狼と狩人についての覚書
本書について
これは、私が聞いて、ほんの少し関わった事柄に関する覚書である。
全てに関わっているわけではないので、ある程度の脚色はあるかもしれない。そこは各位で補完してもらえたら、と思う。一応ではあるが、これから書こうとしている事について、何故それは起きたのか、その直前までを記した日記、その後について記録した独自のメモやノートにまとめたものを元にこの文章を書いている。
使用した日記はこの物事を起こした人物の物であり、当人から直接譲り受けた物だ。不当に入手したわけではないことを知っていて欲しい。今回、これについて記そうと思ったのは彼がこの世を去って丁度一年経ったからである。使用した日記、独自のメモやノートは既に処分してある。
さて、今回書くにあたって、何故インターネット等の記憶媒体が広く普及し、そちらの方がより良いであろう時代なのに紙媒体にしたのか、それについての簡単な説明をしておこうと思う。
理由はただ一つ、紙媒体ならば燃やせるから。それに尽きる。なのでこれを読んだものは本書に書かれている内容については口外しないこと、読み終わったら速やかに燃やし、跡形もなくして処分して欲しい。
それから、もし仮にだが本書を読んでいるのが私の古くからの友人のどちらかなら、最後まで読んで欲しい。私達が悪魔と呼んだ男が、名前も姿形もそのままに、記憶だけ忘れこの世に再び生を受けたということ。そして彼の身に何が起き、最終的にどのような末路を辿ったのか。それを知ってもらいたい。
念のためというわけではないが、友人二名の名前は記さずにおく。心当たりのあるものは是非最後まで読んで欲しい。
この覚書が世に、もしくは陽の光を浴びるのはこれを書いている私自身、どこまでも信頼している――、両名がこの世を去った後だろう。
尚、ここに記されている者の名前は全て偽りであり、私も、――も、この後出てくる両名も実際の名前ではないことは留意されたし。また、前世だの、過去だのそういった話題を取り扱っているからそうしたことに否定的な者はここで読むのをやめて欲しい。そして速やかに本書を燃やし、ここまで読んだことを全て忘れるか、墓場まで連れて行ってもらいたい。
そうでない者はこの本を最後まで読み、その後燃やして欲しい。一つ違うのは忘れずに、墓場まで連れ去って欲しいということだ。誰にも口外せず、ただ一人、己の中に留めていて欲しい。それだけが私の願いだ。
ただし、本書に記されていることに関しては実際の物事であるので、取り扱いには十分注意してもらいたい。
それでは、覚悟ができた者だけ読み進めてくれ。
1 狼と狩人とは
まず初めに狼と狩人とは、私の遠い友人である。
これを読んでいる者が前世というものを信じてくれるのであれば、今から話すことも信じてもらえるのかもしれない。まあ、ここまで読み進めているのは初めの注意書きを読んだ上で、であるから信じていないということはないだろう。
狼と狩人、これは前世からの知り合いであり、顔見知りの二人のことである。(顔見知りというには随分と可愛らしい表現になってしまうが――まあそういうことにしておいて欲しい。)顔見知りの二人のことと言ったが、実のところ片方は顔も名前も知らなかった。ただ彼の技術だけは知っていて、だから、この世で初めて相見えた時には大層驚いた。
ここら辺の記憶は随分と曖昧になってしまって記述することも特にないのだが、とにかく不思議な縁というかで出会い、この世では別に敵でも何でもなく、互いに兵士でもなかった。だからただ互いの技術であったり、その後どうなったのかなどを努めて簡単に。そう、至ってシンプルな話をして、その話はもうそれきりやめにしてしまった。
何せ記憶があったのは私と――、それから狼のみで、狩人の方かなり朧げな記憶しか保有していなかったのだ。狼からの頼みで、もし万が一にも思い出すようなことがあれば、と思い詰めた顔で言われてしまえば、こちらも何かきっかけになるようなことは避けるべきだろう。だから、その話はもうそれ以降することはなかった。
それが良かったのか悪かったのか、結局壊れてしまった原因は双方にあったのだが。
話がだいぶ逸れてしまったので一旦ここで狼と狩人について記しておこうと思う。最初に書いたように、遠い友人である。前世では敵対していたが、この世では良き友人となった。
狼はヴォルフ・ハインと言って、身長190cm程の大男だった。自分と比べても結構な身長差だったのを覚えている。いつもにこやかで朗らかで、明るくて。動物とヴァイオリンが好きな青年だった。
狩人はクラウス・イェーガーと言って、ヴォルフよりは小さく大体私と身の丈は同じだったように記憶している。頬に昔私がつけたものと殆ど変わらない傷があり、パイプを未だに愛用していた。
彼らは愛しあってこそいたが、その愛は恋人に向けるものというよりは、家族愛に近かったように思う。
いつも仲睦まじく、時折小突いたり小突かれたり、冗談を言い合っては笑い合っていた。
もう少し詳細を書いたほうがいいものだろうか。こう言った形で自分自身二人について記す日がくるとは夢にも思わなかったので、何から書いたものか、まだ頭が混乱している。
二人は同じ会社に勤めていて、確かヴォルフの方が先にクラウスを見つけた、と言っていた。そこに関しては当人から聞いた事しか分からないのでどうにもだが、まあどちらでも構いはしない。とにかく同じ会社で出会い、記憶のあるヴォルフと記憶がかなり朧げ、と言うよりもはや覚えていないと言ってもおかしくないくらいのクラウス。その二人が出会ったこと自体が悲劇の始まりだったのかもしれない。
悲劇と呼べるのなら、まだどれだけ良かったろうか。
ともかく、私はあの件に関わってしまったことを後悔こそしてはいないが、もっと何か、多少でも良い方向に動かせなかったものかと考える時はある。
あまり長々と記しても仕方がない気がするので、簡単に何が起きてどうなったのか、今ここに書いてしまおうと思う。
いつまで経っても頭から離れないあの光景を、私はきっと死んでも忘れない。
あれは、確か。日付までは正確に覚えていない。確か、寒い時期のことだった。雪が降り積もって家から出るのが難しいくらいの日だったはずだ。クラウスから連絡があって、あの日私は彼らの家に向かった。簡単に、と書いて早々簡単ではなくなってしまったことを詫びておく。
記憶を辿ることはあまり良いことではない。途中でねじ曲げられ、自分の都合の良いように脚色され、改変されてしまうから。これ以上書くとより事実から私の願望へと変わってしまう気がするからもう書いてしまうことにする。
ある寒い冬の日、クラウス・イェーガーは同居していたヴォルフ・ハインを、所持していた拳銃で撃ち殺し、その後遺体を解体し佇んでいた。
ただ、それだけの事実だ。これは公にはなっていないことで、起こした人物は既に死んでいる。
その死体はその後どこに行ったのか、クラウスはどこに行き、どうなったのか。それについてはこれから、彼から譲り受けた日記を元に書いていこうと思う。このページはもう既に書き終えてから追加しているので、最初に述べたように彼の日記は手元にはないので安心して欲しい。
2 一番最初の綻びはいつだったのか。
何故このようなことが起きたのか、それにはきっかけがある。もちろん、何か物事が起きる前には必ずと言っていいほどきっかけとなる物事がある。
小さなものから大きなもの、ほんの些細な間違いや勘違い、相互の認識の違いであったり、その日の天気等の気象状況、周りの人間が煩かったからとか、気分が悪かったとか。とにかく様々なことがきっかけとなりうる。
クラウスの場合はヴォルフが夢を見ようとしたことだった。夢、そう聞けば「何だ、ただ寝ただけのことなんじゃないか」と思うだろう。実際私もそうだった。だが、詳しく聞いてみたらその夢を見る方法がおかしかったのだ。
普通夢を見るといえば、目を閉じて息を吐き、だんだんと浅くしていき意識を失う、この辺については詳しく説明出来ないからこうした書き方しか出来ないが、とにかく一日の最後であったり休憩であったり。眠ってしまえば見ることが出来るものである。
極々普通の行為で、何の危険性も持たない。だから私はヴォルフがどのようにして夢を見ようとしたのか、それを聞いた時に何故そんなことをと思ったのだ。
ここからはクラウスの日記を引用していきたいと思う。何を考え、どう思い結果あんなことになってしまったのか。出来ればもう何も私は考えたくない。
二人があんなことになるなんて。そんなこと、誰が予想出来たろうか?