ドゥドゥアシュのお話は
「耳触りのいいその声が、好きだと思った」で始まり「繋いだ手は今度こそ振り払われずに、きゅっと握り返された」で終わります。
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耳触りのいいその声が、好きだと思った。少年特有のあどけなさを含んだ少し甘めの声。だからといって幼い訳ではない。兄という立場の者らしい落ち着きを持っている。
そんな声が物語を歌うように読んでいた。
大修道院の中庭で、アッシュは孤児たちに物語を聴かせていた。陛下の執務に同行し、その合間にとアッシュが言い出したのだ。子どもたちの相手をしたい、と。
書庫から借りた、思い出がたくさんあるのだという一冊を抱え、せめて室内でという勧めも聞かずに芝生に腰を下ろす。穏やかな陽気の元、様々な特徴を持った子ども一人一人と目を合わせる。賑やかだった子どもも、そうしてから語り出すと不思議と静かになった。
その光景を少し離れたところから見守る。近寄れば子どもたちが怯えてしまうことは理解していた。それでも彼の声が聞きたくて、どうにも離れられずにいる。
「そして、彼は〜…」
きっと、アッシュの好きな場面なのだろう。声が弾み、小さく身振りまでつけて語りだす。そんな楽しそうに読むアッシュに影響されたのか、子どもたちも期待に目を輝かせる。
いつまでも見ていられる、穏やかな日常の断片だ。自然と頬が緩む。昔は自覚することもなかった頬の動きが、彼と共に過ごすうちにわか?ようになった。
「ご機嫌だな。ドゥドゥー」
「陛下。もうよろしいのですか」
いつの間にか背後にいたディミトリが嬉しそうに笑う。大司教となったベレトと私的な話をしたい、と追い出し、暇を作らせた本人だ。恐らく半分は本当だが、残りはアッシュとドゥドゥーの2人の時間を作るためだろう。結局それも子どもたちに取られてしまったが。
「ああ。話したいことは話し終わった。この後は先生と修道院を見て回る。お前はどうする?」
「おれは……」
視線をアッシュたちの方へ戻すと、彼らもちょうどこちらを見ていた。滅多にお目にかからない国王陛下の姿に子どもたちは目を輝かせる。だが、もじもじやそわそわと飛びつくような様子はない。
そんな姿を見てディミトリは子どもたち同様、芝生に腰を下ろし腕を広げる。
「おいで。なんの話をしてもらっていたか、教えてくれないか?」
「いっておいで。陛下もお待ちだよ」
柔らかな声とアッシュの一押しで子どもたちは一斉にディミトリに群がる。
我先にと話しかける子を無碍にすることもなく、ディミトリは一人一人の話に頷く。
「陛下、大人気だね」
「ああ。もう顔馴染みだ」
本を閉じ、ドゥドゥーの隣に来たアッシュは目を細める。慈しむような表情に、少し胸が苦しくなった。アッシュは子どもが好きだが、同性である以上授かることは叶わない。当然理解の上で婚約したが、それでもこうして子どもと共に遊び、慈しむ姿を目にすると心が揺らぐ。
後悔も未練もないことを確かめるように、アッシュの手を取る。だが、握りかえされることもなくするりと逃げていってしまう。
「……ドゥドゥー」
「そう、だな」
視線で今はダメだと叱られる。いくら正式に婚礼を済ましていても、彼は人前で恋人らしい振る舞いをすることは嫌がる。それはドゥドゥーも同様で、往来で手を繋ぐにも夜道や人のいない時ばかりだった。
そんなドゥドゥーが手を握ろうとしたことに、やはりアッシュは違和感を感じたらしい。
「どうしたの? …何かあった?」
「いや」
歯切れ悪く答えるドゥドゥーにアッシュは眉を下げ、心配とも悲しみにも見える表情を作る。だが、素直に吐露できる訳もない。お前は子どもが欲しくないのか、など聞いてどうするというのか。まだ笑って冗談めかした答えをくれるのならばいい。ドゥドゥーが子どもを欲しがっているやら、女を抱きたくないのかと問われていると捉えられてしまいたくはない。
アッシュはドゥドゥーを愛しているし、ドゥドゥーもアッシュを愛している。それは互いの言動で身に染みているはずだ。それでも、不安の種になりかねないものは蒔きたくはない。
きっと、そういった心情までも言葉を尽くして説明できるのならば問題はないのだろう。それができないことが、ひどくもどかしい。
黙り込んでしまったドゥドゥーに、アッシュは何を思ったか。気遣わしげに手の甲撫でるだけだった。
×××××
大修道院を出た頃は傾き始めていた日もすっかり暮れている。アッシュの宿場は王都でも郊外にあるため、灯りは民家から漏れる微かなものばかりだ。
中庭の一件以来、アッシュの態度はどこかよそよそしい。不自然というほどでもないが、遠慮がちな態度ばかりをとる。
やはりうまく伝えられずとも答えるべきだったろうかと考えていると、一回り小さな手が躊躇うように触れてきた。不意打ちに驚き、思わずアッシュを見遣るとはにかんだ。暗がりではわからないが、きっと頬も赤くなっているのだろう。
「ドゥドゥー、手繋ぎたそうだったから」
そう言いながら軽く手を握るアッシュを抱き締めたい衝動に駆られる。そんな衝動を堪え、あくまで軽く握り返す。
「ねえ。…ドゥドゥーは、子どもほしいと思わないの?」
予想外の問い掛けに、つい足が止まった。そんなドゥドゥーを振り返り、アッシュは言葉を続ける。暗い路地では、たった数歩離れただけで表情が朧げになってしまう。
「僕が読み聞かせをしてる時のドゥドゥー、すごい優しい顔をしてた。君は子どもの世話や相手は苦手だって言うけど…。でも、嫌いって訳じゃないんだよね?」
「……確かに嫌いではないが」
アッシュの言いたいことが予想できない。漠然とした不安に、ゆっくりと胸が締められる。
「じゃあ…。その、養子、とかってどう思う?」
が、本当に予想外の言葉に拍子抜けする。言葉を失うドゥドゥーにアッシュは矢継ぎ早に話を進めていく。
「あのね、今日子どもたちといてやっぱり思ったんだ。子どもって可愛いって。でも僕たちの間に子どもはできないし……。かと言って妹が結婚したらいいな、なんて僕はとてもじゃないけど言えない。でも、もしドゥドゥーにその気があるなら、子どもを引き取るのもいいなって。平和になってもまだ捨てられる子も、家族がいなくなった子もいる。だったらせめて1人でも幸せにしてあげたいんだ」
力強く言い終えたアッシュの手は少し冷たい。一歩近づけば強い眼差しに射抜かれるが、緊張していることが手から伝わる。もしかしたら、よそよそしい態度もこのことを考えていたせいか。
返事をしなければ、と思っても中々言葉が出ない。宿場の運営や教育についてもどうするのか聞きたいことが山ほどある。
そうして絞り出した言葉は「考えておく」だった。そんな曖昧な言葉をアッシュは肯定的に受け取ったようだ。パッと笑うと繋いでいた手を両手で包みぶんぶんと振り出す。
「よろしく!」
期待で一杯の表情に、これは断れないなと半ば確信を持つ。
「ふふ、ダメって言われると思ってたから嬉しくなっちゃった。早く帰ろう? たくさん相談したいことがあるんだ」
「ああ」
数歩先を歩きながら、アッシュが急かすように引っ張る。宥めようと力を込めて繋いだ手は今度こそ振り払われずに、きゅっと握り返された。
おわり!!