お題「ずっとそばにいて」※キース主
隣で同じものを見ていても、それぞれ感じることは異なる。
それはキースさんとも同じだった。身長の高い彼の目線は小柄な私とはまったく違う。私が精一杯背伸びをしても、キースさんと同じ高さで何かを見ることは叶わない。だからキースさんが私に合わせて屈んでくれることの方が多い。
そんな優しいキースさんはオックスの王子である。
何時だって忙しくて、昼夜問わず何かに急かされるようにキースさんが仕事に没頭する姿を私はよく見ていた。朝だって私より先に目覚めて、帰ってくるのは私が身支度を整えて、ベッドへ潜り込もうとしたくらいには遅い時間だ。それでも持ち帰ってきた書類に目を通したりと、キースさんは決してすぐには休まない。
きっと私が見ているオックスと、キースさんの見ているオックスは違うのだろうと思う。私にとってオックスは、気候が温暖で、採掘される資源も豊か。街の人々は常に活気に溢れていて、メインストリートはいつだって賑やかだ。
だけど、このようにオックスが豊かで暮らす民も幸福を感じられることが出来るのは、王子であるキースさんが身を削って作りだしているものであることを私は知っている。
でも最近のキースさんはあまりにも自分を蔑ろにし過ぎている気がしていた。そこまでして心身ともにオックスへ捧げることに何の違和感や疑問を持たないのだろうか。
「どうしてキースさんはそんなにオックスが好きなんですか?」
ある日、珍しくキースさんが早く私室に戻ってきた時にした私のこの質問は、今思えばまさに愚問中の愚問だった。
「別に特別な理由なんて無い。過去にこの国を出て行きたいと、王子を辞めたいとも思ったことだってある。でもそれらを実行しなかったのは、俺が心底この国を嫌に思っていないからだと考えている。嫌ではない、とすれば……きっと俺はこの国を好きなのだろう」
やっぱり私とキースさんは違う。
同じオックスを見ているはずなのに、私達は違うことを感じる。
私たちの関係もそうだと思った。愛という同じ感情を抱いているはずなのに、いつの間にか私はキースさんの愛情を感じなくなっていた。
「じゃあ、私とのことも……そのように思いますか?」
「そのように、とは何だ」
「嫌いじゃないから好き、ってことです。キースさんっていつも私を好きだっていう確信が見えなくて……それで……」
「くだらん質問を繰り返すなら俺は寝るぞ」
「く、くだらないって何ですかっ!」
はあ、と大きなため息を一つ。
呆れたようなキースさんの冷たい視線が刺さるけれど、私はめげなかった。
「どうせ私がいなくなってもきっとキースさんは気付きもしないんでしょうね」
「おい、俺に喧嘩を売っているのか」
「だって、だって……キースさん、変わっちゃったんだもん」
生まれこそ異なる国だけど、それでも私たちは出会って恋をした。その時に見ていた景色や、感じた想いは絶対同じだと信じていたのに。どうして私たちはこんなにもすれ違っていったのだろうか。少しずつ歪んでずれていった目線は、今何処を見ているんだろう。私の視界に見えているこの人は確かにキースさんだけど、きっと違う。
「お前こそ、変わったよ」
キースさんがぽつりと言う。
「出会った頃はまるでひな鳥のように俺しか見えてなくて、俺が居ないと何にも出来なかったお前が、いざ長旅を終えたらこの夢世界の救世主に変身していたのだ。お前こそ……俺が居なくてももう良いだろう」
見えている世界が、天地が、渦を巻いてひっくり返った。
眩暈にも似たそれは容易く私の足場を揺るがしていく。
「キ―ス、さ……っ」
「俺はそんなお前をいつか手放さないといけないと思っていた。俺という籠に閉じ込めていないで、お前をもっと広い世界に放たなければならないと、ずっとそう思っていた」
「いやだ、そんなこと言わないで」
「だったら何故あのようなことを言ったのだ。俺を試すつもりだったのか?」
「違う……っ、ただ……好きだって、私を愛してるって言って欲しかっただけで……」
キースさんは目を丸くしていた。
「ねえ、ずっとそばにいてください……ただそれだけで良いの……」
キースさんの胸に縋って、渾身の想いで私は強請る。
今でこそ私たちが見えているものは異なっているのかもしれない。だけどきっともう一度同じ高さで世界が重なる時が来るはずだ。
でもそれはあなたの傍に居なきゃ絶対に訪れないのよ。
「確かに、私もキースさんも変わったのかも知れないです。だけどキースさんの傍を離れるなんて選択はどんな時だって選びたくない……っ」
「だったら……初めからそう言え」
キースさんは仕方なさそうに笑った。
それから抱き着いた私の髪を優しく手櫛で梳いてくれた。
「お前のそういう素直じゃないところは変わっていないようで何よりだ」
出会った当初に見えていたものが見えなくなった代わりに、時間が過ぎた今はそれまで気付かなかったものが見えるようになった。確かにキースさんの好きなところはいっぱいあったはずなのに、どうして私は見失っていたのだろう。たとえあの頃と比べて見えるものが変わってしまったとしても、それでも私がキースさんを嫌いになるなんて有り得ないのに。
「……ずっと傍に居てと言いたいのは俺の方だ。変わっていくお前に取り残されないように仕事に打ち込んでいたが、それはどうやら逆効果だったらしい。お前を蔑ろにして寂しくさせていたことについては詫びよう」
少しずつすれ違っていた世界が重なっていく。
今、私に見えているのは誰よりも何よりも大切な恋人だけである。
絶対にその幸福を粗末にしてはいけない。
「えへへ、これで仲直りですね」
「こんなもの喧嘩のうちに入らん」
私に見えているのはいつだってあなただけ。
きっとキースさんだってそれは同じだって信じてる。
「で、質問はそれだけか」
「あ、えっと、じゃあ……私の好きなところを三つ挙げてください」
「三つも無い」
「ほらそうやってまた意地悪するんだからーっ!」
「うるさいぞ、さっさと寝ろ」
そう言ってキースさんは布団を被って背を向けてしまう。その背中にぴたりとくっつくようにして、ようやく私も言われた通りに寝る体勢を取った。
きっと明日の朝日は眩くて綺麗で、輝かしいものだろう。窓辺の鉢植えは朝露に濡れて、空気だってとびきりおいしいに違いない。そういうものから二人で一緒に見て、感じていけばいい。
起きたらキースさんに珈琲を淹れてあげよう。きっとあなたは一口啜って、まあまあだなって言って幸せそうに笑ってくれる。そんなあなたをずっとそばにいて見ていたい。
あなたの隣で、同じ世界で、同じものを感じながら。
おわり
二千文字超えると死ぬほど重くなるの勘弁してほしいお。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!!
ハートも嬉しかったです❤
五月向けのエロくなシーンの原稿もやりたい。
しかし絶対重くなるだろうな…。