これがなくては帰り道がわからなくなり、せっかく集めた貴重な収集物と一緒に、数日もすれば私もこの魔法の森の生態系の中の一部になってしまうだろう。
 魔素をたっぷり吸収したキノコを収集瓶のなかにピンセットで慎重に入れてふたをしたとき、視界の端でゆらりと揺らめくものを感じ、私は身構えた。
 魔法の森には人里の外れで見るような野犬や狼といった一般的な獣は生息していない。理由は単純で、魔法の森の植物の放出する瘴気に耐えられないからだ。魔法の森になんの対策もしていない普通の生物が入り込んだなら、たちまち瘴気に内臓をやられて死に至り、その肉体は三日もしないうちに胞子まみれになってキノコの苗床になるだろう。
 つまり、この魔法の森で動くものがあるとしたら――。
 攻撃(・・)は上から来た。とっさに飛び退く。
 一瞬前まで私がいた場所には、さっきまではなかったはずの苔むした巨木が生えている――いや、木ではない。肢だ。
 ヒモロギナナフシ。
 大樹と見紛うほどの長い肢を持ち、木に擬態して獲物を襲う巨大な昆虫型魔法生物。この魔法の森に生息しているでも、私が知る限りトップクラスに危険な生物だ。
 迂闊にも私は、採集に夢中になっているうちにヒモロギナナフシのテリトリーに踏み込んでしまったようだ。
 しかし、後悔している暇はない。ヒモロギナナフシはもう次の肢を振り上げている。一見緩慢な動きに見えるがそれはその巨体だからこそ。そしてその巨体がもたらす重さに位置エネルギーを加えた一撃が容赦なく打ち下ろされる。
 懐に忍ばせていたマジック・ボムを数発、足元に叩きつける。割れた容器から漏れ出した魔法薬が空気中の瘴気と反応して引き起こされた大爆発が私の羽根のように軽い乙女の体を強引に吹き飛ばし、上空から打ち下ろされた肢の一撃をかろうじて躱す。
 マジック・ボムの数の加減を間違えたせいかえらくふっとばされてしまったが、串刺しにされるよりはましだ。
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紅楼夢原稿を書いていきます。
初公開日: 2026年09月13日
最終更新日: 2026年09月13日
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