いい夢、旅気分。
 叶わない恋をしている。何度も殴り合った相手にする恋ほど不毛な恋があるだろうか。相手はモテるし、おまけにヘテロだ。ついでに言えば組織時代からずっと女の影が絶えない。これほど叶わないことが分かっている恋などしない方がマシだろう。自分だってそこそこモテる。もちろん男にも女にも。だったらそこら辺の人と付き合う方が楽だし、簡単だ。それでもしてしまったものは仕方ないことなのだ。
 僕こと降谷零は、元宿敵こと赤井秀一が大好きだ。
 組織が壊滅して以来、警察庁と警視庁、それにFBIとCIAは共同で事後処理を行なっている。もちろん最後まで潜っていた捜査官の水無伶奈と僕が所属していたこともあるが、壊滅戦のときに共同戦線を張ったことが今の協力体制の基礎となっている。定期の連絡会と残党狩りと事務処理。忙しさはトリプルフェイスの頃と変わらず、むしろデスクワークが主体であることから疲労は蓄積されていく一方だ。そんななか、毎週の定例会で会う赤井は唯一の癒しだ。赤井とは壊滅戦で一緒に戦った。壊滅戦前に伝えられたスコッチの死の真相は僕の心の深い所でわかっていた真実だった。涙が出るよりも先に「ありがとう」と言っていた。赤井が真実を話してくれたことへの感謝と今まで真実を隠してくれたことへの感謝だった。無事、壊滅戦を生き抜いた僕に残っていたのは素直な赤井への好意だった。今まで怒りや慟哭に隠されていた思いは自分の中でもすんなりと受け入れられて、それ以来赤井のことがよく目に入るようになった。
 今日の定例会でもそうだ。広い会議室の中でも全身黒づくめの赤井の姿はよく目立つ。最近顔色が良くなったように見える。きっと新しい彼女でも出来たのだろう。ジョディ捜査官とヨリを戻したのかもしれないし、他の女性から言い寄られたのかもしれない。元気そうで何よりだ。少しでも幸せの気配があるならば、応援したいところだ。それが赤井にとって一番ふさわしい幸せなのだから。そう思うとちくりと刺す痛みが心臓に走る。それを無視して資料に目を通した。
 定時で帰れずとも毎日同じ部屋で眠れることは嬉しい。家に帰り、遅くなってしまった夕食を食べ、風呂にゆっくりと入る。自宅で時間に縛られずに過ごせるのは何年ぶりだろうか。連絡を気にせずにチューハイの缶を開けるときに潜入時代の苦労が報われていると心から感じる。ちびちび呑みながらネットニュースを流し見していれば、まばたきするのも重くなってゆく。缶を流しで処理してから布団に入り、部屋の電気を消した。
 ミコノスの朝は燦々とまぶしい。日光自体の明るさもそうだが、それが白い壁に反射して寝室まで明るいところにまぶしさを感じる。滑らかなシーツに手を這わせ、その手を伸ばして隣にいる寝坊助の頬を指で押す。少しカサついた肌とちくりと刺さる髭の感触が楽しい。撫でながら、彼の名前を呼ぶ。
「あかい、起きて」
 う、と唸りながら彼は目を開ける。ペリドットのようなその瞳に映るのは褐色肌に金髪の男。
「おはよう、零くん」
「いや、ないだろ」
 カラスの鳴き声とアラームに急かされて起きた。間違いなくここは日本、東京の朝。うん、そこはいつもどおりだ。だけど夢がおかしい。夢見過ぎな夢だった。いくらなんでも欲求不満すぎるだろう。思春期の男子高校生が見るとしてももっと現実に則した夢だと思う。延々と鳴るアラームを止め、一日を始める。冷水で顔を洗い、昨日から仕込んであったサーモン漬けを朝食に食べる。ハロのために朝食用のペットフードを皿に出して床に置き、ウォーターボトルを入れ替える。スーツに着替えたら、すぐに出勤する時間になる。潜入時代とは変わって毎日の服装に悩まなくていいのが楽だ。
「いってきます」
 返ってくるハロの元気な声に今日も帰ってこようと思った。
 喜望峰までの道はドライブコースとして有名だ。一番近い街であるケープタウンから喜望峰までは約70km。車で1時間のお手軽な観光名所だ。雄大なテーブルマウンテンをバックに、大西洋を眺めながらのドライブは気持ちがいい。
「8月から10月は道沿いにワイルドフラワーが咲くそうですよ」
 運転している赤井にそう声をかける。
「残念ながら今は5月だ」
 レンタカーにマスタングがないのは分かっていたが、自分の愛車であるRX-7はなぜかあった。何故かカラーリングが赤の。半々だな、と笑う赤井を思わず小突いた。RX-7は白であるからこその美しさなのだ。赤では魅力も半減だ。白のマスタングに締まりがないのと同じように。
 テーブルマウンテンは……あー出てこないわなんだっけあの地底探検じゃない方のジュールヴェルヌのやつ…に出てきたように、自然溢れる台地だ。海面に近いこの道から見れば、切り立った崖が延々と続いているように見える。
「恐竜が出てきても引かないでくださいよ」
「食べるのか?」
「それだったら引いた方がいいじゃないですか。違います。飼うんですよ」
「家でか」
ハロと同居して、毎日鶏肉をあげるんです。
「共食いさせるのか、君は」
「じゃあ何を食べさせれるのか?他の恐竜の肉は調達できないし」
「そう言われると困るな。何が正解なのか」
「まあ、もし捕まえたらジュラシックワールドに電話すればどうにかなると思います」
アフリカ大陸の最南西端、そしてインド洋と大西洋が交わる地には簡素な看板と小さな記念碑があった。
「Cape of Good Hope か」
「香辛料がヨーロッパで貴重品だったころにスペイン…ポルトガル?かもしれんわ…から出港したバルトロメウ・ディアスが名付けたのは嵐の岬、その後でときの王様がここから遥か東のモルッカ諸島まで辿り着くことを期待してそう名付けたそうですよ」
歴史的に重要な場所であったようには思えない、ただの岬だ。クイズで出てきても一発で当てるのは不可能だろう。自分たちの影が入らないようにしながら、一枚だけ写真を撮った。
ベルギーのチョコレートは
世界でも有名な
イスタンブールの王宮は
東方正教会
数年前に
なんと言ってもイコンと呼ばれる
元々はラテン語で……を表す言葉
英語だとアイコン、つまり
サマルカンドのモスクはターコイズブルーだった。
昨日読んだブログの影響だろう。
インドの夕暮れは目を焼くようだった。
聖なるインダス川で沐浴する
フィンランドのオーロラは
フィンランド語はウラル語族で
台湾の故宮博物館は翡翠の白菜で有名だ。
今日は台湾か。金曜日に飛べば
風見の付けていたストラップが
リオのカーニバルは
今日も君は起きない。夢を見ているのなら今すぐ出てきて欲しい。はやく君の空色の瞳の爛々とした輝きが見たいんだ。
「俺の幸せを勝手に決めるな」
「俺は降谷くんと一緒の幸せがいいんだ」
「それは、出来過ぎた夢ですね」
病室の窓から見える夜は東京の夜だった。
「赤井、一緒に旅行しましょう」
寝る度に赤井といろんなところに行ってる話
何夜も繰り返して、アホみたいに笑ってる
けど、事故に巻きこまれて
長い永い夢をみる
最後に、意識が戻って「赤井、一緒に旅行しましょう」と笑う。
飯です。では。
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いい夢、旅気分。
初公開日: 2020年04月19日
最終更新日: 2020年05月27日
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コメント
途中から
晩ご飯まで
おやつのパフェが美味しかった。