留め具から外すと、鼓動よりも少し早いリズムをかつかつと刻む。瑠唯は左手を何度か開いて閉じてを繰り返し、再びバイオリンを構える。人差し指中指薬指小指、十六分音符のリズムに合わせて真上から弦を叩く。反対に弓はゆっくりと、深呼吸ほどの速さで動かす。
 他にもいくつかのメニューをこなして、曲の練習に移る。七深が打ち込んだ音源をイヤホンで聞きながら音を合わせると、音楽祭のステージが脳裏に過ぎった。
 ブドウ畑を模した形状のホールは、ステージ上にも段差がある。瑠唯と反対側、下手。七深が頬れ見ながら繰り出すフレーズが、空気を重く震わせる。中央、ステージ奥。時折見やるつくしの姿がいつもより大きく見えるのは、段差の上に位置しているからだけではないように感じた。バスドラムの低音とスネアの高音が、背中を支えてくれる。瑠唯と同じ上手側。透子が白い歯を覗かせて笑う。騒がしく落ち着きのない性格とは裏腹に、刻む音は地道な努力の結晶だ。そして中央、ステージ手前。意志を灯した瞳で、ましろは前を見据える。声を、言葉を放つ。ずっと一人だったコンクールの舞台とは違った温度が瑠唯の身体を満たす。
 音と歌が客席に響いた時、瑠唯は確かに見たのだ。観衆の瞳の輝きを。
 最後の音が伸びてやがて消えた時、瑠唯は確かに聞いたのだ。湧きあがる喝采を。
 前奏曲が終わりに近付く。画竜点睛を欠かないよう、瑠唯は慎重に音を締めくくった。防音室がしんと静まり返る。
 鎖骨の周りに滲む痛みも、ましろを中心にした半径五メートルで響き合った音と歌も、観衆の瞳の輝きも、湧きあがった喝采も、確かなものとして瑠唯の中にある。
『あなたの輝きが道を照らす』
 月ノ森の校訓は、バンドの目標にもなった。
 Morfonica。変わりたいと願い、奏でる交響曲。
 確かなものを胸に、不確かなものを追い求める。
 音を連ねて紡ぐ繭が、蝶になる日を待っている。
 
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・以下構想とかボツにした文章とか雑多
・この辺は原作(アプリ)の台詞を写経
「こんな私でも、一緒にバンドしてくれますか……?」
 震えながらも確かな意志のこもった声で、ましろは言う。
「もちろん!」
 三人の声が揃い、ましろは目の端に涙を浮かべたまま、顔を綻ばせた。
「透子ちゃん、すごい。前よりずっとうまくなってる」
「なんとなく弾いてたところも、しっかり弾けてるじゃない」
「ふっふっふ、あたしも最近は家で練習してるからね
 !」
「あれ、家じゃ練習しない主義じゃなかったっけ」
「うん。ギター弾くの楽しくなってきたし! 家でずっと練習してる。っていうか、倉田もかなり声出るようになってきたじゃん」
「う、うん。私も、ちゃんと大きい声出せるように、お風呂で練習してるんだ。って言っても、また言い訳が出ちゃうかもしれないけど……」
「ふふ、それが言い訳になってるよ」
「……こんなところね」
「だいぶ技術が落ちているわ。つまらない演奏をしてしまったわね」
「はあ!? 今のでつまらないってどんな世界だよ!!」
「う、うん! 八潮さん、こんなに上手だったんだ……!」
「つまらない演奏はつまらない演奏よ。今のが良い演奏だと思うなら、もう少し他の演奏を聞いてみた方がいいわ」
「いや、八潮さんの基準が高すぎるんだと思うけど……」
「というか……ね、八潮さんも一緒にバンドやらない?」
「バンド?」
「そんなに弾けるのにもったいないよ~! こうしていつも一緒に居るし、それなら一緒にバンドやった方が楽しいと思う!」
「確かに、いつも見てるだけで何もしてないもんな。まあ、あたしらに期待してるなら、一緒にバンドするのもいいんじゃね?」
「あ、この前八潮さんが助けてくれたって言ってたね」
「だから、それは勘違いよ」
「でも、八潮さんが入ってくれたらますますバンドがレベルアップすると思う! こんなにバイオリン上手だし、曲だって作れちゃうし!」
「どれも貴方たちの都合じゃない」→ここの『都合』のアクセント微妙だよね
「あ、あはは、都合っていうか希望かな……?」
「……わからないわね。敢えて先の見えない道を選ぶなんて。貴方たちも、そこにまた戻ってきた倉田さんも」
「先の見えない道ってバンドのこと?」
「正直、貴方たちに音楽の才能があるとは思えない」
「はっきり言うね……」
「それは私も同じよ。だからこの先がないと判断した。でも、貴方たちは続ける道を選んだわけでしょう?」
「そ、それはバンドがやりたいから……!」
「つまり、現実より感情を優先したということよ。いい判断とは言えないわね。自分の適性に合ったことをするべきだと思うけど」
「まあ、この学校のやつってそういうやつ多いよね。自分の得意なことをやってるっていうか。けどさ、八潮はその……なんだっけ? 感情を優先したことってあんの?」
→引用するならここの後半からかな
 直径五メートルの円の中で、音を、歌を交わす。ひとりで演奏し続けていた時とは違う感覚が、確かに身体の中に満ちていく。
 学業、スポーツ、なんでもいい。
 ひとまず、進路の選択肢を増やす為に学業を選んだ。
 音を合わせることもなく、散発的な会話が生じては散る。バンドの顔とも言える存在を失ってよく続くものだと溜息を吐いたところで、教室を代わりに使おうとする生徒が現れた。生徒会の許可もなしに使用権の譲渡は認められないと突っ撥ねた。
「助けてくれて、ありがとう!」
「何の話?」
「あたし、八潮のこと誤解してたかもしんない! あんなこと言ってくれるなんて、マジ感激だよ!」
 助けたつもりも期待しているつもりもない。それなのにつくしも透子も
しかし、感情はどうだった? 吐く息が白く漂う冬の朝。積もり積もった努力の結晶を、幾星霜連れ添った身体の一部をごみ捨て場に出したあの時。レッスン講師の顔を思い浮かべなかったか? 
「うう、楽しかったー!」
「ちゃんと弾けてマジ良かったー!」
「ライブ、盛り上がってたよね。みんな楽しそうに聞いてくれてた」
「うんうん! 拍手もたくさんしてもらえたし、ちょっと感動しちゃったよ~!」
「あはは、わかるわかる! あたしも~!……って、こういうこと言ってると絶対八潮が来る!」
「?」
「どうせ、『みんなバンドがもの珍しかっただけよ』とかなんとか言うつもりだろ!」→ここすき
「言わないわよ。物珍しさなのか本当に楽しんているのか、見ればわかるでしょ」→ここもすき
「八潮さん……」
「ね、倉田さん。輝く景色見えた?」→ドームライブイベントでましろちゃんって呼んでたの何?
「少しだけ……ちゃんとライブできたけど、まだまだだし。でも、見えた気がしたんだ。あの日、CiRCLEのライブで見た、輝く世界に続く道が」
「ふーん……あ、なんだかそれって、うちの学校の校訓みたいだね」
「校訓? 何それ?」
「何それって……校訓だよ、校訓! 入学式の時、先生も言ってたでしょ!」
「えー……なんだっけ?」
「あなたはもう少し、自分のいる場所のことを知った方がいいわね。そこの石碑に刻んであるわ」→原文だとここ読点がないんだけど好みで入れた
「『あなたの輝きが道を照らす』……!」
「自分の中の輝くもの、自分にとって大切なものが、進むべき道を照らしてくれるってことだよ」
「ね、これ、私たちの目標にしない? 輝きを見つけて、いつか輝く景色に辿り着くの」
「いいじゃん、それ! 輝ける場所を目指すバンドってなんかカッコいいし」→ここの台詞回し不自然というかなんか口語っぽくないというか急に詩的やなという感じでム?ってなる 広町・桐ケ谷もそういう感性持ってんのかな
「校訓をバンドの目標に……うん、月ノ森生らしくていいと思う」
「私も構わないわ」
「私も。あの景色を見れるように頑張ろうね」
「……あ、ちょうちょ!」
「あはは、私たちの上をくるくる飛んでる。この子も応援してくれてるのかな」
※ここからましろのモノローグなので瑠唯からは見えない
 鎖骨の辺りに滲む痛み
 ましろを中心にした半径五メートルで響き合った音
 確かなものを握り締めて、不確かな未来へ進む
シーン割
* 瑠唯とましろの会話
   才能の話
   ましろのことをどう思う?自分のことをどう思う?
* 演奏
* 瑠唯加入
   不確かなものを追う決意
* ライブ(音楽祭)→自主練のシーンと両方あると間延びするから排他。どっちか片方だけ入れる
* 自主練→家、両親に見つかる どんな会話をする? 父親は何も言わない?→バイオリン捨てさせたのと矛盾するし微妙。必須要素は瑠唯のモノローグくらい(両親がどういう人物かまだ見えない)
 →両親が捨てさせたのではなく、あくまで瑠唯の判断では? 促したとは思うけど、直接やめろとは言ってないはず
最近生徒会に苦情が入っていたのはあれだろう。主を突き止めることにした。
しかし中等部最後のコンクールを終えても、瑠唯がトップに立つことはなかった。
瑠唯が選んだのか両親が選ばせたのかは定かではない。そのことも別に珍しくもない。
とにかくそうやって中等部最後のコンクールを終えても、一度もトップには立てなかった。
コンクールの帰り、車内。ハンドルを握る父バックミラー越しに私を見て言った。
勝てるもの。私にとってのそれが音楽ではなかっただけの話。
「八潮さん、音楽祭の申し込みがまだみたいだけど、どうしたの?」
「出ません」
「え、どうして?」
「バイオリンは、もう辞めました」
「そんな……何か、事情があるの?」
「トップになれませんでしたから」
「……そう。八潮さんが後悔してないならいいけど……ちょっと残念。先生、八潮さんのバイオリン好きだから」
→春の描写やるなら入れてもいいけど必須ではない、ピントがボケる感じあるな 
 冬の情景を書いておいて次のシーンでいきなり春になるのは違和感がある
 八潮にとってのモチベーション
 感情と現実、確かなものと不確かなもの→独奏曲と協奏曲、歌詞がつくことによる抽象の具象化?
 名前が決まった、モルフォ蝶、交響曲の書け合わせ
 透子の言葉「正しい判断かどうか、わかんなくね?」
 不確かなものに手を伸ばすということ、確かに間違っていると決まったわけではない
 絆されているのだろうか?→合理的な判断でもある
 瑠唯が捨ててきたもの、また拾ったもの
 →積もった過去、バイオリンやってた頃の物理的なものも精神的なものも
 →今度は何が違う? 白黒、色とりどり
 →バイオリンを辞めた冬、また始める春
 五メートルの現実感
 →舞台の上と下=「あの子」と瑠唯、モのみんなとの距離、舞台の下
  舞台の上で繰り広げられる現実感のない光景=演奏
 薄暗い体育館の中で確かに輝きを見たのだ=現実感→五メートル四方の防音室
 肩とか鎖骨が痛くなる、久しぶりだから
 それは現実の痛み
 ましろは蝶
 →変わろうとするものの象徴
  弓と弦、二種類の糸を撚り合わせて作り出す音
  →繭は蛾ですが
 
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広げて読む
八潮瑠唯×バタフライ【完結】
初公開日: 2020年05月04日
最終更新日: 2020年06月30日
八潮瑠唯がバイオリンを置いて、また手に取るまでの話
pixivに投稿済み
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