壁に寄りかかって、改札から吐き出されていく人々をぼんやり眺める。遠くの電光掲示板に映る数字が、もうすぐ待ち合わせの時間が来ることを示している。
急に緊張してきた。デートなんてもう何度したか分からないのに、待ち合わせの瞬間だけは未だに慣れない。
つーかオレ、変なカッコしてねーよな。スマホを見るフリをして、さり気なく首から下を確認する。服装は問題ない。ないはず……なのだが、脚の向こう側で尻尾がせわしなく揺れているのが見えた。くそ、落ち着けオレの尻尾!
暴れる尻尾をわしづかんだ瞬間、改札から人の波にまぎれて待ち人が現れた。手からぴょんと飛び上がった尻尾を慌ててもう一度捕まえる。大人しくしててくれ頼むから。
オレを探してきょろきょろと辺りを見回す恋人が可愛い。手を振ってやると、オレを見つけた彼女がぱぁっと表情を明るくさせて駆けてくる。
「ごめんね、待った?」
「いや、さっき来たとこ」
小さな体を懸命に使って走ってきた彼女がオレの前で急ブレーキをかけた。主人にワンテンポ遅れて追いかける、柔らかそうなワンピースの生地。羽織ったカーディガンを巻き込んでふわりとはためいたそれは春らしい色合いをしている。すごく似合ってて可愛いと思うのは、親バカならぬ彼氏バカだろうか。
「んじゃ、行くか」
「うん!」
彼女の目の前で後ろ向きに手を下ろす。いつも通りに乗せられた小さな手を、軽く握って歩き出した。
(♪…Daydream Cafe/Bajune Tobeta/休日音楽~Peaceful Holiday~)
昼には少し早い時間だというのに、カフェの入り口には人がたむろしている。道路の縁石に乗り、背伸びして店内を見ようとする彼女を抱き上げて、一緒に店内の様子を伺った。
ガラス越しに見える範囲でもそれなりの人数がいる。席を取るのは難しそうだ。
「ちょっと遅かったかな」
「こんな良い天気だし、皆お出かけしてんだろ」
残念そうにため息をつく彼女を地面に下ろす。店に入りたそうにしているオレたちに気づいたのか、馴染みの店員が出てきた。テイクアウトなら、と眉を下げ、申し訳なさそう顔でメニュー表を渡される。
「公園ん中で食うか」
「あ、それいいねえ!」
オレたちのやり取りを聞いて安堵する表情を見せた店員は、こっそりと「お詫びに具の量多めにしておきますね」と囁き、去っていった。バレないようにこっそりガッツポーズする。直後、くすくすと笑う声が聞こえた。こみ上げてきた恥ずかしさは、彼女を尻尾で軽く叩くことでごまかした。
「あんた何にする?」
「えっとねー……えーっと……」
メニューを見る頭が小さく左右に揺れ動く。並んでいる間ずっと見ていたのに、まだ悩んでいるようだ。
「桜のラテとー……サーモンとクリームチーズのサンド! おねがいしまーす」
「じゃあ、オレはブレンドと、ローストビーフのサンド。テイクアウトで」
ぱたりと閉じられたメニュー表を彼女の手から受け取り、カウンターへ戻す。隣で財布を取り出そうと下を向いた頭を引き寄せた。
「自分で払うよぉ」
「気にすんなよ、彼氏にいいカッコさせろって」
さっさと支払いを済ませ、紙袋を受け取って店を出る。笑いつつも、いまいち納得のいってなさそうな彼女の頬をむにむにと揉んだ。
駅前の広場には暖かい陽の光がさんさんと降り注いでいる。ゆるやかに吹く風も、先日までの冷たさをなくし、爽やかな空気をまとっている。すれ違う人々の表情もどことなく明るく見える。絶好のお出かけ日和だ。
「晴れて良かったな」
「ねー」
公園までの道を行けば行くほど、あたりに漂う甘い香りは強くなっていく。すん、と思わず鼻を鳴らせば、隣を歩く彼女がこちらを見上げた。
「いい匂いだねえ」
「だな。甘いもん食いたくなってくる」
「ラハ、それ花より団子って言うんだよ」
冗談でふざけた答えを返す。おかしそうに笑われた。
ビルの隙間から桜の花びらが風に乗って流れてくる。目を輝かせた彼女が走り出した。速度を上げた軽い足音につられて走り出す。
「ね、早く行こ!」
「急がなくても花は逃げねーって!」
手を引かれながら角を曲がる。
直後、鈍色だった視界が鮮やかな色へと変化した。公園の至るところに花、花、花。つい少し前まで寒々しい光景だったとは思えないほど、命が息づいていた。
思わず足を止めた瞬間、喜びの声を上げた彼女の手が離れかけた。
「ちょ、おい! はぐれるぞ!」
「そんなすぐにはぐれないもん!」
「そう言って去年の夏祭りではぐれたのはどいつだよ」
じとりと睨む。言い返せずにうなる彼女の手をもう一度、しっかり繋ぎ直した。
噴水前のベンチに腰掛けて、紙袋の封を開ける。彼女の分を手渡すと、そわそわとした手つきでサーモンチーズサンドの包装を開け始めた。ベンチと地面の間に浮いた足が楽しげに揺れている。
「いただきまーす!」
小さな口がサンドイッチにかぶりついた。目を閉じてもぐもぐと美味しそうに咀嚼する姿をついまじまじと見つめてしまう。視線に気づいた彼女と目が合う。
「たべる?」
「食べる」
差し出されたサンドイッチの断面からオレンジがかったピンク色のスモークサーモンが顔を出している。端の方をかじる。口の中にサーモンとチーズの味が広がった。
「さんきゅ。こっちもうめーな」
「ね、ラハのもちょうだい」
あーん、と開かれた口にオレの分のサンドイッチを突っ込んでやる。口の端から垂れそうになっているソースを指で拭った。
「おいしいー」
おしゃれな感じのサンドイッチのパンの名前わかんなーい!!おしまい!!!!