透ける光を表したような、もしくは朝の陽射しそのもののような。
金糸を思わすその髪に、丁寧に櫛を通していく。
比較すれば癖は強いものの、その髪の美しさは彼女の父のそれをしっかりと受け継いでいる。
「痛くない?」と確認すれば、「平気」と端的に返ってくる。
モーさんの髪を整えるのは、時おり行う、趣味のようなもの。
何しろ彼女は自分の髪の扱いが、すごく単純に言って雑なのだ。
◆
『マスターお前髪伸びたな!モフモフしてるぞ、モフモフ』
快活に笑いながらわしわしと俺の頭を撫でまわす。
我ながら自分の髪はそこそこの癖っ毛であると自覚していて、髪が伸びてくるとボリュームが目立ってくる。
これはこれで安心してしまうのだが、なんとも少し悔しい気持ちもある。
『さすがにそろそろまた切らないとなあ、コレ』
これはこれでいいと思うけどな、と俺の髪をいじり回しながらモーさんは言う。
きっとやっている方は楽しいんだろうなと思いつつ、放置するのもなあ、と思い直す。
『そういや、髪は誰に切ってもらってるんだ?』
それはある種当然の疑問。
なんだかんだでカルデアでは年単位で過ごしているし、その間髪を放置してきたワケではない。
そしてもちろん、市井に降りて店に行くわけにもいかない。というか不可能だ。
したがってカルデア内で済ませることになる。
こんな時に頼れる人物とは一体誰か。
そう。
『ダ・ヴィンチちゃんだけど』
『アイツはホントになんでも出来るのな……』
万能の天才である。
『それより、モーさんこそ誰に整えてもらってるのさ』
モーさんの髪は父親譲りの金髪だが、それよりは本人に似たのか癖が強い。
しかし、触ってみれば間違いなく上質な髪質。髪の量が増えたとして、俺みたいにモフモフするのではなくフワフワとした感触になるのではないかと感じさせる。
どんなことをすればこんな髪質が維持できるのか──
『いや、特に何もやってねえぞ』
続いたやってるやつはやってるみたいだけどな、なんて言葉は耳から耳へ素通りした。
サーヴァントだから必要ないのか。なるほど。でも整えているサーヴァントは整えている。それは俺も知ってる。
逡巡した思い。その中で残ったのは一つだった。
『もったいない………!!』
◆
それ以来、しばらくは俺が頼み込んでモーさんの髪を整えていた。
『髪は女の命』、なんてことはいつ誰に言われたんだったか。
ともかく、何人かのサーヴァントに教えてもらったことを試し、相性のあっていそうなことは継続するようにした。
毎日ではなく定期的なことだが、今では逆に頼まれることもある。
「会ったばかりの頃は髪触ったら怒られたよね」
「当ッたり前だろ。親しくないヤツに触られて心地いいもんじゃねぇしな」
しかもお前は引っ張るもんだったし、と付け加えられた正論に、そうだった、と苦笑いを浮かべる。
その時である。
「あっ」
パキッ、と。
軽い音を鳴らした櫛からは、歯が1本折れて失われていた。
どした?と聞いてくるモーさんに、役目を終えてしまった櫛を見せる。
「あー?使えるもんじゃねえのかよこれくらい」
「そういうワケにもいかないでしょ…」
困り顔で再び苦笑する。
自分の髪の扱いには、本当に興味を持っていないのだ。
・・・いや、任されているのかな、この場合。
「まあお前がそういうなら仕方ないが……どうするんだ、替え?
誰かに貰うか、それとも購買で買うか?売ってるか知らねーけど」
「……いや」
モーさんの提案に。
「折角だしちゃんとしたの買おう。ダ・ヴィンチちゃんに相談して」
そんな提案を返した。
◆
「ふむふむ、なるほどね」
ダ・ヴィンチちゃんに話を通すと、そそくさと思案を始める。
「そもそも、だぞ。どっか行くからにはシミュレーター使うんだろ」
「そういうことになるね」
「中で何か見つけたとして、それ現実に持って帰れるのか?」
「当然、無理だね」
今回の主目的を捉える疑問に対して、自信たっぷりに否定をぶつけた。
前提として。
種火や霊基再臨素材というのは、「そういう形、特性を持った魔力の塊」に近い。
レイシフトやシミュレーションを通して結果的に形を成した魔力を貯蔵している、というのが正確なところなのだ。
逆に、魔力という形だからこそレイシフトを通して得られるのであって。
「ま、向こうの普通のものをそのまま持ってくるのは無理だと考えてもらうのが早いかな」
と、丁寧な説明まで加えられる。
「おいどうすんだマスター。これじゃ買いに行くとかそういう話どころじゃねえぞ」
こちらをジトッとした目で見ながら彼女は言う。
「まあまあモードレッド。」
そう言ってなだめつつ、ダ・ヴィンチちゃんは話を続ける。
疑いの表情を顔に浮かべたままのモーさんをよそに、得意げに。
「何も手段がないワケじゃない。マスターくんの発想もきっと正しい。
シミュレーターの中で何か見つけたとして、今回のキミたちが欲しいものはなにも『見つけたそれそのもの』ではないだろう?」
「だァッ、回りくどく言わねえでハッキリ言え!」
痺れを切らしたモーさんを前に、ダ・ヴィンチちゃんは望みどおりにハッキリ答えを口にした。
「つまりさ、櫛くらいならデザインさえ分かるなら現実に作っちゃえばいいのさ」
「それこそダ・ヴィンチちゃんに作ってもらえば解決するでしょ?」
なるほどな、という言葉と共に、モーさんの眉間によっていたシワは消え去る。
いくら小さくなっていても、たとえスペア体であったとしても。
レオナルド・ダ・ヴィンチという英霊は、美術を含めたあらゆる学問・事象に繋がる万能の天才であり───
つまり、日常品をデザインを真似たうえで複製するなんてことは、言わずもがなお手の物である。
「はじめから頼んで作ってもらってもいいんだけど、折角なら気に入るイメージを具体的に得たほうがいいかなって思ってさ。」
デザインに精通しているわけでもなければ、いきなり『こういうのをお願い』と頼むことは難しく。
今までずっと櫛を使ってきたわけでもないから、具体的にどんなデザインのものがあるかも分からない。
それを解決するためにシミュレーターを使って実物を見に行こう、というのが今回の主目的だ。
「さて、折角時間をかけるならきちんと休みの日に設定しないとね。それと他に予定があるならそれも避けないとだ。
二人とも、直近の休みで何か予定は立ってたりする?」
「俺は今のところは特に」
「オレも何も考えてねえな」
「それなら直近の休日で大丈夫そうだね。さて、一番近い休みはいつだったっけ?」
「えーと、多分[[rb:明々後日 > しあさって]]かな……?」
「多分それで合ってると思うぞ」
「オッケー。じゃあその日に合わせて準備を進めておくよ」
とりあえず狙いどおりに予定は決まって一安心だ。
俺もちゃんと準備をしておかないとな……
と、そう考えているところに。
「まあ折角街のような場所に行くんだ。二人でデートと洒落こむのもいいと思うんだけど?」
「うん!?」
「はァ!?」
爆弾が投げ込まれたのだ。
◆
「ダ・ヴィンチお前覚えてろよ!!!」
そう言い残され、揃って戻っていく二人を見送る。
前の私の記録を思い出して。
モードレッドが召喚された当時なら、果たしてこうも穏やかに終わっているかどうか。
「誰に変えられたんだろうね」
その微笑みと楽しげな呟きは、当人以外には知られていない。
◆
「さて、そうしたら準備も進めないとね」
「準備するったって何が要るんだ?」
「戦いに行くわけじゃないんだから、服とか色々あるでしょ」
「あー、そりゃそうか」
しばらくどこかに出掛けるなんてことはなかったから、俺も服を用意する必要はあるし。
それに。
「モーさんのデート服がどんなのか楽しみだし」
「ハァァ!?」
ついさっきと同じ反応に、自然と笑みがこぼれてしまう。
「マスターお前まで…」
「ごめんごめん。でも楽しみなのは本当だよ」
折角出かける機会に恵まれたなら、できる限りは楽しみたいし。
それなりの時間をとってくれるみたいだから、櫛だけ見繕って終わりになるってこともないだろう。
「モーさんもさ、折角なら他に何か欲しいものとかない?」
食べたいものとかでもいいんだし、と付け加えてみれば、彼女は半ばあきれ顔で答えてくれる。
「わかったわかった。付き合ってやるし、なんか考えておくよ」
「うん、ありがとう」
なんだかんだ言って、彼女はこういうところで人がいい。
今となっては付き合いも長いし、それこそ色々付き合ってくれたものだ。
「んじゃまあオレも準備しとくか」
そうして丁度俺の部屋に着き、その別れ際に。
「マスター、お前が言い出したんだからな。カネは余裕を持って用意しておけよ?」
彼女はニヤリと笑って、そのまま自室に帰っていった。
「……これは容赦なくなるな」
どれくらい余裕あったっけ……と。
思案すべきものが、一つ増えた。
◆
「やあ、おはよう!準備の方は万全って感じかな?」
当日。寝坊することなく準備を終えて、朝食も済ませて。
万全の準備を整えてシミュレーションルームに向かうと、準備を済ませたダ・ヴィンチちゃんに迎えられる。
「できるだけの準備はしたつもりかな」
「うんうん。折角なら目いっぱい楽しんでもらわないとね」
それなりの資金は用意したつもりだし、服装のデータは事前に渡してあるし。
「なんだマスター、早いな」
最終確認をしていたところでモーさんが現れる。
「おはよう、モーさん」
「おっはよー☆」
「お前この間はよくも茶化してくれたなあ?」
軽快な挨拶を繰り出すダ・ヴィンチちゃんに文句をぶつける。
「それについては勘弁してくれたまえ。こっちの準備もタダじゃないんだ、楽しみが欲しくなるってものさ」
「よく言うぜ…」
今は二人ともいつもの服…
つまり俺はカルデアの制服で、モーさんは鎧を脱いだ姿だ。
ただ、あらかじめダ・ヴィンチちゃんに服装のデータを渡してあるので、シミュレーターの起動時に変換される。
シミュレーションが始まるまで、お互いの服装は分からないままということでもある。
「さてさて、二人とも準備はいいかい?」
「オッケー」
「おう、いいぜ」
双方に確認をとると、ダ・ヴィンチちゃんはシミュレーターの起動準備を始める。
「まあ折角だから楽しんできたまえ。一応時間が押して来たらこっちから知らせるけど、用事が終わったら連絡してね~」
「了解」
「おっけー。それじゃ、行ってらっしゃい!」
◆
幾度となく経験したシミュレーターの開始処理を終えて目を開けてみれば、そこは見慣れたようで見知らぬ街の外。
「街の近くの丘…みたいなところかな」
人目に付きにくくて、程よく街に近いところといった場所だろう。
それなりの規模で、大体のものは揃う程度に店もあることが容易に想像できる。
「よ、マスター」
聞きなれた声がする方向──後ろに振り向けば。
赤いシャツと、彼女の剣を思わせる白銀のベルトを締めたジーンズ。
その上に黒のパーカーを羽織った、モーさんがいた。
「ん。まあまあな格好はしてんじゃねえか。そうでなきゃな」
俺の格好を下から上まで見てから感想を言ったモーさんは、
「オイ。お前もなんか感想は無いのかよ」
と続ける。
それを受けて、ようやく言葉を出すことができた。
「カッッッッコいい…!」
彼女らしくラフでいて、彼女そのものを損なわせない服装。
煮詰めると「彼女らしい」しか残らない。
モーさんは満足げに頷いて「それでいい」と評した。
「んじゃ、早速街に向かってみるか。話はその後だ」
「そうだね」
何をするにも、まずは街に入ってからだ。
数十分くらいで着くだろうな、と予想を立てて、丘を下りだした。
今日の放送はここまで