嘘の反対は真実。
まるで定石のように謳われるその言葉は、一体誰が言い出したのだろうか。
──白の反対は黒。
──正義の反対は悪。
人間に植え付けられるかのようにして唱えられるそれは、果たして本当に「正しい」のか。いつの時代から言われていることなのか。普遍的な事柄なのか。そもそも「正しい」の反対は、「誤り」なのか。「本当」なんていう曖昧な存在は、俺たちの目の前に有るのか、ないのか。きっと答えなどないだろう問いは、延々と頭を巡る。
「……真実は、弱さだから」
きっとその問いが、俺の中に蠢き始めたのはあの人のあの言葉がきっかけだと思う。そのあと彼は、場を翻弄させるように「っていう答えはどう?」なんて茶化していたが、その声色は決して人をおちょくるようなものではなかった。きっと、彼の本音だった。
言葉の端々には、その人の「過去」や「思想」が宿る。それがたとえ、どんなに些細なものであっても。俺たちはきっと、自分たちの知る範囲でしか「もの」を語ることができない。雑談であっても、説教であっても、論文であっても、物語であっても。全部。なぜなら、いうまでもなく俺たちは他人の思想を覗き見ることも、心を犯すこともできないからだ。それらを覗き見られるのは、その人の言葉、文章……それだけだ。だが、それを聞いたり読んだりしただけで果たして「知った」ことになるかと言えば、それは否としかいいようがない。見聞きした内容をそのまま自分の言葉として発信するのはただの泥棒──剽窃だ。窃盗だ。盗人だ。
では、俺がずっと心の留めているこの禅問答めいた疑は、千景さんのものなのか。それとも俺のものなのか。──それすらも曖昧だ。
「……嘘の裏にあるのは、きっともうひとつの嘘」
自分の口から零れ落ちたのは、まるで売れないJ-popの歌詞のような陳腐な台詞だった。これでは、脚本にも使えやしない。
この続きが思い浮かびません。そして、千景さんうぇるかーむ。