突如として帝國図書館に持ち込まれた『動植綵絵』 奇才の天才絵師(一部では褒めているという意味で狂ってる、ともいわれる)若冲の最高傑作である。
その絵がなぜか動いているので、文豪たちが調査することになった。
事のあらましは大体こんなところである。ツッコミどころは多いが、突っ込んだら負けである。
だって急に持ってこれたんだから、こっちだって理由がわかるわけないんだもん、とりあえず絵が動いてることだけはわかった、と司書が言っていたので、文豪たちは「あぁ、そう」ということで(半ばうつろな目で)納得したのである。
そして、あきらめをもって、『動植綵絵』に潜った文豪の中に、三無頼派羽烏…太宰治、坂口安吾、織田作之助がいた。
調査先:『動植綵絵』 群鶏図
「うわ…なんだあれ…」
「なんだ、って鶏……じゃないか?」
「鶏、というよりも……なんや、怪物のようにも見えるなぁ…」
『群鶏図』に潜った三人が目にしたものは……十三羽の鶏。
鮮やかな羽を持ち、深紅のとさかを揺らし、餌を啄む。上下に揺れる尾羽に、コッコッという鳴き声がこだましている。
ただ、その毒々しいほど鮮やかな色彩ゆえか、十三羽という鶏が一か所に集まっているせいか…鶏の集合体というより、何かの得体の知れない…未知の生き物が蠢いているように見える。
「あの塊…じゃなかった、鶏の中にこの『動植綵絵』を動かした原因がある……かもしれない?」
「せやなぁ……」
そ、っと三人は少し離れた場所から鶏の塊を眺める。しかし、その視線に気づいたのか一斉に鶏たちは三人に視線を向ける。
「「「ひぃ!!」」」
二十六の瞳に睨まれ、見事に三重奏。ついでに、これ見よがしに威嚇の雄鶏の声が断続的かつ、高らかに響く。
「これ…明らかに歓迎、されてないよな。俺たち」
「退避ぃ!」という三羽烏長兄、安吾により、更に少しだけ離れた場所から様子をうかがう三人。
「でもあの塊を調べんと、調査にはならへんし…」
「一匹ずつ分散させたりして調べるとか!ほら、餌で…」
「餌になるようなもん、あるわけないやろ。持ってきてもないで?」
思い付きを口にするも、「うっ……」と呻きをあげ、太宰、撃沈。
「しかも、『鶏そのもの』にこの絵を動かしてる原因があるなら、鶏を捕まえないと話にはならない……」
「ううっ……じゃあ一体どうすりゃいいんだよおおお!!」
「ああ?ンだよ、お前らここにいたのか」
柄の悪い声が背後から聞こえる。
「へ?」と太宰が振り向くと……
「ちゅ、中也!?!?な、なんでおま、ここにいるんだ!?」
酒瓶を手にし、いくらか出来上がった中原中也の姿。彼は無頼派の三人とはまた別の画に潜っていたはずだった。
「知るかよ。なんか、梅を見ながらの月見酒してたら、酒が切れちまって…まぁ、景色も堪能したからってことで、適当に歩いてたらここに来た」
「んな軽いノリ!?つか繋がってんの!?この絵って…」
『通常とは違う状況下だ。何が起こってもおかしくはない』
はるか頭上から声が降ってきた。まさに天の声、である。もっとも、聞こえているのはこの場にいる四人だけなのか、鶏たちに驚いた様子はない。
「その声……森先生!?」
『あぁ』
太宰の問いかけに天の声の主、森鷗外が答える。
「森センセ、さっきまで潜ってへんかった……?」
「潜った文豪たちの道案内と実際に潜る役を兼ねてるのか……なんというか、大変そうだな」
「疲労マッハやない?これ」
太宰と中也の背後にて、小声で話す織田と坂口。普段から手のかかる末っ子太宰を見ている故の心配である。もっとも、当の本人は知る由もない。
「森先生、あの鶏の塊を調べればいいんですか?」
『あぁ。そうだ。言っておくが乱暴には扱うなよ?仮におかしなところがあれば、すぐにわかるだろう』
「乱暴ねぇ……司書から、ここ来る前に聞いたが、若冲ってヤツの画を今、再現するとなると、材料費だけで一千五百万は軽く吹っ飛ぶって、マジかよ、森センセ―」
『目安はそれくらいだな。何せ、全てが特注品かつ、特別仕様。描かれた絹は特級品、岩絵の具も最高級品…材料の価値もさることながら、それを描いた若冲の技量もそれこそ、国宝級だからな。今となっては値もつけられん』
重っ苦しい森のため息が空から降ってくる。それだけで周辺の空気が曇り空である。苦労してんだな、というのが大気を震わせ、伝わってくる。
「……ホント、なんでそんなモン、帝國図書館に持ち込んだの………なんで俺たち、その絵の中に入ってんの。本なら分かるよ!?なんで絵!?」
「言わんといてあげてや、太宰クン。他の人たちもみーんなそれは思うとる」
「そうそ、今はあの塊を調べるのが先、先」
左右の太宰の肩に織田と坂口の手がポン、ポンと置かれる。がっくりと項垂れる他、太宰にはない。一人、中也だけが何か思いついたような、それでいて至極楽しそうな顔をしていた。
「オイ、モモノハナ野郎。いいコト思いついたぜ。酒も切れたことだし、とっと片付けて帰ろうぜ。そのために協力しろ」
「え?あ、あぁ。あの鶏を調べるのに、いい案でもあるのか?」
太宰が首を傾げて、中也に聞いた時だった。
「オラァ!!」
突然、中也は太宰に向かって情け容赦ない、それでいて強烈かつ、鋭い蹴りを彼の脛へと叩き込む。
「へごあぁッ!!」
情けない声を上げ、太宰は体勢を崩す。
普段であれば、身長がある分、太宰が有利であり、体勢を崩されることはなかっただろう。だが、今回は、完全に油断していたせいもあり、回避行動を取る間もなく、反応できず、初手が遅れた。
それが致命傷であったのは、言うまでもない。
「行って、きやがれ~~っと!」
うずくまる太宰。そこに通達される、冷酷非情な通知(と中也の蹴り)。
「あぁあぁあぁぁあぁぁぁ~~~~!!!」
太宰は地面をローリング。
ボーリングがまっすぐ、ピンに向かうように。そこだけモップをかけたかのようにきれいな跡を残しながら、ごろごろと、絵の具の地面を転がっていく。
クォッケ!!!!ケケケ!コケエエエエエ!!!!
ストライクは、雄鶏たちの鳴き声をもってして迎えられた。
「いだだだだだだだああだだあああ!!!!ちょ、ちょあ!!やめええええええ、つつ、かない、で、え!!!いたい!!!羽で叩かないで!!!た、助けてええあんごーーおださくううう!!」
そこからは、まさに、絵に描いた展開であった。(ここが絵の中であると突っ込んではいけない。)
十三羽の鶏の…それも雄鶏の塊に、華麗に突っ込んだ太宰は、とさかのごとき赤い髪をつつかれ、鶏の羽に負けず劣らず鮮やかな赤の羽織は鶏たちの羽で容赦なく叩かれ、二十六本の脚から、絶えず蹴りつけられる。
優美で可憐な雄鶏たちが羽をはばたかせ、躍動感あふれる動きを展開するのは、まさに若冲が描いた『魂』を写し取った…それこそ生命の美しさだった。
ナビゲーター担当した森は、そのような感想を後に語った。(死んだ目で)
「くくそおおおおおお前らあぁあ‼‼‼次会ったら、絶対!!!に!締めて鶏鍋にして食ってやるからなぁああああ!!!」
ボロボロ…という表現ではまだ足りない、どう考えても喧嘩をふっかけられたとしか思えないほどの様子で戻ってきた太宰は、ぐちゃぐちゃの泣き顔で、負け惜しみとしか言えないセリフを『群鶏図』に向かって叫ぶのだった。
織田と坂口に肩を貸してもらいつつ、部屋を後にした太宰の背中を楽しそうに眺め、追加の酒を開けた中也に、井伏鱒二が問うた。「画の中で一体、太宰に何があったんだ?喧嘩でもしたのか?」と。
中也は、「あぁ、十三羽の鶏相手にな」とケラケラ笑って酒を舐めるのだった。