久しぶりに袖を通した制服は入間さんがクリーニングに出してくれていたためぱりぱりしていた。ローファーを履いて先に下に降りていく入間さんの後を追う。ここ最近、突然仕事が大量に舞い込んで来てしまったらしく、緩やかな時間を過ごすことはほとんどなかった。職場にお邪魔し、机ひとつ分のスペースを借りて渡された問題集を解き進めた毎日だったので、今日のテストには少しばかり自信がある。警察の人が学校に頼み込んで、一日で全教科のテストを終わらせてもらうことになったので気が重くならずに済んでいた。ありがたい。
結局、乱数くんの話はできていないままだった。聞きたいことは色々ありますが、と言っていたし、迷惑をかけた自覚があるのできちんと事の顛末を話したいとは思っているが、忙しそうな入間さんに重く長ったらしい話を持ち掛けることもできずにいる。一緒に眠ることも随分と減っていた。
「では、終わったら左馬刻の舎弟に迎えを頼んでありますのでそのまま左馬刻の事務所に帰ってください。私は帰れそうにありませんので」
「…はあい」
「あまり心配はしていませんが、テスト頑張ってくださいね。私が教えたんですから、中途半端な結果は許しませんよ」
「頑張ります!」
「良いお返事ですね。それでは、お気をつけて」
ひらひらと運転席から手を振る入間さんに手を振り返して校内へ向かう。さすがにずっと休んでいるせいか、居心地の悪い視線を多数感じた。職員室でテストを受けることになっているのでそちらの方へ向かって歩く。わざと聞こえるように言われている陰口に思わず大きな溜め息がでた。高校生と言えどもう18歳なんだから、もう少し大人になったらいいのに、なんて。入間さんと出会う前の自分からは想像もつかないような思考だろう。
「失礼しまあす」
「…ああ#name2#くん、おはようございます。話は聞いているので、こちらで受けてください」
「はーい」
「授業を受けていないので少し心配だね。成績優秀者の君が悪い点数だと君を預かっている側も困るだろうね」
この学校では成績優秀者、と呼ばれるのはある一定の点数を満たしている上位30名のことだ。1番を取ると目立つので、いつも狙って2番から5番くらいを目指す様にしていた。厭味ったらしい教師の言葉になんて返すかしばし迷って、それから久しぶりに気持ち悪い笑顔を貼り付けた。
「大丈夫だと思います。いい返事、したので」
意味がわからない、とでも言いたげな教師を放っておいて筆記用具を取り出した。1日に全教科のテストを受けるのは中々のハードスケジュールであるため時間が惜しい。渡された解答用紙と簡易的な説明を聞き流し、問題に集中した。きっと、大丈夫。
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「こんばんは。よろしくお願いします」
「はい。どうぞ。…テストの出来はどうでしたか?」
「えっ、あっ、よくできた、と思います」
左馬刻さんの部下の人がこうして雑談を持ち掛けてきたのが初めてだったのでびっくりしてしまった。理鶯さんと買い物に行った日についてきてくれた部下の人がどうやら私の担当になっているらしく、いつも同じ人が来てくれるけれど、興味がないのか許されていないのかは知らないが、業務的な会話以外をしたことがない。
「そうですか。良かったです、左馬刻さんが気にしていたので」
「さまときさんが…」
「妹さんと重なるんでしょうね、きっと。寄りたい場所はないですか?」
「へ、あ…ないです」
ヘアピンを置いていってしまったという妹さんのことだろう。なるほど、だから左馬刻さんはヤクザなのに私に優しいのか、と妙に納得がいく。あの日から出かけるときは欠かさずつけているヘアピンに触れて、あったかい気持ちになる。きっと左馬刻さんは妹さんのことを愛しているんだろうな。だからこのヘアピンはこんなに安心するんだ。今度、機会があったら左馬刻さんに妹さんのことを聞いてみようかな。…入間さんには兄弟がいるんだろうか。なんだかお兄ちゃんっぽい気もするし、一人っ子のような気も、弟のような気もする。…私って本当に入間さんのことを全然知らないな。入間さんにとって私と過ごすことは仕事の一環だし、深く踏み入れられるのを嫌がるタイプだというのはなんとなくわかるが、これくらいの会話だったら許されるのだろうか。どうだろうか。
「あの、きょうだいはいますか?」
「えっ。俺ですか?」
「はい」
「兄がいます。見たことありませんか? 事務所に戻ればいると思いますけど」
「えっ!おにいさんもヤクザなんですか?」
「ええ。左馬刻さんに拾ってもらったんです」
な、なるほど。と言葉が漏れる。ヤクザのお仕事のことはよくわからないが、良くないことをしているのは確かなので家庭環境も様々なのだろう。そう考えると、気軽に左馬刻さんに妹さんのことを聞くのはあんまりよくない気がしてきた。うーん、うーん、と唸っていればあっという間に事務所についてしまった。
「ありがとうございました!」
「いえ。テストのこと、左馬刻さんに報告してやってくださいね」
「はい!おにいさんがどの人かも教えてください!」
いつもより会話の弾んだ帰り道、嬉しい気持ちで階段を上る。こわい顔のお兄さんたちにももう随分慣れたもので「こんばんは~」と挨拶をしながら奥の扉を目指す。いつも礼儀正しく挨拶を返してくれるお兄さんたちは、ヤクザとはいえきっと悪い人ではないのだろう。だってあの左馬刻さんの部下なのだから。
「おう#name1#。遅かったな」
「こんばんは。おじゃまします」
「あきた おわります