はちみつのいい匂いがする。視界に揺れる彼の髪の毛にそっと手を伸ばして摘み、鼻を近づけて匂いを嗅ぐように息を吸い込んだ。うん、やっぱりいい匂いがする。自分の髪の毛からも、同じ香りがする。
「なん、こそばいわ」
「いいにおいなの。はちみつ」
「お前が買うてきたシャンプーやろ」
緩く笑いながら先程の私と同じように私の髪の毛の匂いを嗅ぐ盧笙くんをぼうっと見つめる。洗えれば良い、なんて言うなんのこだわりもない彼だったからシャンプーは私が選んだものを使っていた。シャンプーだけではなく、ほとんどの日用品は私の希望したものが多い。センスのズレがあまりないので、揉めたことが少ないのは私達の良いところだと思う。
「ええにおいやな」
「ふふ、でしょ〜?」
「洗っとるときはそんな感じせぇへんのにな」
んね、と返事をしてから彼の旋毛にそっとキスをした。並んで寝転がっている時しか私の頭が彼の頭を追い越すことはない。擽ったいのか、吐息で笑いながら身じろぐ盧笙くんに釣られて私も笑う。眠るまでのほんのささやかなじゃれ合い。私も盧笙くんも、これが存外大好きで。
「ろーしょくん」
「ん」
「ちゅー」
「自分でせぇや」
そう言いながらも、すぐに目線を合わせて優しいキスをくれることを知っていた。自分からするキスは恥ずかしくて得意ではないためいつもこうして甘えてしまうが、それにいつも応えてくれる盧笙くんが心の底から好きだと思う。互いの欲しいがぴったりはまるのだ。
ちゅ、ちゅ、と小さく音を立てながら何度もくっついて離れてを繰り返す。ぺろりと盧笙くんの唇を舐めれば、一瞬だけ彼の目が見開く。眼鏡をしていないとキスがしやすいなあ、なんて、そんなことを思いながら彼に身をぐいっと引き寄せた。抱きしめて、と言わなくてもすぐに腕が背中に回り、それが嬉しくて彼の胸元で笑う。ぽんぽん、と優しく撫でられた頭から芽が出てしまいそうなほど幸福だ。
時刻は未だ日付を跨いでいない。明日は互いに仕事だということを差し引いても、眠るにはまだ早い時間だろう。燻る思いを言葉にするのは羞恥が邪魔して難しいので代わりに足を絡ませた。私より高い盧笙くんの温度。何も身にまとっていない肌が触れる感覚。私の様子に気づいた盧笙くんが、そっと口を開く。
「言わんとせぇへんぞ」
「えー?」
「えー、やない」
盧笙くんは、たまに意地悪をする。
それが気分からくるものなのか、揶揄いの高揚感から来るものなのかはわからないが、こういう時の盧笙くんは非常に手強い。…それに、わたしは押しに弱い。
「ん、」
吐息混じりの声と共に再度降ってくるキスと、その先の行為に期待が高まり、それが脈拍へダイレクトに変換されているように思う。どっくん、どっくん、と大きな音を立てる心臓の音は、きっと彼にも聞こえてしまっていることだろう。
何度、甘く蕩けるような夜を重ねても、決して慣れることはない。それが良いのか悪いのか、私にはわからない。
「観念し」
まだフレンチキスしかしていないというのに!
と、言えない自分が恥ずかしい。べろりと私の唇を舐めて、それから盧笙くんがいじわるに口角を上げて私を見下ろしている。ああ、ずるい、ずるい、ずるい。わかってやっているんじゃないだろうか。私がその顔に弱いことを、知っているのではないのかと疑ってしまう。
「ろ、ろしょ、くん」
「おう」
「…ちゅぅ、しよ」
ぶは、と彼が吹き出す音。それから暫く笑いは鳴り止まない。精一杯のお強請りと言うのにも程遠いちっぽけな懇願に一頻り笑ったあと、唇をゆるりと親指で撫でられた。それからとんとん、と彼が遊ぶ。腹筋に力を込めて上体を少しだけ起こし、彼の唇を目掛けて自分の唇を寄せた。それからはもう、勢いでどうにかなれ、と半ば投げやりに舌を彼の口内に入り込ませる。ここからどうして良いかわからず、お互い少しも動かないまま酸素量だけが減っていく。いつも盧笙くんはどうしてくれているんだろう、と恥ずかしい記憶を思い起こしてやっとの思いで彼の舌を探して自分のものと絡めれば、よくできました、と彼が言ったような気がした。
「っ、…んん、っふ、ぁ」
ぴちゃぴちゃと響く水音とどちらの口から漏れているかわからない私の色付いた声。どうやら舌を絡ませる所までで及第点らしく、そこからはいつも通り彼のリードだった。歯列をなぞられ、上顎を擽られ、時折舌を甘噛みされる。いつまで経っても息をするのがへたっぴな私に、呼吸をする時間をくれるのも忘れずに。
「っは、…っ、はぁ」
「ようできました。…って言いたいとこやねんけど」
「えっ」
ようやく離れた唇に頭がふわふわする。なんとなくピントの合わない視界の先には、未だいじわるな顔をしたままの盧笙くんがいた。
「俺らも付き合って結構経つやんか」
「へ、あ、うん。…にねん?」
「そやね、そんくらい。…偶にはお前から言うて欲しいんやけどなぁ」
命令や呆れといった意味は全く含んでいないような、パンケーキみたいにふわふわのお願いにも似た何かだった。
ごくり、と唾を飲み込む音。それから逸らされない視線。きっと、逃げ場も退路も妥協案も全部用意してくれている彼の、あまくやわらかで、消えてしまいそうなほど可愛い申し出。
「ろ、ろしょくん!」
「ふは、声でっか。…ん、なあに」
「…そっ、そのですね」
「おん」
「…………だ、だいてください」
沈黙。それから数秒して、笑い声。また笑われてしまった。
「ええよ」
雪崩込むように降ってきたキスに、されるがままに溺れていった。盧笙くんが触れたどこもかしこもが熱くて切なくて苦しい。上機嫌そうに目を細めて、するすると全身を弄られる。骨張った指先が身体の上で遊んでいた。
「ほんで、どうしてほしいん」
「えっ!?」
あまりの驚きに声が裏返ってしまった。ど、どうしてほしいとは。と、彼の目を見つめるも、意地の悪い笑みが返ってくるだけだった。
「はよせんと朝起きられんくなんで」
「うっ、う…」
「言うて?」
ああ、ずるい。そんな風に言われてしまえば、私にはもう為す術もない。
「や、やさしくして…くだ、さい」
「まさか今までしんどかったんか…?」
「あっいえ、そ、そうではなく…」
畏まって敬語になってしまう私をスルーして、盧笙くんとの会話は続いていく。
「い、いつもどおり、で…おねがいします……」
語尾になるにつれてどんどん小さくなっていった声は、最早正しく言葉になっていたのかも危うい。それでも盧笙くんには届いたのか、至極優しい表情でこちらを見つめていた。
「ん、えらいな」
それは言えたことに対してなのか、お願いができたことに対してだったのか、わからないうちに言葉を失うくらいの熱に混ぜられる。盧笙くんの指先が張り詰めた胸の先をぴんと弾いて、それと同時に飛び跳ねた体と声が羞恥を引き立てる。私が恥ずかしくないように、私の声をキスで飲み込んでくれる盧笙くんの優しさがじんわりと脳髄に染みていった。
「っ、あ…ゃ、んん」
「いやか?」
「やじゃ、ない」
「痛かったら言うてな」
もう終わり!!!!!!!!!!!!!!恥ずかしい!!!!!!!!!!!!!!ありがとうございました!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!