自分が何者かなんて、考えるだけ無駄だ。
俺は俺であって、その他の何物でもない。
けれどそれを証明できる何かがない。
賢者という役目を負った彼女はそんな俺に正体の1つをくれたのだ。
『晶の友達』という、ひとつの正体を。
きっとあれが始まりだった。
どこにも属せず、なるべく関わらず、生きづらくないように生きて、無駄に長生きしちまった、そんな俺に、正体のひとつを与えてしまった賢者さん。
こんな魔法使いに、そんな事をしてしまえば、どうなるかなんて、目に見えて分かっていたはずだろう?
さようならなんて、言えるはずもない。
じゃあな、なんて言えない。
俺たちは、俺は、あんたと絆を結んでしまった。
別れる時は恐らく必然。
俺が死ぬか、あんたが死ぬか、それとも生き残って置いていくか。
忘れて、しまうのだろうか。
忘れてしまう、くらいなら、いっその事。
ブラッドに対して抱いている、親しみのようなものとは違う。
死んで欲しくない、そばにいて欲しい。
死んで欲しい、帰ってくれ。
相反する感情がぶつかって、今日も俺は悶々と日々を過ごすしかない。
せめて、この魔法舎にいる間、食事をしている間だけでも、笑って優しくしてやりたいから。
「ネロ、ネロ、何作ってるんですか?」
「……ん?あぁ、ビーフシチューだよ」
じっくりと煮込んだビーフシチュー、以前ブラッドに平らげられた時は本気で怒った。
柄になく魔法で攻撃したりもしたっけな。
俺はアイツのカミさんか何かなのだろうか。
賢者さんは目を輝かせて俺が掻き回す鍋を覗き込む。
「美味しそうです。ブラッドリーが食べちゃいそう」
「食べられないように、俺の部屋で管理するかなぁー……」
また食べられては叶わない。
手伝ってくれたカナリアさんだって悲しむだろう。
「ネロの部屋、キッチンありますもんね!その方が安心なのかも」
クスクスと笑って、『あ、そうだ』と彼女は思い出したように声を出す。
「ネロにお願いがあったんでした」
俺を見上げて、視線が合う。
ドキリと心臓が鋭く跳ねて、勘弁してくれと思った。
彼女は背が低くて、そこまで大きいわけでもない俺から見ても小さい。
年齢的には成人しているらしいが、それでも幼く見える。
『私の国の民族、他の国の民族と比べると幼く見えちゃうみたいで、私なんて10代と間違えられるんですよ』
そういえば、いつか他愛のないことを話していた時に、そんな事を言っていたっけ。
程よく煮詰めた所で火を消して、ひとまず室温まで下がるのを待つ。
冷蔵庫から冷やしていたプリンを取り出して、賢者さんにも差し出した。
「ほら、聞いてやるから、座んなよ」
「わぁ、プリン!!」
幼くないです、とは言っているけれど、プリンではしゃぐ彼女はどう見ても幼い。
まぁ、無駄に生きている俺に比べればもちろん幼いのだけれど。
食堂の片隅に座って、プリンとスプーンを渡してやると、嬉しそうに彼女はそれを口に入れた。
真木 晶という人物に、己の正体のひとつを与えられて数週間。
賢者という存在は俺たち『賢者の魔法使い』には特別なものだというのは前提にあるが、それを抜きにしても、彼女の事は気になる。
俺の抱えているものは、所謂性分のようなもので、どうしようもないのに、持っていなければ欲しいと口にしてしまう、そんなシロモノだ。
他人にどうこう出来るものでもなく、俺自身が決着をつけなければどうしようもない。
決着をつけようと、東の国でそれなりに生きていたのに、今回『賢者の魔法使い』に選ばれてしまい、向いてない共同生活もしている訳だけど。
慣れないことをすると、余計なことを考えてしまうものだ。
「それで?俺になにを頼むんだ?言っておくが面倒事はごめんだ」
幸せそうに食べている賢者さんの頬に付いていたプリンを指ですくって、そのまま口に入れた。
うん、悪くない。
「あ、ネロ、私の事子供扱いしましたね?もう、私、どちらかと言うとルチルとそんなに変わらないはずなのになぁ」
ぷっくりと頬を膨らませて怒る彼女は、余計に幼く見えた。
あの日、俺に存在証明をくれた彼女とは大違いだ。
黒髪は別に珍しくない。
濃い色の瞳も、探せばいくらでもいる。
こちらの世界と、あちらの世界は何なのだろう。
もしかして、俺が知らない魔法的なものを使って、違う人格が入っているとか?
無駄すぎる妄想を棄却しつつ、『悪かったよ、そんなつもりはないさ』と謝った。
怒っている女に対しては素直に謝った方が早い時がある。
「……まぁ、いいですけど……、頼みたい事は、ちょっとした調査と、ついでに買い物です。『食べたら人が変わってしまう料理』を出す店が噂になっていて、調査するのに、ネロが1番最適かなと思うので。あと、買い物は……まぁ、その時に教えます」
「なんだそりゃ」
曖昧な指示に面倒事の気配を感じたが、白状すると、俺はカタギの人間には弱い。
リケとかは、その最たるものだ。
お願いされて、悪い気はしないのだ。
『ありがとう』と返ってくることを、知ってしまっているから。
餌を待つ犬のようだな、とブラッドは言っていたけれど。
「お願い出来ますか?用事があるなら、ヒースに頼もうかと思っているんですけど」
「……いや、行くよ」
わざわざ俺を指名して、頼ってくれた事は、純粋に嬉しい。
嬉しいと同時に、後ろめたい。
だって、ほら
俺の事を、真っ先に思い浮かべてくれたって、そういうことだろう?
……こういう思考は、良くない。
中身が食べられて、空っぽになったプリンの器を取って、シンクに向かった。
「えっ、私がやりますよ」
「いや、大丈夫だよ。すぐ終わるしな……細かい話は、俺の部屋でするか?」
「そうですね、別に聞かれて困る内容でもないですけど、ネロがその方がいいなら」
「助かるよ。こいつを部屋に持っていきたいからな」
鍋を指さして言うと、賢者さんは『ああ、確かに』と納得した。
素直な子だと思う。
本人申請ではルチルとそんなに変わらないと言うけれど、実際見たところ歳だけならリケと変わらないんじゃないかと感じる時は多々あった。
真実を見据えて、厄災を退けるため、この世界のために連れてこられた賢者。
俺を含めて、一癖も二癖もある魔法使い、慣れない土地、慣れない生活、習慣……
当たり前だが魔法も使えない。
哀れな晶。
強い晶。
そんなんだから、俺みたいな奴に、執着されそうになっていることに気づかない。
今日はここまで