春嵐 「微笑み」「死体の埋まる花」「桜吹雪」
死体を埋めるならどこにする? 雑談のテーマとするには聊か物騒な話題で盛り上がったのは、いつもと変わらぬ学校での昼休み中のことだった。きっかけはごく単純だ。最近話題の人気俳優が主演を務める今季のミステリードラマの冒頭で、死体を埋めるシーンがあったから。そのドラマで犯人は山に死体を埋めていたけれど、探偵にあっさりとそれを暴かれてしまっていた。
どこに隠せば死体って見つからないんだろうね、なんて。冷静になれば残酷な話だけれど、私たちは現実味のないその話題で無邪気に盛り上がっていたのだ。
「やっぱり燃やしちゃうのが一番じゃない? 灰になれば早々証拠なんて見つからないでしょ」
「でも人間の体を完全に燃やし尽くすのってすごく高い温度の炎じゃないと駄目なんじゃないっけ? たぶん完全に灰にするのは不可能だよ。溶かしちゃうのはどう? なんかの薬品でさ。溶かしちゃえば見つからないでしょ」
「そんな薬品どこで手に入れるってのよ、そっちのほうが現実的に有り得ないって」
女子高生の会話なんてものは、すぐに話の主軸がずれていくものである。『死体を埋める場所』という本題から外れて、私たちは死体の処理について額を突き合わせて話し合っていた。周囲のクラスメイトたちから「こいつらやばいぞ」という白い目を向けられていることには薄々気付きつつあるものの、ここは知らぬ振りを押し通す以外に方法はない。知らない知らない、私たちはなーんにも気が付いてなんかいません。あー、あー。
そうして心の中で耳を塞ぎつつ、私たちはくすくすと笑いを洩らす。しかしふと、唯一発言をしていない彼女の存在に意識が向いた。普段から大人しく、自分が語るよりも周囲の話をにこにこしながら聞いている彼女。もしかしたらこういう子のほうがもっとえげつない手段を思いつくのかもしれない、と興味を惹かれ、私は何の気なしに話を振った。
「ねえ、さくらはどう思う? もしも死体を処分しないといけないって状況になったらさ、アンタならどうやって処理するの?」
すると、これまで穏やかな微笑を浮かべていた彼女は、突然話を振られて驚いたのか、ぱちぱちと目を瞬いた。きょとん、と眼(まなこ)が丸くなる。それから少し悩む素振りを見せて小首を傾げ、「うーん……」と小さく唸って見せた。背中まで伸びたストレートの黒髪がさらりと揺れて、僅かに花の香がする。……あ、これ新作のシャンプーだ。ドラッグストアで嗅いだサンプルと同じ甘さの匂い。
一体何の花だったかな、とどうでもいいようなことを考えていると、さくらの考えがまとまったらしく、小さな口が僅かに開く。どこか自信なさげに語るのは、彼女に染み付く癖だった。
「わたしだったら……桜の木の下に埋める、かな。ほら、よく言うでしょう? 美しい桜の木の下には死体が埋まってる、って」
「えー、何それ。自分の名前の花だから? 春日って意外とあざといよねえ」
「ていうか、それって隠し切れなくない? 詩的だけど意味ないよー」
友人二人がやんややんやと彼女を囃す。その声に悪意はなかった。けれどさくらは少し困ったように眉を垂らして小さく笑う。あんまり隠すって考えがなかったの。ぽつり、と彼女は言葉を零した。
「桜は毎年咲くでしょう? 蕾を付けて、それを膨らませて。……もしも死んじゃったのが好きな人だったりしたら、その花を見る度にその人を思い出せるなって思っただけだよ。美しい桜の木の下には死体が埋まっている、……それなら、死体を埋めたら花は一層綺麗に咲き誇るのかなって、思った、だけ」
その瞬間、びゅうっ、と開いていた窓の隙間から強い風が吹き込んだ。教室のそこかしこでプリントが巻き上げられて白が宙を舞っている。窓に一番近い席に座っていたさくらの髪も当然乱れ、細い黒髪がぶわりと一気に広がった。
「わ、」そんな声を上げてさくらが自身の髪を押さえる。先ほど嗅いだばかりのシャンプーの匂いがより強く鼻腔を擽り、嗚呼これは、と私はその香りの名前を思い出した。
これは桜だ。桜の香だ。春に咲き誇る花の甘さだ。……そう気が付けば、一瞬、視界にちらつく紙の白さが、花弁のように見えた気がした。桜吹雪。困った風だね、と微笑む彼女が一瞬、随分と遠くにいるように思えて。
「……窓、閉めよっか。そろそろ昼休みも終わるしさ」
私は、そうやって話を中途半端に畳むことしか出来なかった。それもそうだね、と友人たちがスマートフォンで現在時刻を確認する。もう授業開始の五分前だ。皆ばらばらに散っていき、それぞれの席へと戻る。その中で、私は彼女の背中へと声を掛けた。
「ねえ、さくら。さっきの話、冗談だよね?」
振り向いた彼女がゆっくりと口角を持ち上げる。それは常と変わらぬ、ごく穏やかな微笑だった。
「……うん、勿論」