何でもお願いを聞くよと言われれば、普通男の子ならえっちな感じのお願いをするもんじゃないだろうか。そんなことを言えば偏見だとか男はみんなケダモノだと思ってるでしょとか言ってほっぺたを膨らますのだろうけど。
 高校一年生だった頃から彼を知っている身としてしみじみと思う。――――大きくなったなぁ、と。
 いや親戚のおばちゃんか、とは自分でも思うけど。実際彼は男の子から男性になって、それにとても綺麗になった。真っ先に思いついたのは羽化という言葉だったけど、きっとこれは相応しくない。だって彼は最初から綺麗だった。見た目がというよりは心根がというか、……とにかく、うまく言えないけど、演劇部の体験入学にやってきたその子を見て思ったのだ。ああこの子は磨けば光るぞ、と。今となっては眩しすぎて直視できないことがあるのだけど、まあそれは本人にとっては禁句だろうなという確信がある。
「おーい」
 目の前で黒い影が揺れていた。
「何ぼーっとしてるんですか」
「悠のこと考えてた」
「ほんとですかあ?」
 ほんとだよ、と言っても彼はくちばしを尖らせたままだった。パウダーブラシーーさっきの黒い影の正体だった――で私の鼻の頭をくすぐる。
「先輩最近ぼんやりしてること多いですよね、やっぱり疲れてます?」
 見えないはずの犬耳が、彼の頭の上で垂れ下がったような気がした。
 今の彼を見て、舞台の上の彼と同一人物だと誰が思うだろう。照明の下で華やかに咲く彼と、飼い主に遊んでもらえなくて拗ねている大型犬。どちらも同じ「東雲悠」ではあるのだけど、よっぽど彼の身近にいる人間しか信じられない事実だろう。
「疲れてないって言ったら嘘になるけど」
「じゃあ……」
「だからこそ会いたいなって思ったの。私だけかな」
「~~~~ッもう、」
 突進してきた彼はおそらく自分の身体のサイズを忘れている。結構な頻度でいやらしい意味ではなくのしかかられるので、こちらとしてはもう慣れてしまったのだけど。
 お互い忙しかった。彼は次の舞台の稽古で、私は就活で。
 ふたつの年の差はなんでもないようでいて結構大きい。それが学年として可視化される、学生の身分ならなおさらだ。私だってまったく気にしていないわけじゃないけど、ものすごく深刻な問題としてとらえているのは彼の方だった。
 ――――俺には先輩の先回りはできないから。そう言って苦笑いをされて無性に腹が立ち、その高い鼻をつまんでやったのがつい数か月前の話だったはずだ。もはや遠い昔に思えてしまうのだけど。だからというわけじゃないけど、「次に会えた時にはひとつお願いを聞いてあげる」と言ったのが今日につながるわけだ。
「メイクさせてください、先輩」
 本気? と聞いて、同じ言葉の語尾を下げて復唱されたのを覚えている。
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フォロワッサンシチュ彼化①
初公開日: 2020年04月18日
最終更新日: 2020年04月18日
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 演劇サークルキャストの大学生。