「それで、その『料理』について調べるつったって、どうするんだ?正面から行くわけじゃねぇだろ?」
「えーっとですね、客に紛れて、そのレストランに入ってみようかと……食べてみないことにはわからないですけど、その店、密かに繁盛しているみたいなんです」
「はぁ?そんな変な料理出すのに?」
鍋をコンロに置いて、俺は賢者さんの向かい側にすわった。
料理人として、変な料理を出す店が繁盛しているのは何だか複雑な気分だ。
「なんでも、手が付けられないくらい荒くれ者だった人が更正したとか、悪女が貞淑な人に変わったとか……」
「それはまた……」
そこの料理店の料理人は、どうしてそんなことをしているのだろう。
東の国ではそんな目立つことをすれば即刻その場で生活することが難しくなっていく。
気まずくて、監視されて、そうして出ていく奴をごまんと見てきた。
中央の国にあるというその店には、噂を聞き付けた人達が更生してほしい人間に料理を食べさせに来る、というものらしい。
「店員に魔法使いでもいんのか……?そんな単純な話じゃないだろうけど」
「そうなんです。そのお店に魔法使いはいません。証拠というものは無いですけど」
外見で魔法使いかそうでないかを調べる方法はない。
強いて言うなら魔力が完成された時点で成長が止まるため、見た目が変わらないという点のみだ。
あとは自己申請してもらうしかない。
「悪い影響って訳では無いのですが……なにか厄災の影響が出ているのではないか、との事なので」
なるほど、それで魔法舎に依頼が来たということか。
中央の国は治安がいいから、北の国の魔法使い達を連れていかなければ恐らくは平穏に調査は終わる。
数いる選択肢の中で、『料理』に関することだから俺を選んだと言ったところだろう。
料理店という特性から、大人数の訪問は避けた方がいい。
「分かった、俺に出来ることはするさ……」
そう返事をすると、賢者さんはほっとしたような顔をして笑った。
「良かった。私と2人で料理店行くなんて、嫌がられるかと思いました」
「はは……うん、まぁ、賢者さんならそんなにトラブル起こさないだろ」
半分嘘、半分本当。
嘘の半分は、賢者さんが他の奴と2人で出かけて欲しくないから。
そんな本心を隠して、俺は彼女と会話する。
なんにも知らない晶。
可哀想な晶。
知らなくていい。
こんなクソみたいな執着なんて、知らずに生きて欲しい。
そうして早く、帰ってくれ。
取り返しがつかないくらい、この気持ちが膨らむ前に。
目の前の彼女は『じゃあ、明日向かいましょう!』と言って部屋を出ていった。
ドアを閉める時、ふわりと彼女の香りが鼻を掠めて、目眩がする。
友達という、正体のひとつ。
与えられたそれに、いつから満足出来なくなったのだろう。
いつからこんなに渇くようになったのだろう。
静かになった自室で、ベッドに倒れ込む。
欲しい、欲しい。
あの子の、隣が欲しい。
唯一が欲しい。
笑って、悲しんで、泣いて、喜んで、その身体の奥底の全てが欲しい。
「はぁ〜……」
大きなため息が口から漏れた。
長年生きていて、ここまで狂わされたのは初めてだ。
思考も何もかもが溺れていくように同じ方向に向かっていく。
苦しいのに、まるでやめられない。
どうしてこうなったのだろう。
「頭、冷やそ……」
つぶやいて、立ち上がった。
外でも散歩すれば、気は紛れるはずだ。
いや、いっその事空でも飛ぶか?
それもいいかもしれない。
俺はさっき閉じたばかりのドアを開けて、外に出る事にした。
***
「賢者様は、向こうの世界で恋人とかいらっしゃったんですか?」
ルチルにそう尋ねられて、私は『いませんよ』と答えた。
強いて言うなら、猫が恋人だったかもしれないけれど。
賢者という役職は、所謂中間管理職のようなものだ。
いなければ成り立たず、とにかく忙しい。
問題児ばかりの魔法舎で、東の国の魔法使い達はとにかく大人しくて助かった。
ネロに至っては食事面で大いに助かっている。
有休休暇でもなんでもあげたい気分だが、生憎と私にその権限はないし、システムも存在しないのが残念でならない。
調査を依頼され、料理についてだからと安直にネロを選んだけれど、正直嫌がられるかと思っていた。
彼自身、あまり人とは関わりたくないと言っていたし、私は私でそんな彼に『友達になってください』なんていう空気の読めないことをしたわけだし。
後悔はしていない。
私も、この不安定な世界で存在証明が欲しかった。
私は私。
それ以外の何者でもないけれど、ネロのようにそれを証明できる何かがない。
根無し草と同じだ。
私には、この世界で生きた証がないのだから。
時々考えることがある。
例え向こうの世界に戻れたとして、私は普通に生活できるのだろうか。
ここでの記憶がもしなくなれば、私はほぼ1年間の記憶をなくすことになる。
私の人生の中での1年は、重い、と思う。
せいぜい生きれて100歳、人間はそういうものだ。
何百年、何千年と生きる魔法使いとは違う。
100年のうちの1年を失って、私は、正気でいられるのだろうか。
自室の窓から外を眺めて、何ら意味の無い問いを繰り返す。
こんなこと、考えるだけ無駄だ。
分かっていてもやめられない。
不安、なのだろう。
何だか泣きそうになって、下唇を噛んだ。
今日はここまで