「えー! なにそれ! ちょっと可愛いじゃん」
「そうだろう。そうだろう」
「まさか、こんな感じやったとはな~」
「とても愛らしい……」
瑛二がリビングルームへ向かうと、楽しそうな声が漏れてくる。
(ナギがまた可愛い動物とかキャラクターとか見つけたのかな?)
そう思いドアを開けると、意外にも輪の中心のいたのは自分の兄の瑛一だった。
「あ、瑛二じゃ~ん」
小悪魔と呼ぶにふさわしい笑顔で瑛二を迎えたナギに少し――いや、かなり嫌な予感がする。
「おお! 瑛二来たか! ほら、これを見てみろ!」
そんなことをお構いなしに、瑛一が輪の中へ手招きする。
「一体みんなで何話しているの?」
「ほら、これだ。懐かしいだろう」
見せられたのは数冊の古ぼけたノート。そのノートに書かれている文字や数字は――。
「母さんの字?」
それは鳳兄弟の母親の文字だった。
薄いグレー掛かった表紙の左側には黒の製本テープ。表紙の中には自分の名前と年数が母親の字で書かれている。
「そうだ。実は今度の収録で幼い日の思い出を語って欲しいといわれてな。母さんに育児日記を送ってもらったんだ」
「へ~。って、なんで俺の?」
アイドルによくある過去の思い出の収録は分かる。ただ、兄の出る番組になぜ自分の育児日記が必要になるのか。
「いや、それは……。俺の思い出は瑛二と共にあるからな。瑛二の思い出は俺の思い出でもある」
「って、さっき自分で『俺の幼少期はなんてつまんないんだ。そうだ! 瑛二の日記はどうなんだ』って言ってたのはどこの誰ですかー?」
「こ、こら! ヴァン! それは言ってはダメだ!」
慌ててヴァンの口を塞ぐ瑛一の姿を見て納得した。
確かに、幼い頃からトップアイドルを目指していた兄よりも、その重圧を受けなかった自分の方が『オモシロエピソード』はありそうだ。
「まあ、しょうがないね。今回だけだからね、兄さん」
「瑛二、ありがとう」
「えー! これかわいいー!」
そんな兄弟の掛け合いを邪魔したのは我らが最年少・帝ナギだ。
「お、またオモシロエピソードあったんかいな」
「うん! えっと『つかまり立ちに慣れてきた瑛二。丸いテーブルを支えに一生懸命歩く姿がかわいいけど、延々とぐるぐる周ってしまってついにはごろん! 目を回して転んじゃった』だって!」
「うっそ……はっずかしい」
「えー! かわいいなぁ。こっちは『夏祭りで買ったラムネがお気に入りの瑛二。瑛一が止めるのを無視して中のビー玉を取ろうと瓶に指を突っ込んじゃった! 指が取れずになく瑛二とそれを心配して泣く瑛一を宥めながら助けるのは苦労した。……ちなみに今年で3回目』やて! ほんま、かわええし、昔から仲良しやったんやな」
顔から火が出そうだ。
以外にマメだったらしい母親は、周りから見れば微笑ましい。自分からしたら赤恥もののエピソードをこれでもかというほど書き残している。
「瑛二はとても愛されているのだな」
シオンよ。そんな優しい眼差しを向けるのはやめてくれ。
そう思い顔を両手で隠す自分に周りは声を出して笑う。
「そうだぞ。瑛二は小さい頃から愛されていたからな。――実は、このノート自体にもその証があるんだ」
「え? そうなの?」
こんなノートがあったこと自体初耳なのに、人を驚かせることに長けた母親はまだ何か隠し玉を持っているのか。思わず好奇心に胸が疼く。
「ああ、そうだな。どのページがいいかな……。ああ、これがいい」
そう言って大量のノートの中から一冊を選び出して瑛一は瑛二にノートを差し出す。
「このノートの一番最後のページが余っているだろう。その最後のページを光にかざしてみてくれ」
「光に……あ!」
「えー! ナギもみたい! すごい! ツバメがいる!」
ナギの言うとおりだ。
紙を光に透かして見ると、そこにはこのノートを作った会社のシンボルマークであるツバメが浮き出てきた。
「ダンディマーク。いわゆる透かしだな。ほら、紙幣にも入っているだろう」
「ツバメは昔から幸運の象徴であったな。それに安産の象徴でもあった。――きっと瑛二の母親は瑛二の健やかな成長を願って数あるノートの中からこのノートでずっと瑛二のことを書き続けたのであろう」
「ほー。さすがシオンは鳥が好きなだけあるなぁ。よ! 鳥博士!」
シオンの言う通り。表紙に掛かれた日付は違えど、全て同じノートに綴られた自分の成長の証はなんともこそばゆい。
ヴァンに褒められて嬉しそうなシオンの横でページを開く。
「あ! 恥ずかしいけど、このエピソードは?」
本当に恥ずかしい。
ただ、このエピソードが自分と兄の幼少期をある意味表していると思う。
「どれ、見せてみろ。『瑛一の歌が大好きな瑛二。今日も瑛一の歌をたくさん聞きたいから覚えたての『アンコール』を手拍子交じりでお願いしていた。ただ、頭の中で言葉が混ざったのかずっと『ダンボール! ダンボール!』って言ってたわ! 瑛一は笑いながらもその『ダンボール』に応えてあげていた』か。――いいな。昔から瑛二は俺の歌を聞いてくれていたもんな」
遠い昔に思いを馳せている瑛一の目はとても優しい。
「もちろんだよ! 昔も、今も、俺は兄さんの歌が大好きなんだから!」
おしまい。